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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第2章:応仁の融和 〜政争の解きほぐしと「国旗」の制定〜

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第38話:黄金の社畜契約〜名誉と経済的隷属〜

静まり返った茶室で、日野富子は優雅に扇子を広げた。


「武の誇りをかけて戦い、見事に散ったのでおじゃる。堂々となされよ」


富子の予想外の言葉に、両大名は戸惑いながら顔を上げた。


「そなたらがこれまでに抱えた戦支度のための借金、そして今回の騒動の始末。このままではお家が潰れ、領地の家臣らも路頭に迷うことになりましょうな」


富子は痛いところを正確に突いてきた。


彼らの財政は、先日の「土倉の疎開」と「兵站崩壊」によってすでに完全に破綻している。


命を長らえたところで、経済的に首を括るしかない状態なのだ。


「そこで、幕府からお二方に、新たな『お役目』を授けたいと思うておりますえ」


富子の言葉に、勝元と宗全は顔を見合わせた。


「お役目……にございますか?」


「左様。矛を収めて幕府に永遠の忠誠を誓っていただけるのなら、新たに切り拓く『幕府海軍の提督』の座を、お任せしたいおす」


その瞬間、両大名の頭の中で雷が落ちたような衝撃が走った。


「て、提督……!あの莫大な富を生み出す海の交易を、我らに任せると申されるか!」


「大罪人である我らに、そのような名誉ある大役を……!」


かつて、格下の斯波と畠山らが持ち帰り、彼らの目を血走らせたあの途方もない外貨の山。


それと同等の利権と「海軍提督」という武門の誇りをくすぐる名誉を、幕府は与えるというのだ。


腹を切らされると思っていた彼らにとって、それはまさに地獄に垂らされた蜘蛛の糸であった。


彼らの瞳に、再びギラギラとした野心と生気が宿り始める。


「富子様!この勝元、粉骨砕身、幕府のために海の果てまで漕ぎ出しましょうぞ!」


「この宗全の命、もはや将軍家と富子様のもの!必ずや莫大な富を都へ持ち帰ってみせまする!」


武士としての面目を完全に保ちつつ、巨大な利権まで手に入れられる。


彼らは幕府の懐の深さに感服し、心の底から感謝の涙を流さんばかりであった。


だが、部屋の隅で控える薫子は、内心で冷酷な笑いを噛み殺していた。


『あははは!見事に食いついたわね!名誉と肩書きを与えられれば、武将なんて単純な生き物はすぐに目を輝かせるのよ!』


富子は優雅に微笑み返し、手元の扇子をパチンと閉じた。


「それは頼もしいどすな。なれど、商いには『元手』が要りますえ」


富子の声のトーンが、ほんの少しだけ冷たく下がった。


「異国の波を越える巨大な船、積載する最新の火器、そして水夫たちを雇う銭。それら初期投資のすべては、幕府からの『貸し付け』どすえ」


「か、貸し付け……?」


「ええ。船も武器もすべて幕府からの『リース』。そなたらはその船を借りて異国へ赴き、稼いだ利の八割を『利子および返済金』として、幕府の金庫へきっちりと納めてもらいまっせ」


勝元と宗全の顔から、再びスッと血の気が引いた。


利益の八割を持っていかれる。


しかも、船が沈んだり、海賊に襲われて品を失えば、その莫大な負債はすべて彼ら自身に重くのしかかるというのだ。


「さらに、期限までに定められた利を納められねば、提督の座は即座に剥奪し、本国の領地を差し押さえますえ。分かりましたな?」


富子の言葉は、もはや提案ではなく、絶対者の宣告であった。


それはつまり、こういうことである。


表向きは「幕府海軍の提督」という立派な肩書きを与えられているが、実態は「機材をすべて幕府から借金で借り受け、死ぬまで外貨を稼ぎ続けなければ破産する、超高給の奴隷」なのだ。


『そうよ!これこそが究極の社畜契約!』


薫子は心の中で快哉を叫んだ。


『武力でねじ伏せるより、借金で首根っこを掴んで走り続けさせる方が、ずっと安全で生産的でしょ?これで彼らは、二度と幕府に逆らえない。逆らう暇があるなら、ライバルより早く船を出して銭を稼ぐしかないんだから!』


細川と山名には、もはや断るという選択肢は存在しなかった。


断れば、今抱えている莫大な軍事費の借金で一族が路頭に迷い、自滅するだけである。


「……ははっ……。ありがたき、幸せに存じまする……」


絞り出すような声で、二人は承諾の返事をした。


武功を競う中世の武将たちが、一夜にして「資金繰りと利益率に追われる現代の経営者」へと強制的にジョブチェンジさせられた瞬間であった。


***


かくして、史実において京都を灰燼に帰し、百年にも及ぶ血みどろの戦国時代を引き起こすはずだった二大巨頭の牙は、名誉と黄金という名の鎖によって完全に抜かれたのである。


最小限の流血と圧倒的な経済支配によって、室町幕府は日本のエネルギーを「大航海」へと向けるための完璧な布石を打ち終えたのだった。

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