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最終話,ムッシユ・ド・パリを継ぐもの達

最終話です

1981年フランスでは死刑と、ムッシユ・ド・パリが廃止されます。

1981年10月9日


地下室の澱んだ空気に、父さんの冷たい吐息が混ざった。

サンソンの手記は、ここで終わっている。


僕は、ずっと気になっていた疑問を口にした。


「……ねえ、父さん。サンソンの血筋が途絶えたなら、どうして僕たちの家にこの手記があるの? 僕たちの苗字は『サンソン』じゃない。なのに、どうして父さんがこの地下室でギロチンの手入れをして……最後の『ムッシュ・ド・パリ』をやらされているんだ?」


父さんは、ゆっくりと立ち上がった。

そして、部屋の奥で鈍く光る巨大な木造の機械――ギロチンを、ひどく愛おしそうに、そしてひどく忌々しそうに見上げた。


「サンソン家が逃げ出した後、国家という怪物は、赤の他人にこの刃を押し付けた。デイブレラー家、オブレヒト家……そして、私たちの家だ。」


父さんの声には、感情の起伏が全くなかった。


「誰もやりたくない。誰も殺したくない。だが、社会はいつだって『誰かに汚れ役を押し付ける』ことで清潔さを保ってきた。200年もの間、僕たちはそのゴミ捨て場の番人を、暴力的に引き継がされてきたんだよ。」


――ジジッ……ザザザッ……。

突然、部屋の隅の古いラジオがノイズを立てた。

国営放送のアナウンサーの、上擦った声が地下室に響く。


『……速報です。本日、1981年10月9日――フランス共和国において、死刑制度の完全廃止が決定いたしました! 200年の歴史を持つ断頭台は、これをもって永遠にその役割を終えます――』


ラジオの音声が続く中、父さんはギロチンの刃にそっと触れた。


「……終わったよ。今日で、この制度は死んだ。」


僕は安堵し、父さんが涙を流して喜ぶのだと思った。あのサンソンの祈りが、ようやく報われたのだと。

だが、振り向いた父さんの顔を見て、僕は息を呑んだ。


父さんは泣いていなかった。

口角を歪め、黒い瞳の奥に、獲物を見つけた子供のような無垢な狂気を宿し……ひどく静かに、でも少し笑ってるようにも見えた。


「死刑がなくなったからといって、人間が美しくなったとでも思うかい?」


父さんは、僕の肩に冷たい手を置いた。


「広場で歓声を上げていた群衆を思い出してごらん。彼らは、王を殺したいわけでも、共和国を愛していたわけでもない。ただ、『事実なんてどうでもいいから、自分は傷つかない安全な場所で、悪人と決めた誰かに残酷な罰が下る瞬間』を見たくてたまらなかっただけなんだ。」


父さんは、薄暗い地下室の天井を仰いだ。


「制度としてのギロチンは無くなる。だが、血を欲する人々の乾きは消えない。……血筋も、国家の任命も、そんなものはもう必要ないんだよ。」


父さんの冷たい指先が、僕の首筋をツゥッと撫でた。耳元で父さんは囁く。


「これからは、誰もが自分の正義という名のレバーを隠し持って、街を歩く。気に入らない奴、目に付く奴、自分より幸せそうな奴。事実なんて関係ない。指先一つで『悪人』のラベルを貼り、安全な場所から石を投げ、その人生を断頭台へ送る。」


「……父さん?」


「ムッシュ・ド・パリは、私たちのような役人歯車でも、サンソンのような血筋でもない。

……街ですれ違う、あの善良で親切そうな隣人たちすべてが、ムッシュ・ド・パリなんだよ。ほら、お前のすぐ隣にも、お前自身の中にも――」


地下室は、ひどく静かだった。

僕は、ギロチンの冷たい刃と、自分自身の両手を交互に見つめた。

ラジオからは、新しい時代の到来を祝うアナウンサーの明るい声が、まるでお祭りの騒ぎのように、いつまでも響き続けていた。

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