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第七話 世界一マナを含む水

 未開拓地帯にも地図があるとはいえ、それは冒険者の手作りの地図をもとに作られていて、きちんと測量されたものではない。だから最新のものとはいっても、多少のずれや間違いがあった。


「こ、これが地図の池で合ってるのか……?」


 リアスは地図の中の小さな円と、目の前に広がる何キロにも及ぶ大きな湖を見比べた。底が見えるほど透明でよい香りのする水に、濡れた葉を広げる青々とした植物たち。見たこともない果実を下げている木もある。


「合ってるわよ。だってここの地図、アタシが書いたもん」


「ぜ、全然縮尺が違いますけど……」


 もう、と言って、リアスはしゃがみこみ、荷物から新品の紙を取り出した。正しい縮尺に近づけて湖の位置を書き出すと、それを地図に挟んで仕舞う。〝開拓〟をするならと思って地図製作の勉強をしてきたけれど、もしかして冒険者って〝開拓〟を魔物の殲滅のことだと思ってる……? と彼は一歩真実に近づく。


「『ミズピパピパ』、ここにもいないのか? 水の中かなぁ」


 波のさざめきの音が穏やかに響く湖畔を見渡し、バーンが言う。


「だけど、依頼文だと湖の水って話じゃなかった。ミズピパピパが水の中にいたら、湖の水が目当ての水と混ざっちゃうんじゃないか?」


 あくまでも、『ミズピパピパが作る水』と指定されていた。リアスが考え込む隣を抜けて、バーンは湖の水を手で掬って飲んでみた。舌の上で転がしてみても、マナの量や質はほかの場所となんら変わりないように感じる。


「んめ」


「生水で腹を壊しても知らないぞ、バーン」


「……むふふ」


 二人が初々しく冒険しているのを後ろから生暖かい目で見つめ、クレーはわざとらしい笑い声を立てた。二人が振り向くと、思わせぶりにぱちぱちとまつげを揺らしながらちらちらと二人に視線を送る。


「もーアタシ歩き疲れちゃったぁ。ここからは二人で頑張んなさいね~」


 と言うと、自分は砂浜の木陰に荷物を下ろして、その上に横になる。サングラスをかけ直すと、まるでバカンスに来たようだった。


 ……多分、ここにいるっぽい。バーンとリアスは自分の荷物を背負い直して立ち上がると、クレーを置いて先へ向かうことにした。


「わかりました、じゃあ、ボクたちだけで探索してみます」


「おばちゃんも気をつけてなー!」


「おば……⁉」


 ちょ、お姉さんでもなく、おば——⁉ となにか聞こえたような気がしたけれど、二人は構わずに進んだ。湖には水深の浅い場所と深い場所が混在しており、内側に浮島のようになっている場所もあって外周を回るだけでは終わらなさそうだ。

 もう少し進むと、二人の前にはこの湖を作ったのだろう川が現れた。流れは緩やかだが深そうで、足を滑らせると簡単に流されてしまいそうだった。


「……これはなんだろう?」


 リアスは川と湖の境にある、棚田のような水のたまったくぼみの集合を見つけて首を傾げた。くぼみを形作る茶色い石か粘土のような質感の物体は、凹凸がなめらかでぬめぬめとてかっている。


「植物かなぁ。柔らかそうだ」


 リアスがてくてくとその見たことのないものに近づくのに、バーンは相方って案外警戒心がなくて無防備なんだよなーと思った。


「リアス、魔法で遠くから攻撃してみようぜ」


「あ、おぉ……バーンが冴えてる」


 ケット・シーの二の舞をギリギリで回避し、リアスは少し離れたところから未知のものに手を向ける。水魔法と雷魔法ばかり使ってちょっとオイリー肌だったので、彼は炎魔法を使って弱々しい火炎放射を放った。ほわほわと伸びる炎の先が、土気色のぬめった石をあぶる。


「ケロッ」


 ぱちゃっ、と火に近いくぼみから大きなカエルが跳びあがって隣のくぼみに逃げ込む。次の瞬間、見えていた全てのくぼみから赤ん坊の頭ほどの大きさのカエルが次々に顔を出した。その光景といったら、まるでハスの花托を覗き込んだようにぞっとする。


「うぎゃっ」


「き、きも⁉」


 二人が反射的に目を細めると、その瞬間今まで植物かなにかだと思っていたカエルたちのベッドがもりもりと有機的に動き出した。水辺のほうから振り返るのは、横につぶれたようなカエルの頭だ。


「ゲコ」


 リアスはとっさに駆け出し、親玉のカエルの上に飛び乗った。侵入者に驚いて体を揺らしながら走り出す親カエルの上でバーンを振り返り、彼に向かって自分のバックパックをぶん投げる。


「バーン! 荷物の中からタンクを出せ!」


 どさりと荷物を受け止めたバーンは、それを聞いて慌てて魔物を追いかけながら荷物の中を探った。


「こいつがミズピパピパなのか?」


「そうだ! 図鑑に絵図はなかったけど、『背中で子どもを育てるカエルのような魔物』……!



 この『羊水』が『世界一結合マナを含む水』だ!」



 リアスはバーンがタンクを構えるまで足に取りついてくる子カエルを振り払って必死に耐えた。親ピパピパが湖の中に逃げようとするのに、さっきのクレーの真似をして水面を凍らせて阻止する。

 氷に足を滑らせて平たい腹で回転するミズピパピパを追いかけ、バーンは急いで氷の上に飛び移った。取り出したタンクはまだぺちゃんこに畳まれている状態だけれど、「リアス!」とそれを頭の上に掲げて相方に呼びかけた。


「来い!」


「よしっ……!」


 リアスは羊水の中のマナに意識を集中させると、それらを念動魔法で浮かせた。念動マナが体の中からどんどん消費されていくのに、スピード勝負だと気づいて高速で羊水をバーンの掲げるタンクの口へぶち込んだ。


「うおあぁあ」


 予想以上の重さに転びそうになるのをなんとか立て直し、バーンはタンクの中の羊水の様子を見上げた。タンクは『大容量! 100リットル』と売り文句がなされていたから、十キロ確保する前に満タンになってしまうことはないだろうけれど……。


「うわ、え、死ぬほど広がってる、これオレ持てんの? 持てんのかなぁ⁉」


「ボクの制御が切れたら重くなるぞ、ぶちまけるなよ‼」


 ぬめる足場のせいで、リアスはそのうち空になったくぼみの中に片足をつっこんで振り落とされないようにしながら移動する羊水を目を見開いて見つめた。なんとかマナのなくならないうちに全て移動できそうだと、思わずほっと緊張を緩める。


 その瞬間、悪魔の咆哮のような濁った恐ろしい叫び声が彼のすぐそばで轟音を響かせた。


「グルルルル‼ グアァアア‼」


 リアスに振り落とされて羊水から離れ、呼吸ができなくなって氷の上で息絶えてしまった子どもを親ピパピパが発見してしまったのだ。子どもを殺された魔物は不意に俊敏に動き、足を取られたリアスは空中へ投げ出される。


「ゴアァアッ!」


「う——」


 空中でなにかに体を拘束され、細身の体はおもちゃのように無抵抗に振り回される。上下の反転した視界で、リアスは自分を捕らえたそれがミズピパピパの舌だと知った。


「リアス!」

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