『鍛冶屋の鬼』と呼ばれた男、伝説の剣士に剣を造るよう言われた話。
メーデリーと呼ばれる国の首都、モンドリエ。
ここに小さな鍛冶屋があった。
そこには、かつて『鍛冶屋の鬼』と呼ばれた男がひっそりと営んでいた。
彼の名は、グロゥ・ウェルソン。
―――モンドリエでは、名の知れた有名な鍛治職人だ。
そんな男が、ある剣士に剣を造るように言われたというお話である。
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「グロゥはん、おはよぅございますー」
二番弟子の、ゾノロが出勤をしてきた。
「……」
グロゥは、出来上がったであろう剣を見つめている。
「まーた、徹夜ですか?もう若くない御歳ですし、身体に悪いとあれほど」
その姿を見たゾノロは、呆れ加減で言う。
グロゥは、ゾノロの方を見る。
「これがワシのやり方じゃ。文句あるなら、今すぐ出ていってもええ」
「はいはい、もう言いませんわ」
ゾノロはそう言うと、荷物を置きに奥の屋敷へと入っていった。
グロゥは、再び剣の方へ目を落とす。
この剣は、とある剣士からの依頼で造っている。
納期は今日の午前までなので、迫っている。
だからこそ、徹夜してても造らなければいけないのだ。
(……はあ、何でまたワシに頼むのかのぉ)
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あれは、一昨日の話だった。
何時ものように弟子達に鍛治の鍛練をしていたところ、来客が訪れた。
「すまない、ここはグロゥ殿の鍛冶屋でよろしいか」
玄関先に声の主が居たのだが、その方を見て驚いた。
かつて『近隣諸国の国落とし』という通り名で風靡した、伝説の剣士のガロンド・ズロだったのだ。
「ここがワシの鍛冶屋だが、どうしてガロンド様がここに?」
グロゥがそう聞くと、ガロンドは一枚の紙を懐から取り出した。
――そこには、ガロンドを軍の軍師に据える事が書いてあった。
「一時は前線を離れておったのだが、国王が言うなれば私も従うしかない」
ガロンドはそう言う。
「もしやとは思いますが、ガロンド様の剣を造って欲しいというお話でありますか」
グロゥが返すと、ガロンドは頷いた。
「いつかは『鍛冶屋の鬼』と呼ばれた、貴方様の剣を持ちたいと思っていましてな」
ガロンドはまたもや、懐から巾着袋を取り出す。
「ここには、金貨700枚が入っておる。これくらいはないと、貴方様の技術と釣り合わないと思いましてな」
金貨が700枚と言えば、通常の依頼の70倍にのぼる額だ。
――しかもそこまで言われれば、断れない。
「分かり申した。お造りいたしましょう」
「ありがとうございます、グロゥ殿」
納期は、ガロンドが登城する明後日までと言われた。
「それでは、よろしく頼みます」
そう言い残し、ガロンドは鍛冶屋を後にした。
▫▫▫
まずは鉱石探しから、行うのが通例だ。
良質な鉄鉱石は市場には流通しておらず、鉄場に直接伺い取引をする。
(ちなみに、鍛冶屋と鉄場は別の業者が作業している事が多い)
グロゥは、旧友のノンゼルが営んでいる鉄場に赴く。
「ヨォ、グロゥじゃないか。久々じゃのぉ!」
丁度、製鉄が終わったノンゼルが話しかける。
「ノンゼル、少し頼みがあるのだが」
ガロンドの剣を造る話をする。
それを聞いたノンゼルは、驚いた様子を見せた。
「おいおい、マジなのかい」
「ああ、本当さ」
渡された金貨の額面の件も、ついでに話す。
「700枚!?そ、そら断りは出来んなぁ」
少し伸びている顎髭を触りながら、ノンゼルが言う。
「じゃから、それに見合う質の良い鉄をお願いしたいのだが」
「ちぃと、待っててな」
ノンゼルは作業場へ歩いていく。
「ベルマ、確か最近とんでもねぇ鉄鉱石を頂いたっちゅう話をしたよな」
「ええ。ゴロモンドさんから頂いた物ですけど」
奥から、そう言う話が聞こえてくる。
そうしているうちに、ノンゼルがカゴを持って戻ってきた。
「最近、御用達の石場から貰った石なんだがな」
グロゥは、鉄鉱石を取り出す。
少し赤みがある石だが……
「ここらじゃ取れん石だな、これは」
グロゥが言うと、ノンゼルは頷く。
モンドリエ郊外の石場は、茶色の鉄鉱石が取れる。
「一度この鉄鉱石を少し製鉄したんだが、頑丈かつ軽い鉄が出来た。普段の鉄よりも、断然質がええもんよ」
ノンゼルがそう説明する。
「ほんじゃ、これを使ってもええんか」
「グロゥの頼みじゃ、それぐらいはええ」
グロゥは懐から、金貨が入った袋を取り出す。
ノンゼルは「まいど」と言い、受け取った。
▫▫▫
その足で、グロゥは剣の柄を取り扱っている柄屋へ向かった。
柄は鍛冶屋でも造る事は出来るのだが、今は時間が無い。
顔馴染みである、店主のゼノに話を通す。
店の奥にある棚から、一つの箱を取り出す。
「ついさっき、仕入れたばかりの物ですが」
箱の蓋を開けると、紫に近い配色の柄だ出てきた。
「持ってもよろしいか?」
「はい、どうぞ」
グロゥは、柄を持ってみた。
通常の柄よりも、ほんの僅かだが軽い。
その旨をゼノに話すと
「仕入先の鉄場の方曰く、特殊な配合で造ったようでございます」
と、伝えた。
これならば、さっきの鉄鉱石と相性が良い。
その場で買うことを伝え、金貨をゼノに渡した。
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帰った後、グロゥは鉄鉱石の配合を行う。
まずは、例の鉄鉱石を純度100の場合と別の鉄鉱石と合わせた鉄を造る。
配合の作業は、最も重要な行いだ。
純度100でも良い鉄が造れるだろうが、配合によっても違ってくるからだ。
しかも、短期間で仕上げなければならない。
(……集中するしか、なか)
仕舞いの時間を迎え、弟子達を返す。
そして独りになった後に、さらに集中して作業を行う。
―――全ての配合が終わったのは、日付が変わったであろう刻だった。
貰った鉄鉱石を含め、切れ味に優れた鉄鉱石を数種類合わせた鉄が、一番切れ味が良かった。
配合の比率をメモをし、一旦夜食を食べる。
もう一度身支度を整え、次は剣を造る作業に入る。
メモを参考にしながら、剣の鉄鉱石量を入れ始める。
剣を造りあげていくが、手慣れた作業であっても渡す相手が相手な上……かなり慎重になる。
そして、確認の所まで造りあげたのが丁度朝方になったのだ。
▫▫▫
―――最後の確認も、怠らない。
造りあげた我が子を、ゆっくり見返す。
「……」
仕上げ用の柔軟布で磨きながら、見る。
磨く度に、剣は輝きを増す。
それを見て、グロゥは微笑んだ。
(……こりゃあ、ワシの最高傑作に近いのう)
これは、自身の大仕事としては最後になるだろう。
それでもいいと思えるほどの、仕上がりに出来た。
「グロゥ殿、いらっしゃるか」
ガロンドが丁度やって来た。
出来上がった剣を見せる。
「……これは、見事な剣であるな。芸術さもあり、流石は伊達に『鬼』と呼ばれた程である」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
こうして、グロゥは一仕事を終えた。
造った剣は、いずれガロンドを導くモノとなるだろう。
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ガロンドが登城し、軍師となった数日後。
グロゥは突然の病で倒れ、そのまま息を引き取った。
『伝説の剣士に、最期にして最高の剣を贈り届けた』
……という話が、鍛冶屋界を含め世界に広がっていった。
後日、ガロンドはモンドリエの大きな墓場へと赴いた。
『グロゥ・ウェルソン』の名前が刻まれている墓の前に、花を手向けて手を合わす。
「ありがとうございました、グロゥ殿。この剣は、一生大切にしていきます故……どうか、見守っていただけますか」