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お嬢様、お願いですから朝食にクッキーをお食べください! ~今日を100回やり直している侍女より~

作者: Tac。
掲載日:2026/10/05

「おはようございます。お嬢様」



 聞き慣れた声に呼ばれ、私はゆっくりと目を覚ます。


 まだ少し眠たい。

 薄目で足音のする方向をみると侍女のサリナが窓際まで歩きカーテンを開けているのが見えた。

 サリナがカーテンを開けると、朝日が部屋に差し込む。

 まだ日が昇ったばかりなのか、いつもよりは少し暗く感じる。



「……ふぁぁ。おはよう、サリナ」


「おはようございます、お嬢様」



 いつも通りの朝。

 私はサリナが用意した水で顔を洗う。

 私が顔を洗い終わると同時に、ガラガラとサリナが朝食を載せたワゴンを部屋に運び入れる。


 

「お嬢様、本日の朝食でございます」


「ありがと」


 

 私はまだ寝ぼけた目をサリナが用意したワゴンに向ける。


 

「……え、朝からクッキー?」


「はい。お嬢様、クッキーお好きですよね?」


「いや、まぁ好きだけど……好きだけど、ちょっと朝からクッキーだけはおかしくない? いつもはパンなのに、どうして今日はクッキー?」


「はぁ……。だってお嬢様、パンを食べたらクッキーは食べないでしょう? 朝からクッキーは水分が足りなくなるとか。もうお腹いっぱいだから午後に食べるとか。言い訳ばっかりするのはわかってるんです」



 えぇ……。なぜか知らないが、朝から私の侍女が辛辣だ。

 そもそも、なんでクッキー?



「えと……パンでよくない?」


「今日はパンを切らしております」


「そ、そう……。じゃぁ、今日はそんなにお腹もすいてないから、クッキーはサリナが食べていいよ?」


「……まぁ騙されたと思って一口食べてみてはどうです?」


「いやいや、なんで朝から騙されないといけないのよ」


「…………」


 

 部屋が沈黙に包まれ、鳥のチュンチュンという鳴き声だけが響く。



「も、もう……百回目なのに……」



 サリナがぼそっと何かを呟く。



「え? なにか言った?」



 いつもは主人であることなどお構いなく物を申すサリナには珍しく、今日は元気がなさそうに見える。

 何かあったのだろうか。私は少し考えを巡らしたが、特に思いつくことはない。

 うーん。ま、サリナのことだし、少しすれば元気になるかな?

 

 私はもう一度ワゴンの上に置かれたクッキーを見ながら、今日の予定に思いを馳せる。

 今日は月に一回の孤児院への慰問訪問の予定だ。私はかわいくて純粋な子供たちを思い浮かべながら顔を緩ませた。



 このときの私は、サリナがまさかあんなに大変な思いをしているなんて知る由もなかった。




 ——————


 

 そのお告げは突然だった。



『サリナちゃん、あなたにひとつお願いがあるの』



 真っ白な空間で私の頭の中に声が響いた。



「……え? だれですか?」



 私はとっさに辺りを見回すが姿は見えない。



『突然ごめんなさい。私はこの世界の神です』



 美しい女性を彷彿させるようなきれいな声が響く。



「…………神様?」


『はい。神様です』



 私は状況を呑み込めずに黙り込む。

 ——まるで夢でも見てるようだ。いや……というかこれは夢だな。

 夢の中で夢だとわかるのってこういう感覚なんだ。



「それで……神様がいったい私に何のお願いでしょうか……?」


『さすがサリナちゃん、理解が早くて助かるわ!』


「いえ、その……べつに理解はできていませんが……」



 普段からお嬢様に振り回されているためか、こういうとんでも展開について耐性ができているのかもしれない。



『お願いといっても、大した話ではないの。明日の朝……あなたのご主人様に、クッキーを食べさせてほしいの』


「…………はい?」



 今なんて言った? クッキーって聞こえたけど。



「すみません。聞き逃しちゃったみたいで、もう一度お願いします」


『クッキーを食べさせてほしいの』



 残念ながら聞き間違いではなかったようだ。


 

「クッキーですか?」


『ええ。クッキーです』


「お嬢様に?」


『そうです。あなたのご主人のセレスティアちゃんにです』


「朝食に?」


『そうです。朝食でお願いしますね。お昼だとちょっと都合が悪いんです』



 私はしばらく黙り込んで考えた。



「……それだけですか?」


『はい。あなたならそんなに難しい話ではないと思いますよ』



 それはそうだ。だって、朝食にクッキーをもっていけば良いだけだ。

 まぁ、朝食にクッキー……というのは少し珍しいかもしれないが、そういうこともあるだろう。

 

 ——そういえば、ちょうど昨日購入した有名なお店のクッキーがあったはずだ。

 拍子抜けするほど簡単なお願いに私は気が抜けた。



「えっと……理由をお聞きしても?」


『うーん。理由は言わないほうがいいかな』


「どうしてです?」


『そのほうが成功すると思うの』


「何にです?」


『いろいろあるのよ。たぶんいろいろ終わったらわかると思うから、あんまり気にしないで!』


「はぁ……」



 なんだかよくわからないが、何か理由はあるらしい。



『一回で成功したらいいんだけど、もしかしたらダメかもしれないから、祝福をかけておくね』


「祝福? ですか?」


『ええ。失敗しても何回もやり直せるようにしておいたから、安心してね』


「……え?」


『まぁ、サリナちゃんなら一回で大丈夫かもしれないけど、けっこう重要なことだから一応ね』


「……ま、まあ、確かに大したことではないけど」


 

 お嬢様にクッキーを一枚食べてもらうだけ、たしかに大したことではない。

 明日の朝食に添えておけばいいだろう。神様にもいろいろあるみたいだし。

 こんな簡単なことでいいのであれば、少し手伝ってあげてもいいか……。お嬢様もクッキー好きだし、悪くないだろう。



「分かりました」



 私は胸に手を当て、神様を意識して深く頭を下げた。



「お嬢様にクッキーを召し上がっていただきます」


『まぁ! さすがサリナちゃんね。ありがとう! がんばってね!』



 その言葉を最後に、私は眠りに落ちる。

 ——そして、私のクッキーを食べさせるための長い一日が始まったのであった。





 ◇ 一回目 ◇


 鳥の鳴き声が聞こえる早朝。私はいつも通りの時刻に目が覚めた。

 朝の支度を終え、私はお嬢様の部屋へ向かう。

 向かう途中、顔を洗うための水と顔拭きを準備し、軽食を用意するために食堂へ入ったときに私は昨日の出来事を思い出した。


(そういえば……昨日夢でクッキーがなんとかって……)

 

 今思うと変わった夢だったなと思いつつ、私は食堂に置いてあるクッキーを探した。

 あった。ちょうど昨日買ったばかり、最近王都でも話題になっているお店のクッキーだ。



「レーズンクッキーが一番人気で買ってきたけど、私はプレーンがいいな」


 昨日はもうレーズンクッキーしか残っていなかったが、ほかにもいろいろな味のクッキーがあった。

 私は自分が食べることを想像しながら、朝食のパンとクッキーをワゴンに置きお嬢様の部屋へ向かった。

 


 ——————



 コンコンコンとノックし、私はお嬢様の部屋へ入った。



「……ふぁぁ。おはよう、サリナ」


「おはようございます。セレスティアお嬢様」


 私はお嬢様を横目で見ながら窓際まで歩きカーテンを開ける。

 そのままいつも通りのルーティンで、私はお嬢様の朝の支度の準備を始める。

 お嬢様も私の準備した水を使い顔を洗い始めた。


 

「ねぇねぇ、今日の慰問訪問も子供たちに何か持っていこうかなって思ってるんだけど、どうしようかな!?」


「うーん。前回は絵本を持っていきましたよね。もう少しで肌寒い季節になりますし、新しいお洋服などはどうでしょう?」


「洋服かぁー! たしかに! 袖に腕を通すたびに私へ感謝することになりそうね!」

 

「……素直に喜んでいる子供を想像しましょうよ」


「えー? かわいい子供たちを想像してるよ?」



 お嬢様が朝食を食べている間、私はいつも通りの他愛ない会話をお嬢様と楽しんだ。


 

「ごちそうさまっ!」

 


 お嬢様の満足そうな声を聞き、私は振り返る。するとワゴンのお皿に置かれたままのクッキーが目に入った。



「あれ? クッキーはお食べにならないのですか?」


「うーん。ごめんなさい! ちょっと今日はお腹いっぱいで! サリナ食べていいよ?」


「私もお腹はすいていないんですよね。手も付けてないようなので、食堂にもどしておきますね」


 

 私は食堂にクッキーを戻す際、一瞬だけ夢のことを思い出した。

 

(そういえば、結局お嬢様がクッキーを食べたらどうなるんだっけ?)


 私はクッキーを片付けながら昨日の夢を思い出そうとしたが、棚の扉を閉めるころには興味をなくしていた。

 そのあと、私たちは予定通り午後には孤児院へ慰問訪問を行い、充実した一日を過ごしたのであった。

 



 ◇ 二回目 ◇


 鳥の鳴き声が聞こえる早朝。私はいつも通りの時刻に目が覚め、いつもの通りの準備を整え、いつも通りお嬢様の部屋へ向かった。

 

(あ、そういえば昨日食べなかったクッキー、今日も持ってきたらよかった)


 私は昨日のクッキーを持ってこなかったことを悔やみつつ、お嬢様の部屋の扉をノックし中へ入った。



「……ふぁぁ。おはよう、サリナ」


「おはようございます。セレスティアお嬢様」



 いつもと変わらない、いつものルーティンで、私はお嬢様の朝の支度の準備を始めた。


 

「ねぇねぇ、今日の慰問訪問も子供たちに何か持っていこうかなって思ってるんだけど、どうしようかな!?」


「…………慰問訪問?」


(この人は……昨日あんなに子供たちとはしゃいでたのに……まだ足りないのか)


「昨日行ったばかりじゃないですか。お勉強もしないと公爵様に怒られますよ?」


「ん?」


「え?」


 

 お嬢様が目を丸くして私を見つめてくる。私はそんなお嬢様を訝し気に見つめ返した。

 


「サリナ、今日は孤児院に行く日よね?」


「……孤児院は昨日行ったじゃないですか?」


「なーに言ってるの! 孤児院にいくのは今日! 昨日はちゃんと勉強したじゃない! サリナが出かけてるときも私はずっと勉強してたんだから!」


「はぁ……お嬢様、孤児院だって毎日行けばいいというわけじゃないんです。こういうのは月に一回くらいがちょうどいいんです」


「だ! か ! ら! 今日が一か月ぶりの訪問でしょ! 私たのしみにしてたんだから! サリナが行かないって言っても私だけでも行くからね!」



 私はお嬢様のいつものわがままだなと聞き流しつつ、お嬢様の衣装ケースから今日のお召し物を準備し始める。



「……あれ?」



 お嬢様の衣装ケースを開けると、そこにはいつもと変わらないお嬢様の衣服が並んでいた。

 ——いつもと変わらない衣服。

 おかしい。たしかに昨日、お嬢様の服の中から長いこと着ていない服をいくつか見繕って孤児院へ寄付した。

 

 

「この青の服……」



 間違いなくこの服は昨日孤児院へ寄付したはずだ。



「お嬢様……このお洋服をもらった子供は、喜んでましたよね?」


「服……? あっ服を寄付するのね! いい考えね! 袖に腕を通すたびに私へ感謝することになりそうね! さすがサリナねっ!」


(知っている。私はこのやりとりを知っている。昨日とおなじ……)


「お嬢様……今日って、何日でしたっけ?」


「サリナ……疲れてるの? 今日は一日じゃない? いつも孤児院の訪問は月の最初の日でしょ?」


 


 ——その時私は思い出した。


 

 『一回で成功したらいいんだけど、もしかしたらダメかもしれないから、祝福をかけておくね』


 

 ——そう、夢の中で神様は言っていた。祝福をかけると。


 

 『ええ! 失敗しても何回もやり直せるようにしておいたから、安心してね』



 ——何回もやり直せると。


 

「……私……昨日を繰り返してるかも」



 

 ◇ 三回目 ◇


 

 鳥の鳴き声を聞き、私は目を覚ました。

 

 結論からいうと、私は昨日をやり直していた。そして、おそらく今日は三回目の今日を繰り返していることになるだろう。

 昨日……というか二回目は、結局最初の日と同じようにお嬢様と孤児院を訪問した。

 子供たちも最初の日と変わらず、お嬢様は一日子供たちと遊びたおした。



「お嬢様に……クッキーを食べてもらわないといけないのよね」



 一回目のときは、正直ただの夢だと思っていた。

 お嬢様がお腹いっぱいだと言うから、そのまま食堂に戻した。


 二回目のときは、もうクッキーのことは覚えていなくて朝食にだしてすらいない。



「普通にだしても、食べてもらえないかもしれないわよね」



 ——私はいつも通り朝の支度と朝食を準備して、お嬢様の部屋に向かった。



 ——————


 いつもと同じ朝のルーティン。

 しかしひとつだけ違いがある。



「お嬢様、朝食をどうぞ」


 

 私は何も説明せず、いつもと変わらない調子でお嬢様へ朝食を勧める。

 

 

「ありがとう。……って、え、朝からクッキー?」


「はい。お嬢様、クッキーお好きですよね?」


「いや、まぁ好きだけど……好きだけど、ちょっと朝からクッキーだけはおかしくない? いつもはパンなのに、どうして今日はクッキー?」


「まぁこういう時もありますよ。有名店のクッキーですよー。おいしいですよー」


「……うーん。朝からクッキーはお口の水分が足りなくなるからねー。私今日はお腹そんなに空いていないし、サリナ食べていいよっ!」


「いえいえ、お嬢様のお食事をとることなんてできません!」


「……この前私のデザート食べたじゃん」


「……あれは、お嬢様のわがままに付き合って炊き出しの時間を延長した報酬です」

 

「もぅー。いらないったらいらないのー。そうだ! 孤児院にもってくいく物探さないとーっ!」


「食べてください!」


 

 私は無理やりにでも食べてもらおうとクッキーをもってお嬢様に食べさせようとする。


 

「ちょっ……いらないってば!」


 

 お嬢様の振り払う手がクッキーにあたり、そのはずみでクッキーは割れて落ちた。



「あ……」


「サ、サリナが無理に食べさせようとするから!」


「お嬢様がわがままばかり言うからです!」



 その日、私とお嬢様は一日中険悪な空気のまま過ごすことになった。


 


 ◇ 四回目 ◇

 

 

「そうだ! お腹がいっぱいなら、お昼にだせばいいんだ」


 

 私は孤児院へ行く前の昼食でクッキーを用意することにした。

 しかし、準備の途中で私は思いだした。

 …………そういえば、朝食に食べてもらうようにって言われてたんだった。

 しかもその日のお昼に出したクッキーも食べてはくれなかった。


 


 ◇ 五回目 ◇

 

 

「お嬢様、このクッキーはかの人気店で今王都で一番流行りの一品ですよ。クッキーの甘さとレーズンの甘酸っぱさが絶妙なかみ合わせで、これを食べた人はもうほかのクッキーは食べれなくなるとか、ならないとか。かくいう私もこのクッキーを初めて食べたときはまるで天にも昇るような……」


「いらない。サリナ食べていいよー」


「…………」



 ……商人顔負けの私のトークでもダメみたいだ。




 ◇ 十回目 ◇



「クッキーをすりつぶしてー……パンにまぶせばー……ほらっ! サリナ特製のクッキーパンの出来上がり!」


 

「サリナ……?」


「…………食べないんですか?」


「……正気?」



 ……なんとか胃にさえ入れてくれれば、食べたことになると思ったんだけど。

 

 


 ◇ 十七回目 ◇



「そうか! 一枚全部とは言われていない! とりあえずクッキーを食べればいいんだ!」


 

 私はクッキーをひとかけら、パンの中に挟み込んだ。

 

 

「お嬢様、朝食をどうぞ」


 

 ガリッ、モグモグ。


 

「あれ? 何かパンの中に入っていたかも?」


「ふふっ。それは、クッキーですね」


「……クッキー?」



 残念ながら、次の日も繰り返しの日は続くことになる。

 ……どうやらひとかけらではダメみたいだ。




 ◇ 四十回目 ◇



「うーん! お嬢様、このクッキー、おいしいですよー! モグモグ……モグモグ」


「よ、よかったわね」


「明日は食べてくださいね?」


「もう無くなったみたいだけど?」


「…………」





 ◇ 六十回目 ◇


 

「みてっ! お嬢様! クッキーが食べられたがってる!」


「へ……へぇー」


「ほーら! お嬢様のお口へ入りますよー……」


 私はクッキーをまるで生きているクラゲのようにゆらゆらと揺らしながらお嬢様の口へ近づける。

 

 パシッ!

 

 クッキーを持つ私の手がお嬢様にはたかれた。


「遊んでないで。慰問訪問の準備をしましょ」




 ◇ 九十回目 ◇



「お嬢様! すみません!」


 

 私は無理やりお嬢様の口にクッキーをねじ込もうとする。

 

 

「ちょっと! サリナ!?」


 パシッ。


 お嬢様の抵抗した際の手があたったクッキーは無残な姿で床に散らばった。

 ちなみに、五回に一回は力づくで食べさせようとして失敗している。





 ◇ 九十九回目 ◇



「私は……無力だ」


 今日もクッキーを食べてもらうことができなかった。

 

 いったい何回繰り返しただろうか。

 いや、毎回カウントをしていたからわかる。間違いでなければ、今回で九十九回目……次でちょうど百回目になる。

 

 正直、もう万策尽きた。

 力づくはダメ。説得もダメ。搦め手もダメ。

 いったいうちのお嬢様はどうやったらクッキーを食べてくれるのだろうか……。


 私は何も思いつかないまま、終わらない今日をまた終えるのであった。





 ◇ 百回目 ◇



 記念すべき百回目の繰り返し。

 私が思いつく案はすべて試してきたつもりだ。

 いまだにお嬢様に食べてもらうことはできていない。



 試行錯誤に疲れた私は何のアイデアもないまま、朝のルーティンを繰り返す。

 本来朝食を載せるワゴンには、いつものパンではなく、もう何度も見続けてきたクッキーを置いた。

 

 

「……え、朝からクッキー?」


「はい。お嬢様、クッキーお好きですよね?」


「いや、まぁ好きだけど……好きだけど、ちょっと朝からクッキーだけはおかしくない? いつもはパンなのに、どうして今日はクッキー?」


「はぁ……。だってお嬢様、パンを食べたらクッキーは食べないでしょう? 朝からクッキーは水分が足りなくなるとか。もうお腹いっぱいだから午後に食べるとか。言い訳ばっかりするのはわかってるんです」



 私はもう半分なげやりになっていた。

 どうせ何を言っても食べないんだ。

 

 

「えと……パンでよくない?」


 

 パンでよいわけがない。

 

 

「今日はパンを切らしております」


 

 パンは大量に食堂にある。ここにないだけだ。


 

「そ、そう……。えと、今日はそんなにお腹もすいてないから、クッキーはサリナが食べていいよ?」


 

 もう何回も食べた。このクッキーはとてもおいしい。

 甘酸っぱいレーズンとクッキー生地の素朴な甘さが噛み合って、絶妙な味わいのクッキーだ。

 おそらく、今王都でこのクッキーについて一番語れるのは私だ。


 

「まぁ騙されたと思って一口食べてみてはどうです?」


「いやいや、なんで朝から騙されないといけないのよ」


「…………」


 

 部屋が沈黙に包まれ、鳥の鳴き声が聞こえた。

 この鳥の鳴き声も、いい加減覚えてしまった気がする。


 

 ——そして、私はついに張り詰めていた糸が切れたように、頬を涙が伝った。


「も、もう……百回目なのに……」


「え? なにか言った?」



 お嬢様が私に話しかけている。

 けど、私は泣いてしまった顔を見せたくなくてお嬢様のほうをみれない。



「サ、サリナ? どうしたの?」


 

 お嬢様が驚いたように立ち上がり私のほうへ駆け寄ってくる。

 

 

「ちょっと! え? 泣いてるの? なんで? えぇ?」


「う……だ、だって、お嬢様が……クッキーを、食べてくれない、から……」


 

 私は恥ずかしくて、それ以上言葉がでなかった。

 お嬢様からすると、わけがわからないはずだ。

 いきなり朝の準備にきた侍女が目の前で泣き出したのだ。

 

 しかも、クッキーを食べてくれないから……なんて理由で。

 

 気が狂ってると言われても否定できないほど、今の私はおかしい状況だろう。


 

 (とりあえず……今回は……いったんあきらめてまた、明日、考えよう……)



 パクッ。


 

「んっ、モグ……モグ」



(え……?)



「んっ! 食べたよ! これで大丈夫なの? サリナもう泣き止んでくれる? ……このクッキー、おいしいわね」


「……お嬢様、なんで?」


「なんでって……、サリナが食べてって言ったんでしょう?」


「だって……私がこれまでどんな手を使っても食べなかったのに……」


「……クッキーを食べてってサリナに言われたのは今回が初めてだと思うんだけど」


 

 初めて。たしかに、お嬢様からすると初めてだろう。

 けど、私からすると、もう何度も何度もお願いしてきた……。

 私はこれまで百回繰り返してきたお嬢様とのやりとりを思い返す。

 そう、ストレートに正面からお願いしたときは、基本的に軽く断られている。

 

 

「けど……たしかに、真剣に頼み込んだことはなかったかも……?」

 

 

 あの手この手で食べさせようと手段を講じてたが、心からお願いするような試みはなかった気がする。



「えと……けど、お嬢様、なぜかこのクッキー食べたがらなかったですよね……それなのに、なんで……?」


「うぅー……」


 

 お嬢様は少し悩みだした。

 このクッキーに、何かあるのだろうか?

 これは食堂にあったクッキーで、私も食べたが、普通においしいクッキーで特に問題はないはずだが……。


 

「レーズン! 苦手なの!」


「へっ?」


 

 え? レーズン? 苦手? 苦手っていうのは……、好みの話?



「子供の時にレーズンとチョコレートを間違えて食べちゃって……甘いと思ってたのにすっぱくて、それからレーズンは苦手なの! けど、好き嫌いで食べないっていうのは子供っぽくて恥ずかしいから、いらないっていっただけ!」

 

「え、じゃぁ、お嬢様は本当に、ただ好みじゃないから断ってただけということですか? けど嫌いなのになんで今はお食べに……」


「だ! か! ら! レーズンは嫌いだけど、サリナが泣いてまでお願いするんだったら、何かあるんだと思って……」


 

 お嬢様は少し照れているのか目を逸らした。


 

「サリナは私の大事な侍女なんだから、レーズンを食べたくらいで泣き止んでくれるならって、それだけ!」


「あ、ありがとうございます……」


「ふ、ふんっ! サリナは、私にとって特別なんだから。次はそんなに悩む前に相談しなさいよね。というかなんで食べてほしかったのよ」

 

 

 つまり、私が真剣にお願いすれば、お嬢様は普通に食べてくれてたのに、私が変に作戦を考えたせいでこんなに時間がかかっちゃったってこと?



「そ、そんなぁー……」


「ちょっと! 言われた通り食べたんだからもっと私に感謝してよね!」


「はぁ……。はいはい。スゴイネスゴイネ」


「サリナ! なんだかいつものかんじに戻ってる! ちゃんと感謝しなさいー!」


「私はお嬢様の特別なので、特別なので」


「二回言うな! あとなんだか恥ずかしいからさっきの取り消し!」

 

「はいはい。お嬢様午後の準備しますよ。持っていくもの選ばないといけないですよー」


「もう……、あっそうだ。さっきのクッキー、レーズン入りのクッキーだけどすごく美味しかった! 孤児院の子供たちにもっていかない?」


「いいですけど、ストックはないので、買いに行かないといけませんよ?」


「なら、はやく準備していきましょう!」



 

 ——こうして、私はお嬢様にクッキーを食べてもらうことができた。


 さて、結局神様はどうしてクッキーを食べさせたかったのか。その真意は私にもわからない。


 ただ、クッキーを買いに行った道中、子供が馬車に轢かれるところへ遭遇した。その後お嬢様がなんとかしようとして突然聖女の力に目覚めることになった。

 まぁ、そういうことなんだろう。

 

 そして、その出来事をきっかけに教会と関わり、封じられていた悪魔まで浄化し、やがて王国中から聖女として祝福されることになるのだけれど——。

 それは、また別のお話。

 

 まだまだしばらく、私はこのお嬢様に振り回される日々が続きそうだ。


最後まで読んでいただきありがとうございました!


もし少しでもよかった部分があれば、↓の☆☆☆☆☆を押していただけると嬉しいかぎりです!


また、お嬢様とサリナが気に入っていただけたなら、別の短編でも二人のお話があるので、ぜひぜひ読んでいただけるとうれしいです。

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