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「でも、彼女も殿下の婚約者になりたくて必死なのよ」
「う~ん、本当にそれだけかな。なんだか、お姉様に執着しているように見えますけど」
「考えすぎよ」
その時、背後から声がした。
「アレクサンドラ」
振り向くと、シルヴァンが立っていた。
いよいよこの時が来た。アレクサンドラはそう思いながら、シルヴァンに向き直り、カーテシーをした。
「ごきげんよう、殿下」
あらためてシルヴァンの顔を見て、自分を殺そうとしたことへの怒りが湧き上がった。しかし、今はそれを問うべき時ではないと自分に言い聞かせた。
「あぁ、堅苦しい挨拶はいらない。それより、少し話がある。来てくれ」
不機嫌そうにそう言うと、シルヴァンは背を向けた。
エクトルは不満げに見つめていたが、アレクサンドラは微笑み口パクで『大丈夫』と返し、シルヴァンの後ろに続いた。
バルコニーに出ると、アレクサンドラは婚約を申し込まれる前に話さねばと決心した。
「殿下、私もお話ししたいことがありますの」
シルヴァンは面倒くさそうにこちらを見た。
「なんだ?」
「はい、今まで殿下の婚約者になるべく努力してまいりました。しかし、私では力不足ですので辞退いたします」
「どういうことだ? なぜそう思う」
まさかそんな質問をされるとは思っていなかった。『そうか』の一言で終わると思っていたのだ。
目を泳がせ、腕輪に目が留まる。『これだ!』と思い、腕輪をシルヴァンに見せながら言った。
「見てください。この腕輪は昔、モイズという村でルカという少年からいただいたものです。そのとき彼と婚姻の約束をしました。それ以来、彼以外は考えられません。彼がなに者かは問いません。私は彼を探すつもりです。ですから、殿下もどうか本当に愛する人を見つけて婚姻してください」
思わず早口になった。
「は? なんだって?! ちょっと待て」
シルヴァンは引き止めようとしたが、アレクサンドラは無視し、その場を足早に離れた。
背後から追ってくるシルヴァンの姿があったが、ちょうどその時、ヒロインのアリスがアレクサンドラと入れ違いになるように現れた。
心の中でガッツポーズをして、二人の様子を盗み見ると、うまくアリスがシルヴァンにぶつかり、挨拶を交わしていた。
あとはエクトルとアリスの出会いを整えるだけだと考え、エクトルのいる場所に向かった。
しかし、なかなかエクトルを見つけられず、令嬢たちの群れをうろうろしていると、彼の声が聞こえた。
「君たちと話している暇はない。今は姉を待っているところだ。どいてくれないか」
冷たく言い放ったが、周囲の令嬢たちはキャーキャー言う。
その群れの中からアレクサンドラはエクトルを見つけた。目が合うと、嬉しそうに微笑んだ。
「お姉様、戻ったのですね!」
令嬢をかき分け駆け寄る。
「本当にあなた、すぐに令嬢たちに囲まれるわね」
「そうだけど、僕はお姉様以外に興味ないですから」
苦笑するエクトルを、アレクサンドラはからかう。
「あら、まだシャトリエ侯爵令嬢には会っていないのかしら?」
「え? なぜです?」
「だって、そのシャトリエ侯爵令嬢はとても可愛らしい方だもの。あなただって興味を持つかもしれませんわ」
エクトルは小首をかしげ首を振った。
「僕はお姉様以上とは思えませんでした。ところで、殿下はお姉様にどんな話をしたのですか? まさか婚約を?!」
「えっ? いいえ、違います。婚約の話はなくなったの。だから、私が殿下と婚約することはありません。屋敷から出ていかなくてごめんね」
エクトルは目を見開き、嬉しそうに言った。
「よかった。お姉様は僕と結婚すればいいですし、殿下の婚約者になる必要はありません」
「また、そんなこと言って」
その冗談を受け流す。
バルコニーから戻ったシルヴァンが、まっすぐこちらに歩いてくる。まるで獲物を捕らえるような眼差しでアレクサンドラを見つめる。
アレクサンドラは、婚約を遠回しに断ったことでシルヴァンがプライドを傷つけ、怒っていると感じた。
「な、なんだか私体調が悪いみたい。もう帰るわね。あなたは楽しんで」
出口へ向かい歩き始めると、エクトルが追いかけてきた。
「お姉様が帰るなら僕も帰ります」
「なに言ってるの、だめよ!」
「でも、お姉様の体調が悪いのなら、一人で帰らせるなんてできません!」
口論している間も、シルヴァンは近づいてきていた。
咄嗟にエクトルの腕をつかみ、デュカス家の馬車へ小走りで向かう。
御者に声をかけ、エクトルに乗せるとすぐに馬車を出した。
「お姉様、そんなに慌ててどうしたのですか?」
不思議そうなエクトルを無視し、アレクサンドラは窓から外を見る。シルヴァンがちょうど外へ出てきた。
無言で見ていると、エクトルも一緒に窓から外を覗いた。
「殿下がなぜ……」
アレクサンドラを見つめるエクトル。
「殿下との婚約はなくなったのですよね。なぜ殿下はお姉様を追いかけてきたのでしょう」
アレクサンドラのほうが知りたかった。
「わからないわ。でも、婚約を断ったことで、殿下を怒らせたかもしれない」
「そんなことで殿下が怒ったりしますか?」
「えぇ、だって殿下はプライドの高い方ですもの」
しばらく王都を離れたほうがいいかもしれないと考えた。
馬車が屋敷に到着し、少し休むと父テオドールも戻ってきた。
「お父様、おかえりなさいませ。随分早く戻られましたのね」
「ただいま、アレク。急に帰ったと聞いて心配したのだ。なにかあったのか? もしかして殿下との婚約が……」
「はい。殿下との婚約は白紙になりましたわ」
テオドールは残念そうに微笑み、アレクサンドラの頭をなでた。
「そうか。残念だが、殿下の意向では仕方ないな」
明日からは1話ずつ同じ時間に投稿予定です。




