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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第1章:赤子の目覚めと、室町「経済特区」の構築

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第11話:最強のバディ結成と、室町ファンドの誕生

薫子の私室とでも呼ぶべきその空間は、およそ数え年で六歳となる童女が過ごす場所には見えなかった。


壁際を埋め尽くすのは、うず高く積まれた真新しい帳簿の束。


卓の上には、近隣の土倉(金融業者)から集められた借金の証文の写しや、堺から届いた明国の珍しい織物の見本、そして、水力紡績の仕組みを記した緻密な図面などが無造作に広げられている。


ここは、京都郊外の弱小武家・山科家を、わずか数年で莫大な富を生み出す「経済特区」へと変貌させた、すべての頭脳ハブであった。


その部屋の上座に、美しい絹の小袖を纏った十代の少女が、優雅に、しかしどこか値踏みするような鋭い視線を漂わせて腰を下ろしていた。


次期将軍・足利義政の正室となることが半ば運命づけられている、日野富子その人である。


「ほんまに、呆れた童女わらしやわ」


富子は、卓の上に広げられた複式簿記の帳面を、絵巻物でも眺めるように細い指でなぞりながら、ふふっと冷たい笑みをこぼした。


「関所の端銭はしたぜにを奪い合うなど三流の所業……か。言うてくれるやないの。そやけどな、薫子。そなたがどれほど見事な『からくり』を仕掛け、この領地を豊かにしたところで、所詮はしがない弱小の武家や」


富子の声のトーンが、一段低くなる。


それは、公家の姫君が放つ、生まれながらの絶対的な権力の匂いだった。


「出る杭は打たれるのが、この京の都の習いやで? 延暦寺の山法師どもや、強欲な守護大名たちが、この異常なほどに肥え太った領地をいつまでも放っておくと思うてか? ある日突然、何万という兵が押し寄せ、すべてを焼き尽くし、そなたの首を刎ねて富を奪い去る。……それが、武家の世のことわりや」


富子はそこで言葉を区切り、薫子の反応を楽しむように目を細めた。


「そやけど、うちの、日野家の……ひいては『幕府』の御威光を傘に着れば話は別や。そなたの商い、この富子様にまるごと献上しなはれ。そうすれば、命だけは助けて、一生うちの手代としてこき使ってあげるわ」


明確な恫喝であり、事実上の「乗っ取り宣言」であった。


普通の大人の男ですら、将来の御台所からのこの圧力に晒されれば、震え上がって平伏するだろう。


しかし。


薫子(心の声)『ひゃっはー! キタキタキタ! 史実のスーパー守銭奴、悪女の代名詞とも言われた日野富子様の、生々しい恫喝! たまらないわ、尊すぎてゾクゾクする!』


薫子は内心で、歴史オタクとしての狂喜乱舞を繰り広げていた。


恐怖など微塵もない。むしろ、目の前にいる少女が、歴史書に記された通りの――いや、それ以上の「強欲さと知性」を兼ね備えていることに、深い感動すら覚えていた。


薫子は、六歳の童女らしからぬ、底知れぬ深淵を覗かせるような笑みを浮かべた。


「富子様。まことに恐ろしきお言葉、肝に銘じまする。なれど……」


薫子はゆっくりと立ち上がり、富子の目の前まで歩み寄った。


「富子様は、まだ『ぜに』というものの本当の恐ろしさ、そして本当の美しさを、ご存じないようでおじゃる」


「……なんやと?」


富子の柳眉がピクリと跳ねる。


「私の商いを丸ごと奪い、日野家の蔵に大量のビタ銭や銅銭を溜め込む。それは確かに目も眩むような富に違いおじゃりませぬ。しかし……蔵に銭を隠し持っても、世の中の富の『総量』は、一向に増えませぬ」


薫子は、卓の上にあった一枚の白紙を手に取り、富子の目の前でひらひらと揺らした。


「富子様。銭などという重くてかさばる鉄や銅の塊に、いつまで縛られておいでですか? まことの富とは、金属の重さではなく、『信用』の重さにおじゃります」


「信用……?」


「左様でございます。富子様という『幕府』の絶対的な御威光、それを後ろ盾として、この紙切れに価値を持たせるのです。例えば、百貫の金銀を蔵に預かれば、三百貫、いや千貫分の『紙(手形)』を世に放つことができる。人々は、富子様を信用しているからこそ、その紙切れを本物の銭と同じように使い、商いをし、物を買い、新しい田畑を拓くのでおじゃる」


薫子の言葉は、中世の価値観に生きる富子にとって、まさに呪文のような響きを持っていた。


しかし、富子の並外れた頭脳は、薫子が語る「信用創造レバレッジ」という未来の概念の輪郭を、急速に理解し始めていた。


「幕府の御威光を以て『紙』を降らし、この日の本の富そのものを、何十倍、何百倍にも膨れ上がらせる。そして、その膨れ上がった富が巡るすべての道筋(血流)から、我らが合法的かつ永続的に利(手数料)を吸い上げる……!」


薫子は、両手を広げ、小さな体から凄まじい覇気を放った。


「誰かの蔵から銭を奪い合うような、泥臭い小競り合いはもう終わりにしましょうぞ。富子様と私とで、この国の富そのものを操る巨大な金庫……『室町ふぁんど(中央銀行)』を創りましょうぞ!」


部屋に、重い沈黙が降りた。


富子は、手に持っていた扇子をパタンと閉じ、薫子をまじまじと見つめた。


その瞳の奥で、単なる私腹を肥やす「守銭奴」としての価値観がガラガラと崩れ去り、国家規模の経済を回す「怪物」としての本性が覚醒していくのが、薫子にははっきりと見えた。


「……こないな紙切れで、国の富をまるごと操る、やなんて」


富子の唇が、かすかに震えている。


それは恐怖ではない。未知なる巨大な力に触れたことへの、抑えきれない興奮だった。


「ほんまに、恐ろしい姫さんやわぁ。そなた、頭の中身はどうなっとるんや?」


「夢枕で、異国の仏様が教えておくれやしたのじゃ(にっこり)」


薫子が愛らしく首を傾げると、富子はついに耐えきれなくなったように、鈴を転がすような声で高笑いをした。


「あははははっ! ええわ、傑作や! 関所の小銭を取り立てるのが馬鹿らしゅうなってきよったわ!」


笑い終えた富子は、先程までの凄みを消し去り、代わりに、共に天下を盗まんとする共犯者のような、蠱惑的な笑みを浮かべて薫子に手を差し出した。


「おもろい。その『室町ふぁんど』とやら、うちが乗ったるわ。延暦寺の坊主どもでも、守護大名でも、うちが『幕府たて』になって、ぜんぶ撥ね退けてあげる。そやから、そなたはその恐ろしい知恵で、この日の本中から、うちのためにぎょうさん利を稼いできなはれ」


薫子は、差し出されたその白い手を取り、恭しく押し戴いた。


「御意に。富子様を、この世で最も裕福で、最も尊き御台所として御造り申し上げることを、ここにお誓いいたしまする」


薫子(心の声)『よっしゃあああ!! 最強のシールド(物理防御)兼、最高のスポンサー獲得!! これで、表立って目立つことなく、思う存分マクロ経済をぶん回せるわ!』


歴史上、類を見ない最強の女性バディが結成された瞬間であった。


わずか六歳の童女と、十代の次期御台所。


この二人の密約が、やがて来るはずだった「応仁の乱」という日本史上最悪の泥沼を、根底から覆していくことになる。

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