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 みなが緊張のあまり静まり返ってしまったので、アレクサンドラは安心させるように言った。


「殿下がこう言ってくださってますから、みんな今までどおりでかまいませんわ。さあ、今日も疲れたでしょう? 食事にしましょう」


 そう言って席についた。が、そこで気づいたことを慌ててシルヴァンに尋ねる。


「殿下、お食事はどうされますの? こちらで準備できますけれど、お口に合うかどうか……」


「そんなことを心配する必要はない。できれば、同じテーブルを囲むときぐらいは僕もみんなと同じものが食べたい。構わないか?」


「もちろんですわ。(わたくし)ここのお食事、とても気に入ってますの」


 アレクサンドラはそう答えたが、シルヴァンなら山菜ばかりの料理を見てうんざりするだろうと思っていた。だが、予想に反してシルヴァンは出された料理を興味深く見つめると、それらを美味しそうに平らげた。そんな様子を見て、ダヴィドたちは少し安心しているようだった。


 こうしてこの日から、毎日シルヴァンと食事を共にするようになった。シルヴァンはアレクサンドラやダヴィドが話し合うことに真剣に耳を傾け、意見を言うことはあっても、何かを決定するときに口出しすることはなかった。


 それに、最初に宣言していたとおり、調査に関わるすべての資金を提供してくれた。それ以外にも、ダヴィドたちの食事や差し入れもしてくれるようになり、そんなシルヴァンをダヴィドたちは信頼し始めていた。


 数日後、調査のため山に分け入り、少し開けた場所に出たとき、ヒウイ川を眼下にシルヴァンは周囲を見渡して言った。


「ここは今まで検討した中でもずいぶん良い条件なんじゃないか?」


「はい、そうですわね。殿下がおっしゃるのなら」


 アレクサンドラが素っ気なく答えると、シルヴァンは苦笑しながらさらに問いかけた。


「で、君が事前に調べた結果はどうだったんだ?」


「今まで一度も崩れたという話はありませんでしたわ。ところでダヴィ、建設するには立地的にどうかしら?」


 アレクサンドラがダヴィドに尋ねると、ダヴィドは周囲の山の形状を見て答える。


「今まで見てきた中では一番いいと思う。何にせよ、これだけ開けた場所があるのはありがたい。村からも近いから物を運ぶのにも苦労はないだろうし。ただ、少し下流の一ノ沢のあたりもよかったんじゃないか?」


「ええ、そうね。でもあの周辺には変な逸話が残っているの。『一ノ沢の愚か者』って話なんだけど。昔からここに家を建てるなと言われていたのに、それを無視した愚か者が居を構えて、最終的に大雨で家を失ったという逸話なの」


「そうか、あの辺りで災害があったとは聞いていないが……」


 シルヴァンが口を挟む。


「一ノ沢で採取した石はどうだったんだ? トゥーサンは?」


 トゥーサンとは、モイズ村の石工職人で、石に詳しく協力してもらっている人物だ。採取した鉱物を見れば、そこが地質的にどんな場所かがわかるため、候補地の判定には最適だった。


 シルヴァンの質問にダヴィドが答える。


「はい、トゥーサンは一ノ沢の土壌はグラニットだから問題ないと言っていましたが……」


 それを受けてアレクサンドラが言った。


「とりあえず、ここで話していても仕方ありませんわ。石を採取して戻りましょう。戻ってから話し合っても遅くはありませんもの」


 アレクサンドラがそう言って、手頃な鉱物を集めると、日が沈まないうちに村へ戻ることにした。未開拓な土地で道はなく、足場の悪いところも数か所あった。人ひとりがやっと通れるかの細い道をダヴィドを先頭に慎重に進んでいたとき、後ろのシルヴァンが足を踏み外し、よろけた。


 背後でそれを見ていたアレクサンドラは慌ててシルヴァンを支えたが、今度は自分がバランスを崩し足を踏み外してしまった。アレクサンドラは無我夢中で周囲の草木をつかむが、手が滑ってしまい、やっとのことで細い木の枝に捕まる。シルヴァンは体勢を立て直し、かろうじて枝につかまるアレクサンドラを見下ろした。


 もしかして、このまま見殺しにされるかもしれない。そう思いながらアレクサンドラがシルヴァンを見つめ返すと、シルヴァンはすぐさま地面に膝をつき腹ばいになり、必死の形相でアレクサンドラに手を伸ばした。


「大丈夫か? 必ず助ける。その枝を絶対に放すんじゃない!」


 自身も木の枝をつかみ落ちそうになるのをこらえ、アレクサンドラの腕をなんとかつかんだ。


「殿下! 無理をされると危ないですわ。(わたくし)のことより、御身を大事になさってくださいませ!」


「そんなこと言わないでくれ」


 そう言うと、手に力を込め一気に引き上げ、抱きしめた。


「よかった……」


 そう呟くとシルヴァンは呼吸を整え、さらに強くアレクサンドラを抱きしめた。アレクサンドラも助かった安堵からしばらくそのままシルヴァンにつかまっていたが、ハッとして体を引き離した。


「殿下、大変申し訳ありませんでした! どこかお怪我は?!」


「いや、なんともない。君は?」


「よかったですわ。(わたくし)もなんともありませんわ」


 二人の様子を見ながら、ダヴィドが言った。


「あの場所にダムを建設するなら、この道はしっかり整備しないとな。草木が多くて道の境目が分かりづらい」


「そうですわね。何度かあの場所に行くのなら、ここの草刈りをしてしまわないと」


 アレクサンドラはシルヴァンに助けてもらったことに驚きながらも、いくら計画に必要とはいえ、あんなに必死になる必要があるのだろうかと思った。シルヴァンはその視線に気づき、微笑み返して立ち上がる。


 そして、服についた土を払うと、アレクサンドラに手を差し出した。


「今は私も土だらけだ。汚れているかどうかなんて気にする必要はない。もちろん、この手を取ってくれるね?」


 差し出された手はわずかに震えていたが、アレクサンドラは迷わずその手を取った。


 村に戻ると、ダヴィドは早速トゥーサンのいる工房へ向かい、アレクサンドラとシルヴァンは二人で屋敷に戻ることになった。


「先ほどは助けていただいて、本当にありがとうございました」 


 あらためて頭を下げると、シルヴァンはゆっくり首を横に振った。

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