第八話 バーニングストライク
バーンが慌てて助けに向かおうとするけれど、失うわけにはいかないタンクに手間取られているのが見えた。せめて、舌から脱出しておかないとこのまま丸のみだ。リアスはきつく巻き付いてくる紫色の舌に手を触れ、それに音を立てるほどの電撃を放った。
「……っ」
次は真っ青の炎。その次は水の膜で舌と自分の間に隙間を作ろうとするけれど、器用にうごめく舌はむしろ水滴を扱いやすそうに転がした。土を生み出して質量で押そうとするも、力負けに終わる。どれもリアスが出せる最大火力だったのに、大幅にマナを消費させられただけに終わった。
「まずい……っ!」
相手の策が尽きたことを悟って、ミズピパピパが動く。リアスの体は垂直に振り下ろされ。ぐんぐんと固い氷が近づいてくるのに、彼は炎をまとった手を氷に伸ばしてなんとか衝突を避けた。しかしすぐに水から引き上げられたかと思うと、空中に放り投げられ、鞭のようにしなる舌に殴り飛ばされた。
どっ、と氷の上に着地するまではもったけれど、ざらざらした表面を転がるうち、リアスの体には赤い線が走っていく。それまで傷ひとつつかなかった肌が破れ、出血が始まる。
「はっ、うぅ……」
なんとか自分の体の制御を取り戻して、リアスは顔を上げる。大きな平たいカエルがこちらに突進してくるのを、朦朧とした視界の中でとらえた。
「くそ……そりゃ子殺しのほうを滅多打ちにするよな」
だけど、もう体魔法を使って耐えることはできない。自らが燃えないように、感電しないように攻撃にも防御にも多用する体魔法はそれだけマナの消費量も多い。もっと肉を食っておけばよかった。
「リアス!」
届くはずもないけれど、バーンはやみくもに相方のほうへ手を伸ばした。動けないのか? 逃げられないのか? 考えるほどに動悸が早くなって、足が空回りして思わず体勢を崩す。
「うっ、ああっ!」
必死に手で地面を押し返して走り続けるのも虚しくて、じわりと茶色の目に涙が滲んだ。
「やだぁ、コテンパンじゃないの!」
絶望しかけたその瞬間、バーンの真上から明るい声が降ってくる。空中を浮遊し、まるで妖精のように自由に飛び回るクレーがけらけらと笑い声を立てた。
「お姉さん、見に来てあげてせいかーい。ミズピパピパは温厚で臆病だからBランクだけど、実は魔法耐性が高くてしぶといのよねぇ。でもアタシたちの中じゃ、楽に倒せちゃう方法が広まってるの~」
ミズピパピパが舌を出すためにぐうっと胸を膨らませるのに、リアスは刃を食いしばって立ち上がり、駆け出そうとした。しかし簡単に巻き取られて、今度こそ口の中に引き込まれてしまう。
「あッ」
小さな悲鳴が上がる。
「教えてほし~い?」
「早くっ、おばちゃん!」
「だから……」
いくらか元気を取り戻して走るバーンの額に、ぺちーん! となにかが叩きつけられる。見ると、小さななにかの薬包だ。
「おばちゃんじゃないわよーッ‼ アタシまだ二十五だもん‼ 謝んなさいよ‼」
「ごめんなさーーーい‼‼」
全力で謝罪したバーンの額に、もうひとつなにかがぶつかる。赤黒い血の腸詰めだ。
「あいつは腹側の肉が薄いの! それでどうにかしなさい!」
ごくり、とミズピパピパの体が蠢動して、バーンをゆっくりと振り返った。威嚇にゴロゴロと雷のように鳴くその口の中に黒髪はない。
「——ッ、リアスまだ聞こえるだろっ‼ 三、二、一だ!」
リアスはその言葉足らずすぎる指示を、魔物の喉の中で聞いていた。にやりと笑みを浮かべ、目を閉じてくぐもって聞こえる外の音に耳を澄ませる。
「三!」
ミズピパピパが突進してきたのに合わせ、バーンは足元の氷をぶん殴って割った。重量の差で魔物のほうが沈み、彼の目の前に大きな氷の壁がせりあがっていくのを見つめながら、バーンはクレーに与えられた薬包と血の腸詰めを口の中に詰め込む。
二。
「ミズピパピパ……俺は新しい力を手に入れたぜ」
一!
バーンはゴウッと重い音を立てて炎を身に纏うと、最高スピードで自分を射出した。
「バーニングストライク————‼」
自身に水の防護膜を張る瞬間そんな大声が聞こえてきて、リアスは思わず吹き出してごぼごぼと空気を吐いた。まったく、体魔法が使えないから長く息を止めていられないというのに!
直後、魔物の腹の中心を貫いた炎の槍がリアスを抱えて外へ連れ出す。眩しい光の中で、二人はのびやかに四肢を伸ばして宙を舞っていた。
故郷では感じられなかったような自由がそこにはあった。
「へへっ、お前なら作戦をわかってくれるって信じてたぜ!」
「この、バーニングバカ……」
リアスはバーンにつられるように笑みを浮かべた。クレーの想定していた使い方は今のとはまったく違うものだっただろうに、驚くほど脳筋なやつだ。
「ま、ありがとうな」
ざぶん! と二人はそのまま水中へ落下した。




