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第六話 VSケット・シー

 クレーは二人を連れて、ケット・シーたちが消えていった茂みに近づいた。小さな猫の足跡を見つけ、進行方向へ指を差す。


「ケット・シーの巣を見たことある? あいつらは頭がいいから、巣がない方向に逃げるのよ」それを聞いて、あれ? 故郷のケット・シーは巣穴にまっすぐ逃げていたのにとバーンは思った。地域差というのはバカにならないようだ。「だけど素早いし怪力だから、巣に持ち帰る前に奪い返すのは消耗しすぎる。だから、こうするの」


 彼女がパチンと指を鳴らしたわずかな間、三人たちの周囲には感知魔法が張り巡らされた。しかし、森は比較的静かなままだ。クレーが「小さなたくさんの気配……こっちね」と言いながらまったく別の方向へ歩き出す。


「感知魔法は、静電気の膜を張り巡らせて強化した五感で膜の中に入ったものを感じ取るわ~、それは知ってるわよね?」


「はい」リアスが返事をする。


「だけどルーキー向けの魔術書に書いてあるみたいに、中距離のドームを作りながら移動するって使い方はここじゃ危険よ。人間より感覚の鋭い魔物もいるし、感知魔法の中心に発動者がいるわけだから、襲われやすくなるわ。うまく使うなら、広範囲に、ほんの一瞬だけ展開するの」


 しかし、たった一瞬で静電気の膜に触れたものを全て把握するというのは、二人にはできない芸当だ。クレーの洗練された技術に、二人は前を歩く外ハネした赤髪にきらきらとした視線を送った。


 少しして、三人は大きな木の根元にたどり着いた。根の間には大きなほら穴があり、真っ暗な空間が広がっているのが見える。シンとしているけれど、それはなにもいないからではない。息をひそめているから静かなのだ。


「ケット・シーは数が多いからアタシもやるわね~」


 クレーが唯一携帯しているウエストポーチから小さな折りたたみナイフを取り出して広げる。彼女の隣にバーンが立ち、リアスは二人の後ろで援護攻撃の準備をした。


「行くわよ~」


 彼女が小さな燃える石を手の中に生成し、巣穴へ投げ込む。直後、その石を蹴りだして原始的なこん棒やハンマーを持ったケット・シーたちが飛び出してきた。


「ウニャニャ!」「ミー!」


「〝キング〟を引きずり出さなくても、全員狩っちゃえばオッケー」


 クレーは物騒なことを言いながら飛びかかってきたケット・シーを炎をまとったナイフで切りさばいていく。その隣で飛びかかってくるケット・シーを無抵抗に受け止めていたバーンが、自分の体の上にいる十数匹の魔物を抱きしめて炎を放つ。


「バーニングハグーッ!」


「やめろったらぁ!」


 条件反射で悲鳴を上げてしまうリアスは、前衛で戦う二人とケット・シーの巣穴を囲むように水の帯を張り巡らせ、それに触れた魔物のみをカウンターで感電させる陣を敷く。クレーはその消耗の激しい魔法をちらりと見て、かすかに感心するような顔をした。


「よォし、ルーキーたち! 三、二、一でケット・シーから離れるのよ! 三!」


 クレーが不意ににやりと笑って、リアスの水の鳥かごを掴む。魔法の主導権が奪われるのに、リアスは「えっ⁉」と思わず声を漏らした。


「二ぃ!」


 バーンはとっさに火だるま状態を解除せずに燃え続け、ケット・シーが新しく飛びかかってくるのをためらわせた。バーンを諦めてクレーのほうに向かった一匹が軽やかに蹴り上げられ、宙を舞う。


「一!」


 その瞬間、フィールドを形作るだけだった水の帯が内側へ素早く伸びてケット・シーを一匹ずつ貫いた。



 ドンッ——‼



 雷のような音とともに水の中を電気が駆け巡り、魔物を打ち砕く。クレーが魔法の主導権を手放し、あっけにとられて魔法の制御から気を逸らしていたリアスはそのまま降り注ぐぬるい雨を浴びた。


「これをできるようになりなね、ルーキー」


 クレーは格好良くリアスを振り返ったあと、一人消火ができなくて泥の上をごろごろするバーンに「んもう、手のかかる」と言いながら水をかけた。


「あっ……に、荷物、探さないと」


 呆けていたリアスはそのときやっと気がついて、慌てて立ち上がると木の根元に屈んだ。猫のための小さな穴に頭を突っ込むと、その瞬間ケット・シーの残党が四匹ほど飛び出してくる。


「うわっ?」


「ニャゴニャゴ!」「フニャ!」


「あ! 〝キング〟!」


 残党の先頭を走る、耳に木彫りのカバーをつけた個体を指差してバーンが言う。


「いいよ、ここまでやればしばらくは人間を襲えないでしょ。本題はあいつらじゃないんだから」


 クレーがそう判断するのに、リアスはほら穴の中に飛び降りた。彼が四つん這いでぎりぎり進めるぐらいの部屋に腕の太さほどの通路が伸びており、リアスはそのひとつひとつに腕を突っ込んで探る。


「リアス、どうだ?」


「うーん……ん?」


 指先になにか布地が触れて、リアスは一旦腕を抜いて近くにあったケット・シーの石槍で細い通路を掘り広げた。すこしして広々とした部屋が見えるようになり、リアスはその中に自分たちやそのほかのカバン類が集められているのを発見した。


「あった! バーン、そっちに渡すから外に出してくれ!」


「おう! わかった」


 見知らぬ荷物も、持ち帰ってやれば持ち主のところへ戻れるかもしれないと思ってその部屋にあるもの全部を取り出してやる。そのあとリアスが地上へ這い出ると、服がボロボロに焼け焦げてほとんど全裸になっているバーンが荷物から衣類を探していた。


「……着替えならボクのカバンのほうだぞ」


 慌ててリアスのバックパックをむんずと掴むバーンの後ろで、クレーがケット・シーを捌いていた。攻撃をいなすとか、そういうのじゃない。文字通り皮を剥ぎ、肉にしているのだ。かわいい猫が小さな赤い肉になっていくのに、魔物とわかっていても思わずかわいそうな気分になる。


「準備できたらすぐに行くわよ。と言ってもそうね~、次に探すあてはあるの?」


 ウエストポーチから畳まれたナップサックを取り出し、肉と皮になったケット・シーを詰めながらクレー二人を振り返った。リアスはバーンが手を抜いたカバンに続けて手を突っ込み、地図を取り出す。


「ええと、さっきの泉からこっちの方向に来たから……次は西の池が近いです」


「ん。……あら、それ、全部持っていくつもり?」


 準備を終えたリアスたちが自分のもの以外の荷物も背負うのに、クレーは多少嫌そうな雰囲気を声音に含んで言う。二人がこれらを背負い、ましてや守りながら戦うなど無謀だと彼ら自身もわかっていた。わかっているけれど。


「はい、持って帰れば持ち主のところに届くかもしれないし……」


「……ま、いいか、追加収入になるかもしれないしね~。貸して」


 そう言いながら、クレーは半分取り上げるようにして二人が背負っていた山盛りの荷物たちを腕に下げた。持ち主が見つからなければ、使えるものはもらってあとはうっぱらえばいい。


「その代わりミズピパピパは自分たちで討伐するのよ。このクレーさんに荷物持ちをさせるなんて、君たち大物だねー?」


 単独での開拓が有名ゆえに、クレーは一匹狼的な性格なのだと誰もが思っていた。だけれど、目の前にいる彼女は噂と違ってとても世話焼きで面倒見がいい。バーンとリアスは思わず目を丸くしたけれど、彼女の厚意に甘えることにした。


「クレーさん、次の池につくまではボクたちも持ちますよ」


 とはいえさすがに手伝いを申し出るけれど、クレーは「なーに言ってんのよ」とむしろ二人から荷物を遠ざけさせた。


「君たちに持たせたら絶対ケット・シーの二の舞になるから! アンタたち、これ持ちながら戦えるー? ザコの自覚を持ちなさいよね」


「ザ、ザコの自覚……」


 リアスはもう一周回って可笑しくなり、くすくすと笑った。面倒見はいいが、コミュニケーション能力には確実に難があるようだ。

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