第21話 不測の事態と謎
シャルロットに言われてアレクの様子を見に行ったが、アレクのお腹に特に異変はなかった。
いや、あるにはあった。異変はあったのだが、そのがどうもおかしかったのだ。
「腸の蠕動運動が激しくなっているだけか」
俺はそんなふう独り言を呟いて眉間に皺を寄せる。
アレクには発熱や嘔吐の症状もなければ、炎症も見当たらなかった。ただ便をだすための腸の動きが活発になっているのだ。
アレクの側にいた別の使用人によると、トイレに行く回数が異常に多いらしい。ただの寝冷えって線もあるけど、それで片付けてしまっていいものだろうか。
……だめだ。まったく原因がわからん。
このままアリスたちの元に戻ってもいいが、啖呵を切ってしまっただけに分かりませんでしたでは格好がつかない。
俺は廊下歩きながらしばらく悩んだところで、ぱっと後ろを歩くリーナの方に振り向く。
「リーナ。アレクの腹の調子がおかしくなったのはいつからだ?」
「今日の朝食を食べていたときは普通にされていました。食あたりも考えたのですが、アレク様以外は皆何ともないみたいなので、その線はないかと」
「一人だけ腹を下した……下剤でも飲んだのか?」
いや、下剤を飲んだのなら、そのことを俺たちに言うはずだ。それに、婚約者のいる屋敷で下剤を自ら飲もうとはしないだろう。
飲まされた? いやいや、その線はないだろ。なんで、アリスの執事を狙う必要があるんだよ。
俺はその後しばらく考えたが、アレクが腹を下した理由が分からず、途中でリーナと別れて屋敷の庭に向かった。
まぁ、これ以上考えても分からないし、変に期待させるよりも早めに分からなかったって言った方がいいよな。
それに、上手く悪役らしく立ち振る舞えば、勘違いしてくれるかもしれない。
俺がそんなことを考えて庭に向かうと、そこにはウッドチェアに腰かけている休憩中のアリスと、その傍に立っているシャルロットの姿があった。
アリスは疲れているのか、ウッドチェアにだらんと腰かけている。
まぁ、休憩も入れずにしばらく特訓していたからな。疲れない方がどうかしている。
すると、シャルロットが一瞬俺の方をちらっと見てから、アリスのすぐ真後ろにピタッと近づいた。
それから少しして、アリスの体がはねたと思った次の瞬間には、アリスが前のめりになって椅子から倒れた。
「……は?」
アリスは倒れたまま起き上がれず、そのままぐったりとしていた。
「アリス!」
俺はアリスのもとに近寄り、アリスの体を揺する。しかし、アリスは痛みで顔を歪めるだけで、俺の声に反応しない。
「アリス、アリス!」
アリスの体を揺すっていると、アリスの背中にナイフが刺されていたのを発見した。
俺はアリスの側に立っているシャルロットを見上げる。
「おい! 一体、何があった!」
しかし、シャルロットは顔を伏せて何も言おうとはしなかった。シャルロットは左手で右腕を強く握り、小さく震えていた。
俺はシャルロットから情報を聞き出すのを諦め、アリスが刺された箇所に手をかざした。
そして、アリスに回復魔法をかけながらナイフを慎重に引き抜いた。傷口が浅かったこともあり、アリスが刺された箇所はすぐに塞がった。
しかし、すぐにアリスがただ刺されただけではないことに気づき、俺は大きく舌打ちをした。
「くそっ、毒まで仕込んでやがるのかっ」
「毒? な、なんですか、それ」
すると、さっきまで黙っていたシャルロットが分かりやすく取り乱し始めた。シャルロットは顔を真っ青にしてアリスの近くに座り込んだ。
「毒なんて聞いてないっ、な、なんでっ、なんでっ」
シャルロットは苦しむアリスを心配そうに見つめていた。
聞いていない? 何だその反応は? もしかして、アリスを刺したのって……。
俺はそんな疑問を抱きながら、シャルロットを左手で遠ざける。
「邪魔だ。離れていろ」
それから、俺はアリスの体に入りこんでいる毒を解毒するため、別の回復魔法をかけた。
すると、アリスの顔色が徐々に良くなっていき、穏やかな表情に変わった。
俺は小さくため息を吐いてから立ち上がる。
「とりあえず、これで問題はない」
「ほ、本当ですか?」
俺が頷くと、シャルロットは瞳を涙ぐませて胸を撫で下ろした。
俺はそんなシャルロットの反応を見て、眉根を寄せる。
「アリスを刺したのは誰だ?」
すると、シャルロットはしばらく間を置いてからボソッと呟く。
「……私です」
俺はシャルロットの言葉を聞いて、眉間の皺を深めた。
いや、シャルロットが刺したのなら、その反応はおかしいだろ。
自分で刺しておいて、刺された相手が助かったのを見て安心するのは矛盾している。
それから、俺はさっきまでのシャルロットの行動を振り返る。
傷の具合から考えると、俺が庭に戻ってきてからアリスを刺したように思える。それに、殺そうとしたにしては傷が浅すぎた。
それに、毒が仕込まれていたことを聞いて、あからさまに狼狽えていた。
……俺が回復魔法を使えると知っていて、あえて俺が来たタイミングで浅く刺したようにしか思えない。
一体、シャルロットは何がしたかったんだ?
「アリス様? ヴィラン様、何かあったんですか?」
すると、リーナが倒れているアリスを心配して俺たちのもとに駆けよってきた。
俺は俯いているシャルロットをちらっと見てから、視線をリーナに戻す。
「アリスが魔力切れを起こして倒れた。客室のベッドで寝かしてやってくれ」
「魔力切れですか。分かりました。今、他の者も呼んで客室にお運びいたします」
リーナはそう言って、また屋敷の方に戻っていった。
「ヴィラン様? な、なんで……」
シャルロットは目をぱちくりとさせ、俺を見上げていた。俺はそんなシャルロットを見下ろしながら口を開く。
「顔を貸せ。話がある」
俺はそう言って、シャルロットを連れて客間へと向かった。




