書籍は死なず。ただ消え去るのみ。
あたしのエッセイとか、読むひと何人居るのかなぁ?
まぁ、いっか(笑)
さて。
あたし達はいま、『時代の代わり目』を目撃しているのかも知れません。
(変換でヒットする「変わり目」ではなく、意図的に「代わり目」という言葉を使っています)
それは、『書籍の時代』の終焉です。
ん?『何をいまらさら?』ですか?
『活字離れなぞ、散々言われているじゃないかなw』ですか?
いえ、そうではなく『印刷物』全体の終焉ですよ。
『紙の書物』全体の終焉です。
そもそも『活字離れ』なんて言葉自体が、時代錯誤なんですよ、実のところ。
現在、『活字』を使った印刷物が、どの程度出版されているのかご存知ですか?
『金属活字の時代』はもう、とっくに終わってます。
一般人が『活版印刷』と認識している物は既に、活字を使わないで印刷されているのですよ。
そもそもオフセット印刷やグラビア印刷には、活字は使いません、最初から(苦笑)
『活字を拾って組む』なんて、数十年まえから誰もしてません、印刷業界では。
閑話休題。
さて・・・
原始時代の媒体は、洞窟などの岩盤への線刻でした。
そして『情報の伝承』は、『口伝』でした。
この時代は、『文字の発明』若しくは『文字の伝播』によって、次第に終焉を迎えて行きます。
発明された『文字』の記録媒体として、四大大河文明頃には、『パピルス紙』や『粘土板』、『甲骨』などが登場します。
『可搬性のある媒体』の登場であり、『古代』もしくは『有史時代』が始まります。
不確かな『口伝』は終わりを告げ、『文書』の時代へと代わります。
まぁ、役割を終えた『口伝』は次第に『歌謡』や『民話』へと変化して行く訳ですが、それは別の話。
そして、『羊皮紙』や『木簡』が発明されます。
『可搬性』が大きく向上し、『携帯性』を獲得します。
ここらから『中世』になる訳ですね、ヨーロッパでは。
可搬性のある媒体によって、支配層の識字率は大幅に向上します。
しかし中国など東洋圏では、とっくに『植物紙』が発明されいる訳で、実の所ヨーロッパより千年分位、文明が進歩していた訳ですが(『儒教』なんかだと紀元前6世紀頃に『信仰』から分離した『哲学』な訳で、「近代哲学」に概ね二千六百年位先行してますし)。
『植物紙』は『木簡』よりも更に軽量で、『羊皮紙』より遥かに生産性が高いので単価が安い訳です。
東洋圏では『印刷』も発明されて、中流以上の一般人の識字率に寄与します。
中国では『科挙』が始まり、識者の裾野が大きく広がります。
因みに『刊行年代が明確な世界最古の現存印刷物』は、奈良の法隆寺に伝来する『百万塔陀羅尼』に納められた経文だったりします。
さて、『活字印刷』『火薬』『羅針盤』といった近代発明物は、モンゴル軍の侵攻に伴ってドイツへと伝来します。
ここで、文字数が膨大な中国では一般化しなかった『活字印刷』が、文字数が限られるアルファベット文化圏では、実用的な技術となる訳ですね。
グーテンベルクが『活字』と『植物紙』と『印刷に使える工具』を組み合わせて、『印刷刊行』を始めます。
『印刷業』は、一般人の識字率の向上に寄与し、『貴族』や『教会』の独占物的であった『書物』を一般人へ広める事になります。
そしてそれが『宗教改革』や『ルネッサンス』を引き起こす訳です。
『近世』の幕開けです。
まぁ日本では、『古代』に分量される『平安時代』には既に、貴族階級では『同人誌』とか刊行されてはいたのですが。
うん。『源氏物語』やら『枕草子』やらですね。
そして江戸時代には、『瓦版』という『雑誌』が刊行されていましたし、『浮世絵』という『イラスト集』も刊行されてました。
ここらの、娯楽文化に関してはコミケに至るまで、日本は最先端だった訳ですが・・・まぁ、そこらはどうでもいっか(笑)
さて、『印刷物』によって幕を開けた『近世』は、印刷物の機械工業化大量生産の時代となり『近代』へ移り変わります。
(つまり日本は、娯楽文化だけは『平安時代』は既に『近世的』であり、『江戸時代』には既に『近代的』ではあった訳ですが・・・『政治的』には長らく、『明治時代』まで『古代的』だった訳で・・・うん。『古代』『中世』『近世』『近代』という、白人的な物差しは、ほんとは白人文化圏以外には当てはめ難いんですよね。)
まぁ、『近代』以降は情報がグローバル化して、(最低限、先進国では)『時代区分』が均質化して行きます。
うん。
『動力船』という発明が、情報のグローバル化に繋がってるって、訳です。
前世紀末辺りから『グローバル化』って騒がれるようになりましたが、アレも実のところ100年位時代遅れなんですよね。
何を今更グローバル化?です。
さてさて、こうして700年位『近代』を牽引してきた『書籍』ですが、今世紀に入る辺りから『終焉』を迎えます(時代の徒花、テレビと共に)。
うん。
この文を読んでるひとなら当然解る通り、『電子媒体』という記憶媒体の登場です。
『紙の書物』より遥かに軽量大容量な『電子媒体』。
更にその流通もインターネットを介することで、実質購読価格が一気に下落したわけで。
既に『週刊誌』などは『広告』では成り立たなくなりました。
印刷物で『広告』が成り立つのは、『フリーペーパー』位かと。
それも、かなり怪しいですけど。
現状で本当に成り立つ書籍は、『そこで購入しなければ見ることが出来ない』同人誌位でしょね、もはや。
いま、『紙媒体の印刷物』である、『書籍』の時代は終わりを告げようとしています。
雑誌は次々と休刊(実施廃刊)し、その出版社自体も消えていっています。
『雑誌は売れない』ので、ひと足先に『書店』も個人経営を中心に大半が消え去りました。
書籍の流通経路も、『ネット販売』が主力となっているので、『取次』と呼ばれる書籍の問屋みたいな企業も、終焉の時を迎えています。
まぁ、生鮮品の『卸問屋』が、『スーパー』や『コンビニ』の台頭によって『小売店』ごと実質消滅したのと同じ構図です。
こうして『書籍』の時代終焉してゆき、現状で『近現代』と呼ばれている時代はまとめて『近代』という区分となるでしょう。
岩盤(もしくは地面の落書き)から始まった『情報媒体』は、常に軽量化を求めて来ました。
いま、百科事典など足元にも及ばない情報を、片手に持てる機器でリアルタイムで通信料だけで自在に得る事が出来る時代となりました。
紙の書籍の時代は、終わりました。
『口伝』が情報を伝授した『原始時代』。
『パピルス紙』や『粘土板』が情報を担った『古代』。
『羊皮紙』や『木簡』に手書きした『中世』。
『植物紙』へ『版画印刷』をした『近世』。
そして、『書籍』として情報を大量印刷した『近代』。
いま、『電子媒体』を主力とし、『インターネット』で媒介する『新・現代』が始まっています。
まぁ、未来からの視点で名付くるなら『電子時代』といったところでしょかね?
対して、『印刷物』を媒体とした『近世』~『旧・現代』は、『書籍時代』といったところでしょうか。
(『初期石器時代』と『書籍時代』、『原始時代』と『電子時代』の音が非常に近いのは、単なる偶然です(苦笑))
いま、『書籍時代』が終わり『電子時代』が始まりました。
あたし達はその時代の移り変わりの目撃者であり、同時にその移り変わりの担い手なのです。
ちなみに、『書籍』という媒体を最後まで使い続けるのは、おそらく『エロ系』であろうと思われます。
過去、電子化の黎明に数多の媒体が登場しましたが、それらの媒体を最初に使用したサードパーティは『エロ系』であり、最後まで使い続けたのもいつも『エロ系』でしたから。
そしておそらく、書籍の刊行が途絶えた後も、『エロ系』だけは生き残ることでしょう。
・・・同人誌として。




