第3話 魔力トレーニング
俺が笑い声をあげると、ダストとミリアも嬉しそうに笑った。
「おお、ヴィランが笑ったぞ」
「あら、本当ね。とってもいい笑顔」
俺は魔力を目視で確認できる期間を有効活用しようと考え、自分の体が見えるときはひたすら自分に流れる魔力を目視して、魔力を感じとる修行を始めることにした。
赤子ということもあり時間は無限大なったので、一日中魔力を感じる練習に費やすことができた。
そして、目視で魔力を確認できるおかげか、数日で魔力を感じることができるようになった。
さて、魔力を感じることができたら次の修行だ。
時々、母のミリアが俺を外に連れ出して屋敷にいる護衛兵の訓練を見せてたくれることがある。その時に戦う護衛兵たちの魔力の動きをばっちりと観察しておいた。
彼らは戦うときに魔力を増幅させて、それらを体に巡らせることで身体強化をしていた。さすがに全員が魔力もちなんてことはなかったが、護衛兵の中で魔力が使えるものはそうして戦っていた。
魔力での体の強化。アニメみたいで憧れる戦い方じゃないか。
俺は彼らに倣うように、体を巡る魔力に意識を集中した。そして、その魔力を徐々に増幅させ、体全体に巡らせ続けた。
魔力の量を増やしたり、体に巡っている魔力の速さを調整したりしていると、徐々に頭がぼうっとしてきた。
それでも魔力を消費し続けていると、突然ンプツンと意識が切れて、目の前が真っ暗になってしまったのだった。
「よく寝ていたわねぇ」
俺が目を覚ますと、俺の隣ではミリアが横になっていた。
ミリアは微笑ましい顔で俺の頭を優しく撫でる。
え? 俺寝てたのか? あれ、なんで寝てたんだ?
確か、魔力を使う練習をしていたらはずだよな? それなのに急に意識が飛んで……あっ、もしかして、これが異世界アニメとかにある魔力切れってやつなのか?
よく魔法が出てくるアニメでは、魔法を使い過ぎると魔力切れというのを起こしていた。意識がなくなる直前の記憶から考えると、十分にその可能性がありそうだ。
ん? でも、異世界アニメでよくある魔力切れの症状の頭痛とかけだるさがないぞ。
俺が困惑していると、ミリアが笑みを浮かべた。
「寝苦しそうな顔してたけど、今はスッキリした顔してるね。良い夢でも見れたのかしら」
寝苦しそうだったのか。それが今はスッキリとしているってことは……睡眠中に魔力が回復しきったってことか?
もしかして、幼いうちは魔力量自体が少ないから、魔力が切れても回復が早いのかな。
うん、そうじゃなければ、もう魔力が回復している理由を説明できない。
幼いうちから運動をすると運動神経抜群になるのなら、幼いうちから魔力をバンバン使ったらどうなるのか。そんなの考えるまでもないだろう。
どうせ首も座ってないうちは動くこともできないし、魔力切れを起こすまで魔力を消費してしまう。
筋トレは筋肉を酷使することで筋肉が強くなると聞く。それの魔力バージョンをやるとしよう。
そうすれば、俺は幼いながらに凄まじい魔力を持つことができるはずだ。
そして、これは真の悪役への道も確実なものになるだろう
見てろよ神様。俺が真の悪役になる姿をな!
「あひゃひゃひゃひゃっ」
「あらあら、良く笑うようになったわね。でも、今日は遅いからもう寝ましょうね」
俺は明日からの修行を楽しみにしながら、ミリアに寝かしつけられたのだった。
俺は翌日から首が座るまでひたすら魔力を放出し続ける修行を始めたのだった。魔力を放出してそれを体内で自在にコントロールする。
首が座っていないので一日中動けないということもあり、一日の大半を魔力の修行に当てた。
そして、そんな修行をし続けて4カ月の月日が流れた結果――
「く、首が座ったとほぼ同時に歩き出した、だと」
「すごいわ! 1歳になる前に歩き始めるなんて! やっぱり、ヴィランは天才なのよ!」
俺はハイハイを経由することなく、直立二足歩行をものにしたのだった。
過度の魔力トレーニングで魔力は増幅し、魔力を長時間使い続けることもできるようになった。
そして、その力を駆使して足りない筋力を補い、二足歩行をものにしたのだった。
驚くほどのスピードで成長できたのは、ちょうど魔力のゴールデンエイジ期間に魔力の修行をすることができたからだろう。
フフフッ、また一歩真の悪役に近づいてしまった。
俺はそんなことを考えてから、窓に近づき外で剣を振っている護衛兵の姿を見る。
……どれ、今度は魔力の修行と並行して、剣の修行も始めるとするか。
「あひゃひゃひゃひゃっ」
俺は外で剣を振る護衛兵たちを見て笑い声をあげた。それから、俺は両親の方に振り向く。
「おとうしゃん、おかあしゃん。剣、くだしゃい」
普通の子供が四カ月で話し出すなんてことはありえないのだが、そこは天才設定に乗らせてもらうことにした。
異世界の言葉が分かる転生特典付きなのだから、使わないのはもったいないしな。
「剣? ん? 今、剣と言ったか?」
ダストは俺の言葉を聞いて眉根を寄せた。俺は頷いてから窓の外を見る。
「ひゃい。あれをしたいでしゅ」
ダストは俺の隣で護衛兵が剣を振るのを見てから、手を横にぶんぶんと振った。それから信じられないようなものを見る目で俺を見る。
「いやいや、何言ってんだお前。四カ月の子供に剣なんか持たせるわけないだろ」
「へ?」
「もっとボールとかで遊びなさい。剣なんて危ないだろうっ」
ダストは呆れたようにそう言って、ミリアと共に部屋を後にしてしまった。
どうやら、この姿では簡単に剣を手に入れることはできないようだ。
まずいな。サッカーとかバスケはボールに触れてる期間が長ければ長いほどいいとかいうし、すぐにでも剣を手に入れたい。
……こうなったら、奥の手の一つを使うことにするか。
「おぎゃああああ!!」
こうして、俺は子供にのみ許された泣きじゃくるという方法を使うとにしたのだった。
そして、三日三晩泣くことで小さな木刀を持たせてもらえるようになった。やったぜ。
それから、剣を手に入れた俺はひたすら素振りを行った。
時に窓から見れる護衛兵の体の動きと魔力の動きをまねて剣を振り、時に魔力を消耗させて魔力切れを起こし、時に魔法に関する書籍を読み漁った。
そしてそんな日々を七年間過ごしたのだった。
七年後。俺は屋敷の庭で護衛兵のルーカスと模擬戦を行っていた。
俺の模擬戦の相手は我が家で護衛兵をしているルーカスという男だ。騎士の父を持つ身で、魔力を使った剣技を使うことができる男だ。
この屋敷の護衛兵の中では一番強く、まだ若い男である。
ルーカスは俺との間合いを測ってから、地面を強く蹴って模造刀を頭上から繰り出した。
「はぁっ!」
俺は魔力を体に流して身体を強化させる。それから、魔力で反射速度を上げて、剣が頭に触れそうになった瞬間に半歩下がった。
そして、ルーカスの剣が空を切った瞬間、俺は一気にルーカスとの距離を詰め、ルーカスの胸に柄頭をぶつけた。
「ぐはっ!」
すると、ルーカスは情けない声を漏らして膝から崩れ落ちた。ルーカスは涙目で俺を見上げて、剣を手放して両手を上に上げる。
「ま、参りやした」
「……勝負ありか」
俺は模造剣を鞘に収めて小さくため息を漏らした。
この七年間の修行を経て、俺は屋敷にいる護衛兵が相手なら簡単に倒せるほどにまで成長した。
それにしても、かなり魔力を抑えても簡単に勝負がついてしまった。
当然、模擬戦中は魔力の量をかなり抑えている。
昔、初めて対人での戦闘をやらせてもらった時、魔力を込めすぎて別の護衛兵に全治数カ月の怪我を負わせてしまった。
それ以降、力をセーブして戦うようにはしているんだけどな。
俺がそんなことを考えていると、ルーカスが立ち上がって申し訳なさそうに眉を下げた。
「すいやせん。もっと坊ちゃんの相手になるように修行をしておきます」
「いや、十分だ。対人戦闘でしか得られないものがある。それに、ルーカスの剣技は美しい」
「坊ちゃん。お気遣い、ありがとうございます!」
「ふんっ、俺が気など遣うはずがないだろう。思ったことを言っただけだ」
そして、この七年間で俺は剣と魔力を自在に操る力の他に、悪役らしい話し方までも身に着けることができた。
なんかぶっきらぼうに話すと不思議と悪役らしくなるみたいだ。随分とこの話し方にも慣れてきた。
フフフッ、どうやら今では昔祖母に教わった『人のいいところを見つけたら、褒めてあげる』という習慣もすっかり抜けたようだ。
「坊ちゃん……」
ルーカスは俺の言葉を聞いて口元を覆い、瞳を潤ませていた。
まただ。またこの反応か。
完璧に悪役らしい口調を手にしたはずなのだが、時々俺の言葉を聞いて妙に嬉しそうな反応をされることがある。
いや、なんでだよ。ただ気を遣わずにただ思ったことを愛想なく言っているだけだぞ。昔の習慣、今はちゃんと抜けてるよな?
俺が目を細めていると、ルーカスが何かを思い出したように口を開いた。
「あっ。坊ちゃん! そろそろ教会の方がお見えになる時間では?」
「ああ。そろそろだな」
俺は口元を緩めて屋敷の門の方を振り向く。
この世界では、貴族の家に生まれた子供が七歳になると、教会から使者が送られてくる。そして、その者から魔法の適正を教えてもらうのが通例らしい。
そして、それが今日というわけだ。
もちろん、これまで色んな魔法を試してはきた。しかし、不思議と魔力はあるはずなのに、どの魔法も発動することはなかった。
何も魔法の適性がないなんてことはないとは思うのだが、中々自分では適性を見つけることができずにいた。
だから、魔法の修行が他と比べて遅れてしまっていたのだ。
でもまぁ、膨大な魔力を手にして、その魔力の使い方も完璧なわけだし、扱える魔法の特性が分かればすぐにでも使えるようになるだろう。
そうすれば、また真の悪役に近づくことができる。
「フハハハハハッ! 今から楽しみで仕方がないな」
そんなふうにテンションが高いまま午前中を過ごし、俺はウキウキで教会からの使者の到着を待つのだった。
「え? 適性が回復魔法しかない?」
そんな希望を抱いている俺に、教会からやってきたシスターはそんな言葉を口にした。




