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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第1章:赤子の目覚めと、室町「経済特区」の構築

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第9話:足軽の青田買いテスト 〜兵力市場の掌握〜

巨大な水車が稼働し、莫大な富を吐き出し始めた我が領地は、急速にその姿を変えつつあった。


泥にまみれた中世の貧しい寒村という面影は、もはやどこにもない。


領民たちの手によって街道は真っ直ぐに整備され、巨大な物流ターミナルには連日連夜、数え切れないほどの馬借や商人たちが行き交っている。


高い柵と堀に囲まれ、独自の通貨(手形)が飛び交うその様は、周囲の領地とは完全に隔絶された「豊かな要塞都市(経済特区)」と呼ぶにふさわしい活気を呈していた。


『これで、大名たちの手足を縛るための「金」と「物流」の仕掛けは整ったわ。でも、大乱の火種を完全に消し去るには、あと一つ、絶対に処理しておかなきゃいけない爆弾があるのよ』


私は屋敷の縁側から、活気に満ちた特区の景色を眺めながら、前世の歴史知識を脳内で反芻していた。


応仁の乱。


その十年にも及ぶ狂気の戦乱で、京都の美しい街並みを焼き尽くし、文化財を破壊し、民衆を殺戮し尽くしたのは、実は大名たちの率いる正規軍だけではない。


真に恐ろしいのは、大名たちが金で雇い入れた「足軽」と呼ばれる非正規の傭兵たちだった。


彼らの大半は、凶作で村をあぶれた農民や、食うに困った流浪の民である。


彼らは忠誠心や武士の誇りなど持ち合わせておらず、戦勝の報酬として許された「乱取り(略奪・人身売買)」だけを目的として群がり、欲望のままに都を食い荒らしたのだ。


『いくら大名たちの兵站を止めても、飢えた群衆が「略奪の許可証」目当てに暴走し始めたら、とてもじゃないけどコントロールしきれない』


ならば、彼らが略奪という野蛮な行為に魅力を感じる前に、その根源的な飢えを満たしてしまえばいい。


戦争という「死と隣り合わせのブラックバイト」よりも、遥かに割の良い「ホワイトな就職先」を提示し、兵力となる人間を根こそぎ市場から買い占めてしまうのだ。


私は即座に家臣たちを動かし、京の都の周辺や街道沿いに大量の高札を立てさせた。


『山科の領地にて、新たなからくり(水車)や街道の普請を行う者を広く募集す。身分は問わず。相場を遥かに上回る手間賃に、なんと三食の飯付き。前払いも可能なり』


その噂は、瞬く間に畿内中に散らばる「その日暮らしの者たち」の間に広まった。


数日後、我が領地の入り口には、ボロボロの衣服を纏い、顔をすすけさせた農民や流浪の民が、何百人も列をなして押し寄せていた。


「おい、本当にこんな美味い話があるのか? 騙されて、遠くへ売り飛ばされるんじゃねえだろうな」


「わからん。だが、このままじゃどうせ飢え死にだ。いくさ場へ行って、見ず知らずの侍の首を狙うよりはマシじゃろうて」


半信半疑で集まってきた彼らの前に、私は大量の「銭」と「白米」を積んで出迎えた。


「よくぞ参られた! そなたらの働き、この私が高く買わせていただこう!」


私は家臣に命じ、まずは集まった者たち全員に、湯気を立てる山盛りの飯と、栄養満点の汁物を振る舞った。


飢餓線上にあった彼らは、目の前に出された真っ白な米粒に目をひん剥き、獣のようにむさぼり食った。


「う、うめえ……! まことの白米じゃ! 何ヶ月ぶりじゃろうか……!」


「腹いっぱい食っても、まだおかわりがあるだと!? ここは極楽か!?」


腹が満たされたところで、彼らにはすぐさま水車の拡張工事や、新しい工場の基礎作りといった過酷な労働が割り当てられた。


だが、彼らの目の色には明らかな変化が起きていた。


労働の対価として、夕刻には約束通り、相場よりも遥かに高い手取りの銭がチャリンと手のひらに落とされる。


さらに、作業中に足を怪我した者がいれば、即座に清潔な手当てが施され、休んでいる間の飯まで保証されたのだ。


「……信じられん。いくさ場で怪我をすれば、そのまま野垂れ死にじゃというのに。姫様は我らを見捨てずに治療までしてくださるのか」


「ああ。しかも、毎日三食、あんなに美味い飯が食えて、銭まで貯まるんじゃ。命を張って端銭を奪うのが馬鹿馬鹿しゅうなってくるわい」


「俺ぁもう、いくさなんぞ二度と御免じゃ。姫様の下で、一生土を運んで暮らしてえ!」


彼らは夕暮れの飯場に集まり、口々にそう言いながら、私に対する深い感謝と忠誠の涙を流していた。


『……ふふふ。大成功ね』


私は物見櫓の上から、すっかり骨抜きになった彼らの姿を見下ろしてほくそ笑んだ。


人間という生き物は、極めて現金なものだ。


安全で、腹いっぱい飯が食えて、十分な見返りがある労働環境を一度でも提供されれば、わざわざ死の危険を冒してまで戦場へ行こうとする者などいなくなる。


これで、彼らが武器を取って「足軽」へと変貌する未来は完全に閉ざされた。


『さあ、将来いくさを起こそうとする大名どもよ。どうするの?』


私は空に向かって、見えない敵へと挑発的な笑みを向けた。


『いくら将の首をすげ替えても、手足となって働く「兵隊」が一人も集まらないのよ。あなたたちの戦争は、もう物理的に始められないの』


金融による大名たちの債権掌握。


馬借を依存させた物流の遮断。


圧倒的な富を生む特産品の大量生産。


そして、傭兵となるはずだった民衆の完全な青田買い。


私は、あと数年後に迫った応仁の乱という歴史の巨大な爆弾から、その導火線を一本、また一本と、確実に、そして残酷なまでに引き抜いていた。


次なる巨大な一手に向けた盤面は、いよいよ完成の時を迎えようとしていたのである。

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