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第11話, 二度死んだ女

処刑人の家に生まれ、フランス革命前後のムッシュ・ド・パリ(処刑人)であり医師であったシャルル=アンリ・サンソンの物語。

フランス史上一番多くの処刑を執行した彼の数奇な運命を描きます。

1981年の地下室。父さんは手記をめくる手を止め、深く、重い溜息をついた。


「……医者として命を救うことが、これほどまでに残酷な暴力となる日がある。これは、私達ムッシュ・ド・パリが犯した最も救いのない罪の記録だ。」


※※※※※※※※※※


1780年代後半、凍てつくような冬の夜。

サンソン邸の診察台に、全身ずぶ濡れの若い女が横たえられていた。

彼女の胸には、冷たく青ざめた赤ん坊が抱き抱えられている。セーヌ川へ身を投げたのだ。


その子は重い障害を持って生まれ、目が見えず、自力でミルクを飲むことすらできなかった。貧しい未婚の母であった彼女は、我が子がやがて餓死する未来に絶望し、睡眠薬を飲ませた上で、共に川へ沈む道を選んだのである。


「赤ん坊は、もう手遅れだ。……だが、母親の脈はまだある。」


サンソンは、すぐさま救命処置に入った。

肺に入った泥水を吐かせ、胃袋に残った睡眠薬を洗い流す。冷え切った体を強い酒で擦り、強心剤を打ち、自らの息を彼女の肺へと何度も吹き込む。


それは、かつて水牢の刑で溺れた少年を救った時と同じ、医者としての完璧で献身的な動きだった。

夜が白む頃、女は激しく咳き込み、ゆっくりと目を覚ました。


「……ここは、どこですか。」


「命は取り留めた。もう大丈夫だ。」


サンソンが安堵と共にそう告げた瞬間、女は傍らに置かれた我が子の冷たい骸を見て、発狂したように泣き叫んだ。


「どうして……どうして私を助けたのですか! あの子は、一人では天国へ行けないのに。私だけ生かして、どうしろと言うのですか!」


女の虚ろな瞳が、サンソンを呪うように射抜いた。


「先生。あなたは、悪魔だ。」


サンソンは何も言い返せなかった。医者としての本能が、彼女の「死にたい」という切実な願いを暴力的にねじ伏せ、無理やりこの地獄の現世へと引き戻してしまったのだ。


※※※※※※※※※※


――数週間後。


サンソンの手元に、冷酷な封蝋のついた処刑命令書が届く。

標的は、あの若い母親だった。当時の法律とキリスト教の価値観において、自らの子を殺す「子殺し」は、親殺しと同等の最も重い大罪であった。

情状酌量の余地など微塵もない。国家は彼女に、骨を砕く「車裂きの刑」を命じたのである。


処刑の朝。サンソンは、手についた冷たい川の水の記憶を、熱い湯で何度も洗い流した。

純白のシャツ。深紅のフロックコート。真鍮のボタン。真っ白な革手袋。


今日、この服は「悪を裁く鎧」ではない。自分が無理やり生かした女を、再び自分の手で殺すための、ただの血塗られた作業着だった。


「……仕事の時間だ。」


鏡の中の死神は、とうに心を失った顔をしていた。


※※※※※※※※※※


午後、広場。


車裂きの台に大の字に縛り付けられた彼女は、抵抗する気力すらなく、ただ虚空を見つめていた。


「人殺しの母親だ。」


「悪魔の女め。たっぷりと苦しませろ。」


群衆は、彼女が背負った絶望など知る由もなく、ただ正義の言葉を石のように投げつける。


サンソンは震える手で大鉄槌を持ち上げる前に、隠し持っていた小さな杯を彼女の口元に押し当てた。せめてもの贖罪だ。


「これを飲め。……お前が川に沈む前に飲んだものと、同じ薬だ。眠るように逝ける。」


それは、サンソンが調合した強力な鎮静剤だった。だが、女は強く顔を背け、その杯を拒絶した。中身がこぼれ、サンソンの白手袋を濡らす。


「……なぜだ。」


サンソンが狼狽える。女は、充血した目でサンソンを睨み上げ、かすれた声で言った。


「私の望みを奪って生かし、今度は殺す。その上、痛みまで奪って『慈悲を与えた』と自分を慰めるつもりですか?」


「ち、違う! 私はただ……!」


「先生の自己満足で、私は二度死ぬのです。……苦痛など、あの子の苦しみに比べれば!」


彼女は唇を噛み締め、サンソンの慈悲を明確に拒絶した。

その言葉は、どんな鋭い刃よりも深く、サンソンの心臓を貫いた。

彼女は眠らない。意識を保ったまま、地獄を受け入れると決めたのだ。


「やれ! 何をしている!」


役人の怒号が飛ぶ。サンソンは、ガタガタと震える手で、重い鉄槌を高く振り上げた。


(神よ――

許してくれ……許してくれ……!)


振り下ろされる鉄塊。


――ゴシャアッ!!


鈍く、湿った音が広場に響き渡った。

右足の脛の骨が粉々に砕け、肉の中で凶器となって皮膚を突き破る。


「ギャアアアアアアアッ!!!」


女の口から、人間とは思えない絶叫が迸った。

白目を剥き、全身を弓なりに反らせ、あまりの激痛に泡を吹く。鎮痛剤などない。生の神経が、骨の砕ける信号を脳へ直接叩き込んでいるのだ。


「ひゃはははッ! いい悲鳴だ!」


「もっとだ! 反対の足も砕け!」


群衆の歓声がうねりとなる中、サンソンは涙で滲む視界のまま、第二撃、第三撃を振り下ろすしかなかった。


ボキッ。グシャッ。


左足が、腕が、あり得ない方向へねじ曲がっていく。

私が数週間前に必死に蘇生させ、温めたあの体が、私の手によってただの肉と骨の袋へと変えられていく。


「殺し……て……早、く……!」


砕かれた手足で台の上をのたうち回る彼女に、サンソンはとどめの一撃を胸骨へと叩き込んだ。


――ドゴォン。


断末魔と共に、女の動きが止まった。

広場には、赤黒い肉塊と、熱狂する群衆の拍手だけが残された。

悪党も、悲劇の母親も関係ない。彼らにとって広場の処刑は、ただ消費するための残酷な見世物に過ぎないのだ。


処刑が終わり、サンソンは真っ赤に染まった大鉄槌を取り落とした。

(私が医者として救った命は、国家の法によって『見世物』にされ、群衆の娯楽として消費された――私は命を救ったのではない。得体のしれない怪物のために、新鮮な生贄を供給しただけだ。)


サンソンは、返り血で汚れた白手袋で顔を覆い、その場に崩れ落ちそうになった。


医者としての矜持、命への尊厳、処刑人としてのプライド。そのすべてを支えていた彼の中の巨大な歯車が、この日、音を立てて粉々に砕け散ったのである。

完全な処刑人。サンソンが革命を前に変化していきます。


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