遭遇とトラウマ
アンジェリカがパーティに入って一週間ほどたった。
最初は、警戒していた三人だったが徐々に打ち解けていった。
「この森を抜けたいんだけど、魔獣が多いね……」
「遠回りだけど、こっちの道はどうかしら?クオリアちゃんには、きつい山道かもしれないけれど」
「アンジェさん、私を見くびらないでください。ということでカティさん。私を担いでくださいね」
「また、俺が担ぐのかよ~~~!アンジェ嬢も、笑ってないで助けてくれよ!」
「カティ、僕が荷物を持つから大丈夫だよ」
「そうじゃねぇよ~~~!」
カティの反応にクスクスと笑うアンジェリカ。彼女はよく人の話を聞き、パーティに対して最善の回答をする女性だった。
無駄な殺生はせず、余計な戦闘はしない。
(なんでパーティに来てくれたんだろう)
フィルはこの一週間ずっと考えていた。アンジェリカは確かに信用が置ける。それでも、なんとなく違和感があったからだ。
理由は護衛と教えてもらった。それでも、なんとなくそれだけじゃないような気がしてならない。
『フィルの感覚は、意外と信頼できる』
アンジェリカをいれるとき、カティはそう言っていた。もし、彼の話がそうであればアンジェリカは自分たちに何かを隠している。
「フィル、どうしたの?」
アンジェリカがフィルの顔を覗き込む。驚きつつ、顔を引くフィル。
「な、なんでもない。あのさ、一度ナグリで休憩していかない?」
「そうねぇ。魔族領までだいぶ距離があるから」
「それでいい?」
「……」
「構いませんわ。……カティさん?」
「え、あぁ……。俺も良いぜ」
一人だけ眉間にしわを寄せたカティ。話しかけると、たどたどしい答えが返ってくる。その様子にフィルは珍しい、と心の中で驚いた。カティが言葉を濁すことなんて滅多にない。それに、なんとなく居心地が悪そうな顔をしている。
(ナグリに嫌な思い出とかあるのかな)
「カティ、ナグリに行くのが嫌?」
フィルが聞くと、一瞬目を丸くして驚くカティ。と思ったら、すぐに笑った。
「いや、ちょっとな……。実家があるから、さ」
「え、そうだったの?……ご家族に会わなくても大丈夫?」
「……まぁ、心配はないさ!ほら、フィル。行こうぜ!」
なんとなく嘘だな、とフィルは思う。笑顔が若干ひきつっているし、目が泳いでいる。
(喧嘩別れとか、したのかな)
なら、家族に会うかもしれない町は気まずいかとフィルは一人で納得した。フィルも父親と喧嘩した後は、なんとなく顔を合わせづらいからだ。
ただ、ナグリを通り過ぎると他の町までつくのにかなり時間がかかる。
ナグリの町に着くと、ギルドに赴き荷物を置かせてもらう。
町にいる間は、休暇のようなものだ。各々、少ない休みを自由に満喫していた。
滞在して二週間。クオリアとアンジェリカは、買い物に行きフィルはギルドに併設されている休憩所で休んでいた。
「そういえば、新聞を読んでなかったっけ」
受付嬢に話しかけ、新聞を受け取って読む。一面には、大きな見出しと女性の顔写真が写っていた。
女性は、緑の長くウェーブがかった髪、森の色をしたつり目、薄ピンクの唇と、まさしく貴族と言われんばかりの美しい容姿をしている。
「『隣国の公爵令嬢、失踪。誘拐の可能性を考え捜索中』?『数週間前、隣国グランダイにてアシュリー・カーライル公爵令嬢が失踪。学校からの帰宅中に誘拐された模様』……物騒だなぁ。ええと……『カーライル公爵の私兵と王族直轄の騎士団が捜索中。連絡はこちらまで』」
事件の詳細とともに、簡易的な転送魔法陣が書かれていた。物や人間を運ぶことはできないが、手紙や声といった小さい物なら転送可能な陣である。
「わざわざ新聞に転送陣を書くなんて、グランダイの魔法使いはすごいなぁ……」
あと書かれていたのは、『魔族へ基本的な権利を求めます』や『金貸しリッチャーの投資コラム』といった特に関係のなさそうだった。
フィルは、「公爵令嬢の失踪は、いずれこっちにも協力要請が来そうだなぁ」と考えながら受付嬢に新聞を返す。
(あ、騎士団が動かせないってこういう理由か……)
フィルは一人でうんうんと頷きながら納得した。
「……?」
ふと、休憩所のドアを見るとカティの姿が目に入る。顔をこわばらせ、姿勢をこれ以上ないくらいに正してギルドから出ていった。
ギルドを出る時は必ず誰かに声をかけるカティが、誰にもギルド職員にすら声をかけずに外出しようとしている。
フィルは、不安になった。何かあったのだろうか。
(カティ、ごめん)
心の中で謝りつつ置いておいた剣を持って、気配を消して尾行する。気づかれたら、謝ろう。
メインストリートを抜けるカティに続き、距離をとりつつ後をつけるフィル。
(この先にあるのって)
メインストリートを抜けたところには建物が二つある。一つは銀行。もう一つは領主のリッチャー伯の屋敷だ。
(銀行に関しては、僕らには関係があまりないしなぁ……)
旅費は王家がギルドを通している。ギルドでの依頼の報酬金も同じだ。銀行は、基本的に貴族や市民が使ったりする場所とフィルは認識していた。
銀行は違うから、といってリッチャー伯の屋敷に用事があるとは思えない。もしかしたら、フラッと歩きたくなっただけなのかもしれない。
「……戻ろ」
フィルは、踵を返して戻ろうとする。とたん、誰かに肩を叩かれた。
「うわっ……!?……って、クオリアとアンジェリカさんか」
そこには、少し焦った顔をしているクオリアとアンジェリカが立って居た。クオリアはフィルの腕をつかむと、急いでギルドの方へ歩いていく。
あまりの急展開にもつれそうになる足を直し、クオリアについていく。
「え、え。クオリア?!どうしたの?」
「静かに。……そこで、タカヒロさんに会いました」
「え」
さっと、血の気が引いた。一瞬、周りの音が何も聞こえなくなる。目の前が暗くなり、力が抜けるのを気合で耐えた。
「会いました、というよりは見ただけです。向こうは気づいていない様子でした」
クオリアが冷静に、それでも焦ったように話す。よく見るとクオリアの顔が、真っ青に染まっていた。あまりに急いでいたからか馬車に轢かれそうになるクオリアを、フィルが庇うように寄せる。
フィルは心配そうにアンジェリカを見る。
「大丈夫よ。『蜃気楼』を貼ってあったから。ただ、ちょっと気になる事があって」
「気になる事って?」
「……戻ってから、話すわ。カティは?」
「……さっき出かけていった」
フィルはさっき見たものを素直に言おうかと思った。けど、何もしていないカティのことを悪く言うような気がしたから止めた。
「そう。すぐに戻ってくる?」
「わ、からないです。……ん?」
ギルドまでくると入り口に誰か立っていた。フィルはその姿を見て、小声でなんで……と声を出す。
フィルは、その姿をさっき正反対の場所で見たからだ。メインストリートからギルドまでは一本道。
「……どうしたんだよ。そんなに慌てて」
カティはいつもと変わらない爽やかな笑顔だった。だが、アンジェリカがあまりに剣呑な雰囲気を放っていたからか、カティが真剣な表情をする。
「ごめんなさい。今すぐ会議室を抑えて頂戴。できれば、『消音』がかかっている部屋を」
「い、いいけど……。どうしたんだよ、お前ら」
カティが、三人を気遣いながらも受付へと向かう。すぐに取れたらしく、四人は急いで会議室へと立ち入った。
「で、どうしたんだよ。お前ら」
飲み物を置いて座るように促すカティ。フィルたちは、ようやく落ち着くことが出来た。
「……タカヒロさんを見ました」
「マジか!?」
カティがぎょっとしたような顔で叫ぶ。フィルは、さっき聞いていたからカティほど驚かなかったが再度、目を丸くした。
「それで、アンジェさんが私たちに質問があると」
「ええ……。この国って、奴隷は合法?」
アンジェリカの言葉に、三人が一斉に息を呑む。一瞬の沈黙の後、フィルが重々しく口を開けた。
「……違法、だったはず。昔は、あったらしい、けど」
「ええ。教会の歴史で聞かせてもらったことがあります。捕虜を奴隷として使役する、と」
「今は違法だ。見つかったら、一発で首をはねられる。確か、数世代前に奴隷制度は廃止されたはずだ。人身売買をやっていた人間たちは逮捕されている。今、そういうことをやっている奴は100%違法だ」
「……カティ、貴方詳しいのね」
アンジェリカが驚嘆の声で話す。カティは、居心地が悪そうな様子で頭をかく。
「たまたま、な。で、それとタカヒロの件が何を……。おい、まさか」
カティが震える声で、アンジェリカに問いかける。
フィルは、全身から血の気が引いてくのを感じた。全身が寒いのに、心臓だけはどくどくと脈打っている。
「ええ。……タカヒロの両脇にいた女の子二人、奴隷の首輪をしていた」
がたっ、と誰かが大きな音を出した。クオリアだ。
彼女は、青ざめた顔で必死に祈りを捧げている。その眼は、少し虚ろに見えた。
「主よ……。あぁ、なんてことを……!どうして……!」
「クオリア!?大丈夫!?」
「クオリア、おい!大丈夫か!?」
「クオリアちゃん!?」
「どうして……!シスターライラック……!やめて……!シスターを打たないで……!!!」
しばらく錯乱していたクオリアを何とか落ち着かせ、座らせる。彼女は、全身をがくがくと震わせていた。
「……クオリア、大丈夫?」
フィルが座っているクオリアに目線を合わせ、優しく話しかける。
クオリアは、ぎこちなく笑顔を作る。
「え、ええ」
「ほら、暖かい紅茶だぞ」
「ありがとう、カティ」
「……クオリアちゃん、何か嫌なことでも思い出したの?」
アンジェリカが、心配そうに聞いてくる。クオリアは、カップを持つ手に力を入れる。
「昔……。聖女になる前に、そういった人たちを見たことがあったの……。虚ろな目で、何にも期待してないって……。貴族に連れられて、貴族が一言『これらを直してくれ』って……。それで、シスターが……シスターライラックが……怒鳴ったの。『物扱いをしないでください』って、貴族が怒って……シスターを……鞭で……」
瞳孔が開き、がくがくと身体を震わせ痛々しい声で話す。アンジェリカは、クオリアを抱きしめ背中をさする。
「ごめんなさいね、聞きだして」
「うっ……ああああああ」
慟哭をあげるクオリア。アンジェリカは、背中をさすりつつ何かを呟く。
途端、力が抜けて崩れこむクオリア。
「アンジェリカさん、何を!?」
「眠らせたの。……悪夢は見ないようにしたから、大丈夫よ」
会議室にあるカウチソファにクオリアをそっと寝かせるアンジェリカ。
「……アンジェ嬢、話の続きを」