第4話 回復魔法を反転させたら
俺は屋敷の客間で教会のシスターに魔力適性をみてもらっていた。
シスターは机の上に置いた水晶を覗き込んでから、嬉しそうに何度も頷いた。
「はい! 回復魔法は扱うのが非常に難しいですが、使いこなせれば一番実用性があるとも言われています。そ・し・て、ここまで回復魔法に特化した適性の方は初めてお会いしました! 将来は教会で仕えてみてはいかがですか? うち、結構待遇いいんですよ!」
シスターは俺の手を握って、ぶんぶんと力強く振ってきた。
きっと教会関係者からしたら、回復魔法の使い手が増えることは嬉しいことなのだろう。まさか、初対面のシスターに勧誘されるなんて思いもしなかったぞ。
いやいや、今は教会関係者が喜ぶとかそんな話はどうでもいい。それどころじゃない。
回復魔法しか適性がないって言ったよな? 回復魔法もじゃなくて、回復魔法だけ……。
うっそだろ! 真の悪役を目指すのに、俺の適正が回復魔法だけ!?
普通、悪役を目指すのなら闇魔法とか規格外の古代魔法とか使える流れだろ! 回復魔法なんて後衛だし、真の悪役感がまるでないじゃないか!
俺が頭を抱える中、シスターはぱぁっと明るい笑みを浮かべる。
「これほどの適性があるとなると、きっと生前に素晴らしい行いをされてきたのでしょうね! 神があなたの行いを見ていてくれたのでしょう」
「素晴らしい行い? ……あっ」
もしかして、それって生前に積んだ徳のことか? え、転生して7年後にその徳が一気に押し寄せてきたってこと?
いやいや、さすがに遅すぎるって! 真の悪役を目指すって決めて、毎日死ぬほど努力してきたのに、今から回復魔法でヒーラー目指せってか!? 冗談じゃないぞ!
俺がそんなことを考えていると、ダストとミリアが俺の背中をポンっと叩いてきた。
「すごいじゃないか、ヴィラン! 回復魔法を使える可能性があるなんて!」
「そうよ! 回復魔法ってことは戦いになっても救護班に回るのよね! 危険な場所にいかないでいいのよね? よかったわぁ」
「ミリア! 今日は将来のヴィランの活躍を祈ってご馳走にしよう!」
ダストとミリアはウキウキでそう言って、客間を後にした。そして、そんな二人に続くように、シスターは教会のパンフレットを一冊置いてから部屋を後にした。
……去り際にまで勧誘してくるって、どれだけだよ。
俺はダストたちが去ってから、客間のソファで大きなため息をつく。
「はぁ、よりによって回復魔法かぁ。確かに、まだ試したことはなかったけどさぁ」
俺は七歳になるまでの間に色々な魔法を試してきた。しかし、回復魔法だけは試さなかった理由があるのだ。
この世界の回復魔法というのは、異世界アニメのようにぽんぽんと簡単にかけられるものではない。
まず体の構造の理解が必要不可欠なのだ。そして、回復魔法をかける際には、回復魔法をかける対象の魔力の流れと体の構造を毎回読み取り、損傷個所に正常な体の状態のイメージと、適切な魔力を流し込むことで体を修復させるのだ。
要するに医者と魔術師の間のような存在なのだ。
よって、回復魔法というのは、知識+魔法の適性がないと使えない魔法なのである。
いきなり使うのにはハードルが高いだろうと考え、避けていた魔法の一つだ。
それなのに、まさかそんなハードルの高い魔法しか使えないとはな。
俺はソファに寄りかかって腕を組む。
「ゲームで見たヴィランも使ってなかったよな? まぁ、あのヴィランが回復魔法を学ぶとは思えないか。それに、作中でも回復魔法が使える奴なんて限られていたよな」
さて、これからどうしたものか。
俺が唸っていると、客間の扉がガチャッと開かれた。振り向くと、そこにはメイドのリーナの姿があった。
「あっ、ヴィラン様。まだ客間は使用中でしたか?」
「いや、もう終わっている。少し考え事をしていただけだ」
リーナがお盆を片手にしていたのを見て、俺はソファから立ち上がる。
客間で使っていた食器を片付けに来てくれたのに、俺がいたら片付けもしづらいだろう。
俺は考えてから、ふと数年前の出来事を思い出した。
「リーナ。そういえば、昔俺の傷を治してくれたことがあったよな? どうやって回復魔法を使えるようにしたんだ?」
数年前、剣の稽古で擦りぬいた時、リーナが回復魔法を使ってその傷を治して直してくれたことがあった。せっかく身近に回復魔法の使い手がいるのなら、その人に教わってしまった方が手っ取り早い。
「私の場合は本で学びました。回復魔法は専門的な知識が必要なので、それ専用の本を買うのが一般的ですね。といいましても、私は簡単な傷を治すくらいしかできませんけど」
リーナは苦い表情でそう言って頬を掻いた。
リーナは没男爵家の次女なので魔力を持っている。親同士が仲良かったこともあり、今はメイドとしてうちに仕えてはいるが、地方の魔法学校を卒業したと聞いたことがある。
「リーナ。ちなみにだが、その本を今も持ってたりするか?」
「ありますよ。ヴィラン様や旦那様たちに何かあったときのため、回復魔法の本は持ってきていますので。よろしければ、お部屋の方にお持ちいたしましょうか?」
「ああ。頼む」
「それでは、すぐにお持ちいたしますね」
リーナはそう言うと、回れ右して部屋を後にしようとした。
「まて」
俺が呼び止めると、リーナは不思議そうな表情をした。
まぁ、そんな反応にもなるか。主の息子が所望する書物なのだからすぐにでも取りに行こうとするか。
せっかく片付けに来てくれたのに、それより先に本を持ってきてもらうのは悪いし、片付けが終わってから本を持ってきてくれればいい。
でも、直接的に『片付け終わったからでいいよ!』っていうのはなんか悪役らしさに欠ける気がする。
何事も形からというし、メイドを相手にすると言っても常に悪役らしくいたい。なんとかそれっぽく遠回しに伝えたい。ティーカップの方に意識を向けられないものだろうか?
ちらっと机の方を見ると、俺の使ったティーカップにまだ紅茶が残っていたことに気が付いた。
……これだ。
俺は残っている紅茶を一気に飲み干して、リーナに近づいていく。
そして、リーナにティーカップを渡してから不敵に笑う。
「フッ、結構なお手前で」
「ヴィラン様……」
俺はリーナにそう言ってから客間を後にした。
なんかリーナの声色がうっとりしていたような気がするけど気のせいだよな。
ただ淹れてくれたお茶の感想を言っただけだし、必要最低限の会話をしただけだ。味の感想を言うくらいは普通だよな? だって実際にうまかったし。
ティーカップの方に意識もくけられたし、これなら仕事が終わってからゆっくり持ってきてくれるだろう。
そんなふうに考えていたのだが、なぜかリーナは俺が自室に入った同時位のタイミングで本を持ってきてくれた。
急いで仕事を終わらしてきてくれたのだろうか?
それから、俺はさっそくリーナが持ってきてくれた専門書に本に目を通した。
「ん? なんだこの内容は」
俺はリーナから借りた本をパラパラとめくって眉根を寄せる。
「これって……高校生物程度の知識じゃないか?」
回復魔法の専門書に書かれていたのは、どれも高校で習うような生物の知識ばかりだった。
理系大学生を卒業した俺からしたら、専門書と呼ぶには内容が薄い気がする。
学生時代、鈍器のように分厚い専門書を読んだ経験のある理系出身なら、改めて読み直す必要がないような内容だ。
まぁ、医学が現代日本ほど発達していないわけだし、医療よりよりも魔法の研究が盛んな異世界アニメではあるあるなのかもしれない。
俺はざっと回復魔法の専門書に目を通してからボソッと呟く。
「回復魔法の使い方とこの知識を結び付ければいいんだろ? 少し専門書を読めば回復魔法が使えるようになる気がするな」
俺は回復魔法の専門書を深夜まで専門書を読み込み、最低限の知識を身に着けた。
それから、付け焼刃で回復魔法の使い方を覚えた俺は、さっそく実践をすることにしたのだった。
「よっし、試してみるか」
俺は深夜の自室でキッチンから拝借してきた果物ナイフを手にしていた。
回復魔法を試すためにはダメージを受けなければならない。そのためには、少し痛いことくらい我慢しないとな。
俺はそう考えてから、右手で持った果物ナイフで左の指先を軽く切りつけた。
それから、血がじわっとにじみ出てきたのを確認して、右手を傷口にかざす。
まず初めに、今の傷口の情報を体に流れる魔力から読み取る。そして、その情報を基に傷口がない状態の人体の構造をイメージする。あとは、そのイメージ通りになるように魔力を流し込んでいく。
「こんな感じでいいのか」
すると、俺が手をかざして数秒後、左の指先にあった傷跡は綺麗に塞がった。
「おおっ、まじか」
俺は想像以上に簡単に回復魔法が使えたことに驚く。
……普通、こんなに簡単に回復魔法が使えるようになったりはしないよな。
おそらく、理系学生としての知識、生まれたばかりで行った魔力トレーニング、そして回復魔法に特化した適正。それらすべてが掛け合わさった結果、簡単に回復魔法が使えるようになったのだろう。
今はもう魔力を目視で確認することはできなくなったが、生まれて間もないころから魔力の流れをイメージして修行をしてきた。
その特訓の成果が一番発揮されるのが回復魔法だったのかもしれない。
俺は塞がった傷跡をじっと見つめる。
「まぁ、負傷したときにさっと治せるのはいいよな。もっと本気で回復魔法を学んでみるか」
専門書によると、回復魔法で大事なのはイメージらしい。体が損傷する前のイメージが完璧であればあるほど、回復魔法の質も高くなるらしい。
要するに頭の中のイメージを体に反映させる魔法のようだ。
「……」
俺はそこまで考えたところで、ふと一つの疑問が頭に浮かんだ。
「これって、逆のことをしたらどうなるんだ?」
脳内で描いたイメージを反映させるのが回復魔法ならば、逆に正常ではないイメージを体に反映させることもできるんじゃないか?
俺はしばらく考えてから、そっと右手を左の指先に向けた。
イメージするのは、さっき果物ナイフで切りつけたきにできた傷。左の指先が損傷した状態をイメージして、イメージ通りになるように魔力を注いでいく。
そう、『回復魔法』を『反転』させるように。
ブシュッ!
「いっつ!」




