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『鍛冶屋の鬼』と呼ばれた男、伝説の剣士に剣を造るよう言われた話。

作者: 桜橋あかね

メーデリーと呼ばれる国の首都、モンドリエ。

ここに小さな鍛冶屋があった。


そこには、かつて『鍛冶屋の鬼』と呼ばれた男がひっそりと営んでいた。


彼の名は、グロゥ・ウェルソン。

―――モンドリエでは、名の知れた有名な鍛治職人だ。


そんな男が、ある剣士に剣を造るように言われたというお話である。


▪▪▪


「グロゥはん、おはよぅございますー」

二番弟子の、ゾノロが出勤をしてきた。


「……」


グロゥは、出来上がったであろう剣を見つめている。


「まーた、徹夜ですか?もう若くない御歳ですし、身体に悪いとあれほど」


その姿を見たゾノロは、呆れ加減で言う。

グロゥは、ゾノロの方を見る。


「これがワシのやり方じゃ。文句あるなら、今すぐ出ていってもええ」


「はいはい、もう言いませんわ」

ゾノロはそう言うと、荷物を置きに奥の屋敷へと入っていった。


グロゥは、再び剣の方へ目を落とす。


この剣は、とある剣士からの依頼で造っている。

納期は今日の午前までなので、迫っている。

だからこそ、徹夜してても造らなければいけないのだ。


(……はあ、何でまたワシに頼むのかのぉ)


▪▪▪


あれは、一昨日の話だった。

何時(いつ)ものように弟子達に鍛治の鍛練をしていたところ、来客が訪れた。


「すまない、ここはグロゥ殿の鍛冶屋でよろしいか」


玄関先に声の主が居たのだが、その方を見て驚いた。

かつて『近隣諸国の国落とし』という通り名で風靡した、伝説の剣士のガロンド・ズロだったのだ。


「ここがワシの鍛冶屋だが、どうしてガロンド様がここに?」


グロゥがそう聞くと、ガロンドは一枚の紙を懐から取り出した。

――そこには、ガロンドを軍の軍師(トップ)に据える事が書いてあった。


「一時は前線を離れておったのだが、国王が言うなれば(わたくし)も従うしかない」

ガロンドはそう言う。


「もしやとは思いますが、ガロンド様の剣を造って欲しいというお話でありますか」


グロゥが返すと、ガロンドは頷いた。

「いつかは『鍛冶屋の鬼』と呼ばれた、貴方様の剣を持ちたいと思っていましてな」


ガロンドはまたもや、懐から巾着袋を取り出す。


「ここには、金貨700枚が入っておる。これくらいはないと、貴方様の技術と釣り合わないと思いましてな」


金貨が700枚と言えば、通常の依頼の70倍にのぼる額だ。

――しかもそこまで言われれば、断れない。


「分かり申した。お造りいたしましょう」

「ありがとうございます、グロゥ殿」


納期は、ガロンドが登城(とうじょう)する明後日までと言われた。


「それでは、よろしく頼みます」

そう言い残し、ガロンドは鍛冶屋を後にした。


▫▫▫


まずは鉱石探しから、行うのが通例だ。

良質な鉄鉱石は市場には流通しておらず、鉄場(てつば)に直接伺い取引をする。

(ちなみに、鍛冶屋と鉄場(てつば)は別の業者が作業している事が多い)


グロゥは、旧友のノンゼルが営んでいる鉄場(てつば)に赴く。


「ヨォ、グロゥじゃないか。久々じゃのぉ!」

丁度、製鉄が終わったノンゼルが話しかける。


「ノンゼル、少し頼みがあるのだが」


ガロンドの剣を造る話をする。

それを聞いたノンゼルは、驚いた様子を見せた。


「おいおい、マジなのかい」

「ああ、本当さ」


渡された金貨の額面の件も、ついでに話す。


「700枚!?そ、そら断りは出来んなぁ」

少し伸びている顎髭を触りながら、ノンゼルが言う。


「じゃから、それに見合う(モノ)の良い鉄をお願いしたいのだが」

「ちぃと、待っててな」


ノンゼルは作業場へ歩いていく。


「ベルマ、確か最近とんでもねぇ鉄鉱石を頂いたっちゅう話をしたよな」

「ええ。ゴロモンドさんから頂いた物ですけど」


奥から、そう言う話が聞こえてくる。

そうしているうちに、ノンゼルがカゴを持って戻ってきた。


「最近、御用達の石場(いしば)から貰った石なんだがな」


グロゥは、鉄鉱石を取り出す。

少し赤みがある石だが……


「ここらじゃ取れん石だな、これは」


グロゥが言うと、ノンゼルは頷く。

モンドリエ郊外の石場は、茶色の鉄鉱石が取れる。


「一度この鉄鉱石を少し製鉄したんだが、頑丈かつ軽い鉄が出来た。普段の鉄よりも、断然質がええもんよ」

ノンゼルがそう説明する。


「ほんじゃ、これを使ってもええんか」

「グロゥの頼みじゃ、それぐらいはええ」


グロゥは懐から、金貨が入った袋を取り出す。

ノンゼルは「まいど」と言い、受け取った。


▫▫▫


その足で、グロゥは剣の柄を取り扱っている柄屋(がらや)へ向かった。

柄は鍛冶屋でも造る事は出来るのだが、今は時間が無い。


顔馴染みである、店主のゼノに話を通す。

店の奥にある棚から、一つの箱を取り出す。


「ついさっき、仕入れたばかりの物ですが」

箱の蓋を開けると、紫に近い配色の柄だ出てきた。


「持ってもよろしいか?」

「はい、どうぞ」


グロゥは、柄を持ってみた。

通常の柄よりも、ほんの僅かだが軽い。


その旨をゼノに話すと

「仕入先の鉄場(てつば)の方曰く、特殊な配合で造ったようでございます」

と、伝えた。


これならば、さっきの鉄鉱石と相性が良い。

その場で買うことを伝え、金貨をゼノに渡した。


▪▪▪


帰った後、グロゥは鉄鉱石の配合を行う。

まずは、例の鉄鉱石を純度100の場合と別の鉄鉱石と合わせた鉄を造る。


配合の作業は、最も重要な行いだ。

純度100でも良い鉄が造れるだろうが、配合によっても違ってくるからだ。

しかも、短期間で仕上げなければならない。


(……集中するしか、なか)


仕舞いの時間を迎え、弟子達を返す。

そして独りになった後に、さらに集中して作業を行う。


―――全ての配合が終わったのは、日付が変わったであろう(とき)だった。


貰った鉄鉱石を含め、切れ味に優れた鉄鉱石を数種類合わせた鉄が、一番切れ味が良かった。

配合の比率をメモをし、一旦夜食を食べる。


もう一度身支度を整え、次は剣を造る作業に入る。

メモを参考にしながら、剣の鉄鉱石量を入れ始める。


剣を造りあげていくが、手慣れた作業であっても渡す相手が相手な上……かなり慎重になる。


そして、確認の所まで造りあげたのが丁度朝方になったのだ。


▫▫▫


―――最後の確認も、怠らない。

造りあげた我が子を、ゆっくり見返す。


「……」

仕上げ用の柔軟布(モンゾ)で磨きながら、見る。


磨く度に、剣は輝きを増す。

それを見て、グロゥは微笑んだ。


(……こりゃあ、ワシの最高傑作に近いのう)


これは、自身の大仕事としては最後になるだろう。

それでもいいと思えるほどの、仕上がりに出来た。


「グロゥ殿、いらっしゃるか」


ガロンドが丁度やって来た。

出来上がった剣を見せる。


「……これは、見事な剣であるな。芸術さもあり、流石は伊達に『鬼』と呼ばれた程である」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」


こうして、グロゥは一仕事を終えた。

造った剣は、いずれガロンドを導くモノとなるだろう。


▪▪▪


ガロンドが登城(とうじょう)し、軍師となった数日後。

グロゥは突然の病で倒れ、そのまま息を引き取った。


『伝説の剣士に、最期にして最高の剣を贈り届けた』

……という話が、鍛冶屋界を含め世界に広がっていった。


後日、ガロンドはモンドリエの大きな墓場へと赴いた。

『グロゥ・ウェルソン』の名前が刻まれている墓の前に、花を手向けて手を合わす。


「ありがとうございました、グロゥ殿。この剣は、一生大切にしていきます故……どうか、見守っていただけますか」

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