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第15話,王との面会~ルイ16世の夢~

処刑人の家に生まれ、フランス革命前後のムッシュ・ド・パリ(処刑人)であり医師であったシャルル=アンリ・サンソンの物語。


フランス史上一番多くの処刑を執行した彼の数奇な運命を描きます。


いよいよ革命編が始まります。

父さんは手記のページをめくり、ひどく悲しそうな目をした。


「……だが、その神への希望が、最悪の罠になるのが歴史だ。サンソンは、王の理知的なカリスマと、その純粋な理想に魅了されすぎたんだ。」


※※※※※※※※※※


車輪が燃やされたあの日から少し経ち、国家の財政は破綻寸前の状態へと陥っていた。

ムッシュ・ド・パリであるサンソンへの給与も、すでに二年もの間、一銭も振り込まれていない。


医師としての収入はある。だが、処刑道具の維持費や助手たちの給金をすべて自腹で賄うという歪な制度のせいで、サンソン家はギリギリの状態であった。。


限界を迎えたサンソンは、ついにベルサイユ宮殿へと直接抗議に赴いた。

だが、彼の胸の内にあったのは、単なる未払いへの怒りだけではなかった。


(あの時、暴動を起こした民衆を許し、青年の命を救ったルイ16世陛下。……あの方は、過去の血塗られた歴史を終わらせる真の聖君なのだろうか。それとも、ただ群衆の顔色をうかがうだけの、甘く軟弱な男なのだろうか。)


もし王が真に命の尊さを理解し、あの日のような慈悲の心を持っているのなら、「人間が人間を裁くことの恐ろしさ」と「死刑そのものの廃止」を、この謁見の場で直接進言しよう。サンソンは上着の内で十字架を握りしめ、そう固く決意していた。


※※※※※※※※※※


彼が通された王の私室は、豪奢な装飾とは無縁の、まるで薄暗い町工場のようだった。

部屋の中央で、精密な時計の歯車や精巧な錠前を熱心に組み立てていた国王ルイ16世は、サンソンの姿を認めると、油で汚れた指先を無造作に布で拭きながら真っ直ぐに歩み寄り、一介の処刑人に対して深く頭を下げたのだ。


「すまない、サンソン。そなたの給金がとまっていることは書簡をみてりかいした。

だが、国庫は完全に空なのだ。私個人の財布からいくらか支払うことはできても、それでは根本的な解決にはならない。」


王は、言い訳を一切しなかった。取り繕うことすらせず、国家が破綻しているという致命的な事実を隠さず、極めて冷静に現状を分析していた。


「処刑人が自腹を切って国家の刑罰を代行するなど、構造自体が間違っている。

……サンソン、国王が一人でぜんまいを巻き上げる『絶対的な権力』の時代は、もう終わらせないといけないのかもしれない。


私はこの非合理な特権階級の壁を時間をかけて解体かれるだろうとかんがえてる――。


我が国は、イギリスの植民地アメリカの独立に支援を続けている。民の力が国を作る時代がすでにきているのだ。

我が王国でも身分を問わず、王と民と手を取り合って共にこの王国という巨大な時計を動かすフランスが来ることを本当は、夢見ているのだ。」


王の理路整然とした言葉と、自らが権力を手放し泥を被ることを恐れないその知的なカリスマ性に、サンソンは弾かれたように床に膝をついた。


(軟弱な男などではない。このお方は、感情論ではなく物事の本質を冷徹に見抜き、フランスを真の平等の方向へ導こうとしている、圧倒的な名君だ。)


サンソンは胸の鼓動を抑えながら、最大の進言を口にした。


「……陛下。私は先日の冤罪事件を通し、不完全な人間が人間を裁くことの恐ろしさを知りました。死は取り返しがつきません。


命を奪えば、神に懺悔する機会すら永遠に失われます。陛下が民と手を取り合う真の平等をお望みならば、国家の法から、死刑制度そのものを廃止するお考えはございませんか。」


ルイ16世は、組み立てかけの精巧な歯車を見つめ、静かに、しかし断固として首を振った。


「そなたの神に対する敬虔さは深く理解できる。

だがサンソン、国家という巨大な機構を維持するためには、法を犯し、他者の権利を侵害した歯車を弾き出す『究極の抑止力』は絶対に不可欠なのだ。死刑を完全に廃止すれば、おそらく社会の秩序は崩壊する。」


王はそこで言葉を区切り、ひざまずくサンソンの顔を見つめた。その理知的な瞳の奥に、不意に閃きのような光が宿った。


「だが……そなたの苦悩は正しい。

今の処刑は、貴族は剣で斬られ、平民は車裂きや絞首刑にされるという、身分によって死に方すら違う『非合理の極み』だ。そうか……『裁きの平等』だ。」


王は独り言のように呟き、自らの思想の輪郭を確かめるように頷いた。


「もし、人間を獣に変える野蛮な苦痛を排除し、すべての民に等しく、コンマ数秒で生命の機能を切断するような手段を見つけ出すことができれば。

その『死における完全な平等』を成し遂げることこそが、身分の壁を打ち壊し、王と民が手を取り合う新時代への最初の一歩になるかもしれない。」


機械作りを愛し、純粋な合理主義を重んじる王のその結論は、あまりにも完璧な説得力を持っていた。


サンソンは、それ以上反論できなかった。


(そうだ。不完全な人間の裁きであっても、この理知的な陛下の下で、誰も苦しまず、すべての人間が等しく裁かれる完璧な秩序の形を作り上げることができるのなら……。)


「……御意にございます、陛下。このサンソン、陛下の理想とする合理的な新時代のために、身命を賭して尽くします。」


サンソンは、王の圧倒的な知性と、民と手を取り合おうとする純粋な理想の前に、完全に心酔していた。


給与の未払いなど、もうどうでもよかった。神への懺悔と死刑廃止という、あの日十字架に誓った自らの痛切な叫びすら――この偉大な王の語る「王を中心的にし、皆が手を取り合う社会の青写真」の前に、喜んで折りたたんでしまったのだ。


だが、この時サンソンはまだ知らない。

彼が心酔した王のその「苦痛はいらない」「すべてを平等に」という美しい理想こそが、やがて神に祈る時間すら与えずに幾万の首を流れ作業で切り落とす『完璧な殺戮機械』を生み出してしまうことを――


そして、彼が敬愛したこの偉大な名君の首もまた、自らが望んだその平等で合理的な機械の冷たい刃によって、無惨に切り落とされてしまうということを――

フランス革命編スタートです。


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