エンピツは耳を塞げない
夏休みに入ってからも、エンピツとしてのオレの体はあまり減っていなかった。
ヒロトは渋い顔を作り、無駄口叩く奴がいないとつまんないからと言って他のエンピツを使うようになった。
でも、それが照れ隠しだということが顔からにじみ出ていて、オレも悪い気はしなかった。
それに、それこそ二人で無駄口を叩きながら最低限の宿題を片付けた後、ヒロトの下手くそな小説に付き合うのも、だんだん楽しくなってきた。
ただ、八月までに使い切るようには、念を押した。
そしてヒロトは、兄貴のタクミの話もぽつりぽつりとするようになった。
勉強ができて物知りなこと、昔から作文が得意で、自分より遥かに先に作家になりたいと宣言していたこと、その割には気弱なところがあって軽いいじめを受けることも多かったこと。
聞かされているうちに、オレの胸(2Bと刻まれている辺り)は痛くなってきた。?
七月のど真ん中、ヒロトはサッカー少年団の合宿に行った。レギュラーでないなりに、ボールを蹴ることは楽しいらしい。
受験勉強もその間はしなくていいしなぁ。弱った、暇だな、と思いボーっとしていると、母親が一階から上がってくる音がした。
「すみませ~ん、少々お待ちくださいね」
ヒロトの母ちゃんはこの部屋に入ってくると、あった、と言いオレを手に取った。
「十一時前にY田駅ですね。はい、とっても楽しみー」
話を聞いていると、受験生同士のママ友会の待ち合わせをメモするのに、書くものを探していたらしい。
電話を切るとすぐ、ヒロトの母ちゃんのスマホにまた電話がかかってきた。母ちゃんはペン立てにオレを戻す。
「はい、はい、ご無沙汰しております、ええ、お義母さんですか」
ヒロトは、母方のばあちゃんは既に死んじまったと言っていた。それによく義理の母娘で電話するほど仲が良いらしい。何の話をするのだろう。酔って帰ってくる旦那の話か?
「ええ、名誉なことなんですよ。スイスの研究所は物理学の本場ですから。そこに誘われるなんて。でも行かないって、パパは言うんです」
そんな話、初耳だ。
「私はタクミの環境も変わるし、ぜひ家族で行こうよ、仮に私たちが無理でもあなただけでも単身赴任して、ずっと憧れてたでしょって。でもあの人はこう言うんです。これ以上環境を変えてタクミを追い詰めたくないし、ヒロトに受験もさせてやりたいって」
オレは芯の先まで冷たくなった。
「あいつはあんまり勉強してないみたいだけど、それでも私立で穏やかに過ごして欲しい。それに、俺は、家族を残して単身赴任するなんて一切考えてないって」
でも、諦めきるのが辛くて酒を飲んでいるんだろう。今までのことが腑に落ちた。二人の息子を持つ母親が、堰を切って泣き出した。
「私達、どうすればいいんでしょう?」
エンピツは耳を塞げない。何もかも聞こえちまう。




