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対決(2)

古田の身体全体が痙攣するように震えた。その古田から、次の瞬間に、およそ彼に似つかわしくない強烈で暴力的な悪意を感じて、美月はその手を古田から放して後ろへ退いた。

銀色の光が闇を切り裂く。古田の右手にナイフが握られていた。その右手を震える左手が抑えようとしている。逃げろ、逃げろ、と夢遊病者のように呟きながら、よろよろと追いかけて来る。

自分が襲撃されているという恐怖よりも、古田を心配する気持ちが勝っているために、美月は遠くへ逃げ去ることが出来ずに、一定の距離を保ちながら、ゆるゆると後ずさりをしている。

その時、古田の右手首を掴んだ者がいた。ナイフが地面に落ちる。美月は闇に目を凝らした。

ストーカー…?

白い顔の青年が、古田の身体を悠々と片手で持ちあげている。手首だけでぶら下がっている古田の姿勢は如何にも不自然で痛々しく、美月は顔を覆った。古田はといえば、左手の震えが止まり、青年の顔を睨みつけながら、この若造が…と唸っている。美月は叫んだ。

「ちょっと、やめてよ。古田を下ろしてやって。」

「こいつは、古田じゃない。ミヅキはあっちへ行ってろ。」

 いきなり呼び捨てにするなんて馴れ馴れしい男だ、と思う。

「古田を置いては行けない。古田を下ろしてやって。」

 唇に薄笑いを浮かべている古田に向かって青年が言った。

「お前はミヅキの命を奪うつもりか。」

「連れ帰るには、それが一番、簡単です。リョウ様もわかっているはずでは?」

 リョウ?この人、リョウという名前なの?

その名前の響きに美月は妙な感覚を覚える。既視感…。

「ミヅキは地球での寿命をまっとうしなければならない。俺は、彼女の身体を生かしたまま連れ帰る。」

「私の邪魔をするのですね?」

「デモフォルト、早く姿を現せ。」

リョウがさらに古田の腕を捻り上げた。

 古田ががっくりと項垂れる。肩が前に丸まって膝の力が抜け、重力に耐えかねるように姿勢が崩れていく。と同時に、項から赤い光線が発し、闇を切り裂いて尾を引きながら凄まじい速さで空へと昇って行った。地面から空へ落下する深紅の稲妻。稲妻は速度を保って地面へと引き返して来る。

 「危ない!ミヅキ、どけ!」

恐怖で竦んでいる美月の体をリョウが突き飛ばした。赤い閃光が地面に突き刺さると、焦げるような匂いが辺りにたちこめた。

 リョウが手をかざすと、掌からおびただしい量の水が赤い光の球に向かって発せられた。が、水が球に達するより前に、球は猛烈なスピードで斜めに空を切りながら上昇し、その位置から幾つもの炎の塊が尾を引いてリョウに向かって落下した。炎の一つがリョウの肩を掠める。

「あちぃ…ああっ、もう、この体、邪魔くさいっ!」

叫びながらTシャツを脱ぐ。

 「ちょ、ちょっと、脱がないで!」

美月が声を上げたのとほとんど同時に、リョウの白い体がフワリと浮き上がると、足の方から少しずつ透明になっていく。金縛りにあったように目を離せない。あのストーカーは幽霊だったの?それともこれは夢…?

見ている光景に美月が呆然自失しているうちに、リョウの体の向こう側が透けて見えるほどになり、やがて完全に見えなくなった。リョウはどこへ…?

 バチッ!

次の瞬間、頭上で、何かが放電したような強烈な閃光が走り、思わず一瞬目を閉じてから音のした方向を見上げると、夜だというのに、この辺りを中心に数メートルが白い光を放ち、光は球状に拡大したり縮小したりしている。

その白い光の中を、何かが高速に飛び交っているのだ。目が慣れてくると、それは二個の光の球体であることがわかった。青い光球と赤い光球が縦横無尽に飛び回っている。一方が上昇すると他方も追って上昇し、高速で回ったかと思うと、ぶつかって火花を散らし、重なっては桃に紫に色を変え、急下降したかと思うとまた上昇し、互いに強い気を放っている。

 光球は時折美月をかすめるほど近い空を切り、熱風が去ったかと思うと、次の瞬間には寒風が来たりした。同一の空間にこれほどに温度差をもつ現象が同時に存在しうるものであろうか。

 あるといえばある。人間の社会で、どう妥協しても気の合わない相手、価値観の合わない人間二人が同じ場に居合わせる時の空気と似ている。しかし、それはあくまでも雰囲気の問題で、肌で感じる温度とは違う。美月は生まれて初めて、相容れない者同士の相違をその肌で実感していた。

 半刻ほど経っただろうか。美月は倒れている古田の身体を膝に乗せて電柱に寄りかかるように座っていた。

「お前と戦うことは目的ではない。」

と低い声がして、赤い光球のスピードが緩む。

青い光球がそれを捕えようとするかのように赤との距離を縮めたが、赤い光球は美月の鼻の頭を掠めるように下へ、古田の身体に吸い込まれていった。

「逃げられた。」

青い光球が人型になり、やがてリョウが姿を現した。

 Tシャツを着ながら、大丈夫だったか、と訊くリョウに向かって、美月はやっとの思いで訊ねた。

「今のは何なの?」

声が震えているのは仕方がない。いや、震えているのは声だけではなかった。身体中が細かく震えている。寒い。

 「今のは、俺と、火の遣いがちょっと衝突したってところだ。」

「火の遣い?」

「まあ、宇宙人みたいなものだ。俺も奴も。しかし、厄介だ。奴はその男の中にいる。」

そう言って、リョウは倒れている古田を指で示した。

「どういうこと?」

「そいつに、火の遣いが取り付いている。しかも強力な奴だ。憑依しているとでもいった方がわかりやすいか?」

 美月が顔色を変えた。

「どうすればいいの?そいつを古田から追い出すにはどうしたら?」

「お前が俺たちの星へ帰ればいい。奴の目的はお前をあっちへ連れ去ることだからな。」

「あなたたちの星ってどこ?私とその星はどういう関係があるの?」

 矢継ぎ早な問いかけにリョウは肩を竦めて、「まずは、その古田君を家に帰さないか?」

と言うと、古田を軽々と肩に担ぎあげて古田家の呼び鈴を鳴らした。古田のずっしりとした重みと共に自信が漲るのを感じていた。


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