プロローグ
ーー雪が降っている。
白色の雪が地平線に渡りどこまでも一面に続いている。
太陽の光が届く事はなく、昼と夜も区別が付かない程に薄暗く、静かな世界が広がっていた。
人工で作られた家や橋などの建造物は崩れ去り、雪を被るようにして大地に眠っている。文明により築き上げられた輝きは全て朽ち果て、人々が生きていた面影はもうどこにも残っていなかった。
時間という概念はもう存在しない。ただ法則に逆らう事なく、世界は静寂に動き続けていた。
終焉を迎えるこの世界の中たった一人、呆然と立ち尽くしている女性がいた。
痩せ細った身体を覆いつくすように、黒荒んだボロボロの衣服を身に纏い極寒の厳しさを凌いでいた。白い息を吐き、遥か遠くの彼方をじっと見つめている。果てしない道を歩んできたのか体は酷使し、再び脚が前に進む事は無かった。
全ては終えようとしている。残り僅かの生命の鼓動が、胸の中で鳴り響く。
彼女の両手には古びた本を一冊、大切そうに持っていた。
「やっと、やっと完成した」
彼女は喜びを噛みしめるように手に持っていた本をめくり、ゆっくりと唱え始めた。
《コード》
すると地面には円状の輝きが浮き彫りとして現れ、段々と強力な光を放ち出す。
《ーーーーっ!》
彼女が叫んだ瞬間、風を切るように閃光が空に打ち上げられた。勢いは衰える事なく上昇し、高度上空に差し掛かる時、凄まじく弾けるように炸裂し同時に眩しい光が彼女を照らし出した。
そして幾千、幾万もの光の結晶が雪と折り重なるように大地に降り注いだ。
「ーーきれい」
目の前に広がる非現実的な光景。結晶の一つ一つが燃える命のように美しく、儚く地面に消えてゆく。それはまるで永遠すらも感じさせるように、いつまでも降り続けていた。
神秘的な景色を見つめながら、過去を振り返るように言葉を続ける。
「懐かしい。こんな純粋に綺麗だと思えたのはいつだったかな。ずっと美しさは変わらなかったのに」
彼女はそう口ずさむと、微かに悲しげな表情を浮かべる。
ーー長年に渡り、人類を翻弄し続けた科学。それは歴史とともに進化を重ねてきた。どれほど感銘を受ける英知であっても、やがては狂気として悪魔の姿に変わる。
科学を越えて、世界から最も称賛を受けた発明ーー
【魔法】
人々はその道標によって、豊かな文明を築けると信じていた。
魔法の誕生により激動の時代へーー
それにより運命を大きく狂わされた一人の青年。
[これが私にできる最大の償いーー
ーー想いが届かないまま人は死んでいくんだね]
世界を彩る美しい景色。それが彼女の瞳にはどの様に映っていたのだろうか。
“魔女”と呼ばれた女性ーー
ーー《ヴァンセント・リド》の記憶を辿る物語ーー