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第25話,心をなくした機械

処刑人の家に生まれ、フランス革命前後のムッシュ・ド・パリ(処刑人)であり医師であったシャルル=アンリ・サンソンの物語。


フランス史上一番多くの処刑を執行した彼の数奇な運命を描きます。


フランス革命編です。

1981年の地下室。父さんは、手記のあるページを開いたまま、ひどく皮肉めいた、悲しい笑みを浮かべた。


「……人間というのは、本当に愚かな生き物だ。気高く美しい死が殺戮を長引かせ、泥臭く見苦しい生への執着が、人々の狂気に冷や水を浴びせることもある。」


父さんは、僕の目を真っ直ぐに見つめた。


「これは、アンリ・サンソンが『誇り高い死のシステム』の残酷な矛盾に気づき、彼自身の心を完全に殺し切った日の記録だ。」


※※※※※※※※※※


1793年12月8日。

王妃マリー・アントワネットが誇り高く散ってから約二ヶ月後。サンソンの前に引き出されたのは、かつて国王ルイ15世の愛人として権勢を誇り、そしてサンソン自身も若き日に愛した女性――デュ・バリー夫人ジャンヌだった。


広場へ向かう荷馬車の上で、彼女はこれまでのどんな貴族とも違っていた。

「嫌だ! 死にたくない! お願い、誰か助けて!」

彼女は髪を振り乱し、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫んだ。王や王妃が示したような「気高さ」や「諦め」など微塵もない。そこにあるのは、ただ生きたいと願う一人の弱い人間の、剥き出しの恐怖だった。


広場を埋め尽くす群衆は、初めは彼女を嘲笑し、罵声を浴びせていた。

だが、断頭台の階段に引きずり出された彼女が、狂乱してサンソンの足元にすがりついた時、異変が起きた。


「シャルル! お願い、シャルル! あと少しだけ、あと一瞬だけ待って! 死にたくないの!」


かつて愛した男の名を叫び、泥だらけになって命乞いをする彼女の凄絶な姿。

そのあまりにも生々しい『生の執着』と『死への恐怖』を前にして、広場を包んでいた群衆の狂気めいた熱狂が、スーッと引いていった。

水を打ったような静寂。群衆は息を呑み、気まずそうに目を逸らし始めた。

彼女の絶叫が、群衆に「自分たちは今、悪を裁いているのではなく、ただ怯える哀れな女を寄ってたかってなぶり殺しにしているだけだ」という醜い現実を突きつけたのだ。


サンソンは、足元ですがりつくかつての恋人を見下ろしながら、心臓が握り潰されるような痛みを覚えていた。

(……ああ、そうか。)

サンソンは、凍りついた群衆を見渡して、一つの残酷な真実に気づいてしまった。


(もし、今までギロチンにかかったすべての者たちが、彼女のように無様に泣き叫び、死を拒絶して暴れていたなら……。)

王も、王妃も、貴族たちも。皆が誇り高く、静かに死を受け入れたからこそ、群衆は罪悪感を抱くことなく、処刑を「清潔で美しいショー」として消費することができたのだ。

皮肉なことに、貴族たちの『気高き死』こそが、このギロチンという大量殺戮システムをスムーズに稼働させ、恐怖政治を長引かせる極上の潤滑油になってしまっていたのである。


「許してくれ、ジャンヌ。」


サンソンは、感情を限界まで殺し、震える手で彼女の体を無理やり板に縛り付けた。

「嫌ァァァッ! シャルル、お願い――」

彼女の命乞いの悲鳴ごと、冷たい刃がすべてを断ち切った。


首が落ちた後も、広場にいつものような歓声は上がらなかった。ただ、後味の悪い重苦しい沈黙だけがパリの空を覆っていた。


サンソンは、血に濡れた刃を見つめながら、己の心に固く鍵をかけた。

立派な英雄を殺し、生にすがりつく弱い女を殺した。もはや、この国に「気高い死」も「正義の処刑」も存在しない。

(私は今日、人間であることをやめる。ただレバーを引く機械にならねば、もう一秒たりとも生きてはいけない。)


かつて愛した女の無様な死が、群衆の目を覚まさせ、そして同時に、シャルル=アンリ・サンソンという人間の魂を、完全に死滅させたのである。

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