合意
ここでカティが横槍を入れる。フィルはどう聞いていいか分からなかったため、カティがつっこんだ質問をしてくれたことにほっとした。
アンジェリカはその問いを聞くと、何かを考えるように顔を上にそらす。
「気が変わった、じゃダメ?」
「理由が弱くなくって?アンジェリカ様」
「様、はいらないわ聖女クオリア。実はね、魔族領に用事があるの」
「よ、用事ですか?」
思いがけない用事で、フィルは素っ頓狂な声を出す。同時に、身体は無意識のうちに剣のグリップ部分を握っていた。フィルの表情と仕草がちぐはぐだったのが面白かったのか、アンジェリカは、クスクス笑いながら話を続ける。
「貴方たちの邪魔はしないから、剣から手を離して。今請け負っている依頼の中にね?『魔族領付近にある薬草の採取を依頼。ソロ推奨。依頼主:クライム』って、あったの。受付嬢さんから、私じゃなきゃできないって念押しされちゃって。正確にいえば、そこまでの護衛をお願いしたいの」
「ソロ推奨って、珍しいですね」
「まぁ、そこまで危険な場所には生えていないから」
アンジェリカは、平然と答える。フィルは、違和感を覚えた。何かが引っかかっているが、何に引っ掛かりを覚えたか分からない。
(ソロ推奨……なのに、僕たちとパーティを組みたいなんて……)
「アンジェリカ様?私たちが魔族領付近にいく、なんて一言も言っていません。なぜ、私たちに依頼を?それと、私の『消音』をどうやって消しまして?」
クオリアが疑い深い視線と声で、アンジェリカを見抜く。人形のように整った顔の彼女の顔が、今はひどく歪んでいる。
フィルとカティも気になっていた。アンジェリカが話に入ってきたとき、周りの冒険者たちが一斉にざわついたからだ。
つまり、机に座ったあの瞬間。アンジェリカは、クオリアがかけていた『消音』を解除した。
(クオリアの魔法をかき消すなんて……)
フィルとカティも疑いの目でアンジェリカを見る。仮にも聖女の魔法を解除できるなんて、ただものじゃない。
その視線を受けてなお、アンジェリカは一切の余裕を崩していない。クオリアをじと目で見つつ、口元は弧を描いている。
「『消音』については、ごめんなさい。私、昔から魔力の放出を抑えられなくて。それでかき消してしまったの」
かけなおしましょうか?という問いに、クオリアはNOと答える。
「そうでしたか。もう一つの質問は?」
「誰に聞いたか?よね。まず、貴方たちが魔族領に行くってことを言ってないのは知っているわ。私が入るまではね。……まぁ、私のせいでばれてしまったけど」
アンジェリカは申し訳なさそうに、視線を外す。フィルとカティが周りを見ると、さっきよりもざわついている。
「魔族領に行くのか……。何しに?」
「魔王を倒しにか……?」
「ばーか。近くのギルドに行くだけだろ?」
クオリアは、それらを一瞥すると再度アンジェリカに向き合った。
「私たちは、ということは他の人が言っていたのですね」
まさかそんなことは、とフィルが嫌な予感を覚える。カティを見ると、彼の端正な顔には怒りが混じっている。
「ええ。タカヒロくんが、外で大きな独り言を言っていたの」
「あの男……!」
クオリアが怒りのあまり机を叩いている。聖女の珍しい姿にフィルとカティは、ぎょっとする。
すぐさま深呼吸をして何でもないように振舞うクオリア。
「あの男……。いいえ、タカヒロさんが何か?」
「『フィルも、カティも、クオリアも俺をパーティから外しやがって!王命だかなんだか知らねぇが、俺は俺の力で魔族領まで行くぞ!』、って」
「フィル、クオリア嬢とアンジェリカ嬢を頼む」
「待って!一応は元仲間だから!その槍を持ってどこに行くの!」
「大丈夫だ。パーティを除籍してから、行くから」
「そうじゃない!そうじゃないよカティ!」
殺気だつカティを羽交い絞めにして止めるフィル。
「離せ!フィル!」
「除籍云々関係なく、さすがに殺すのはまずいし!それと、タカヒロが本当にチート?魔法を持ってたら返り討ちにされるから!」
「……わかったよ」
「えっと……続きを話してもいい?」
遠慮するように声をかけてくるアンジェリカ。カティとフィルは再度着席をして、彼女と向かい合う。
「ごめんなさい……。その……アンジェリカさん一人でも、魔族領付近まで行けない?」
「行けるには行けるわ。でも、ちょっとね。貴方たちの元仲間であるタカヒロくんのこともあるし」
フィルは、アンジェリカがまるでタカヒロを知っているような振る舞いをしていることに気づく。
「その……知り合いだったんですか?タカヒロと」
「知り合いというか……。昔、助けただけよ。彼がまだ幼いころ、魔獣に追われていたところをね。一緒に忠告もしたの。薬草をとりすぎないでって」
「そのころから変わらないのかよ……」
カティは手を顔に当てため息をつく。
「で、その時に『一緒にパーティを組みましょう!』って誘われたの。断ったけど」
「……もしかして、逆恨みですか?」
「多分、ね。いまだに探しているって噂を聞いたから。貴方たちも困っているようだったし、私を護衛してもらう代わりに私の魔法で見つからないようにするの」
「質問いいですか?アンジェリカ様。貴女はどうやって、ここに来たのですか?しかも、タカヒロさんから見つからずに」
クオリアが質問をする。顔はいまだに強張っており、警戒している様子が見て取れた。
アンジェリカは、それに対して紙とペンを取り出し説明する。
「私の魔法の一つに『蜃気楼』があるの。これは、遠くからは見えるけど近くに来ると見えない魔法よ」
さらさらと魔法式とともにイラストで説明をするアンジェリカ。三人は食い入るようにその紙を見つめた。
「クオリア、どう思う?」
「……かなり高度な魔法ですわね……。風魔法と光魔法の組み合わせですもの……」
「まぁ、光は太陽光だけで充分なんだけどね」
「アンジェリカ様。使える魔法の属性と等級は?」
「派生も含めてほぼ全部の属性が使えるわ。等級は1。光魔法は5等級。部屋を照らすとかそれだけ」
平然と答えるアンジェリカに、クオリアとカティは絶句した。フィルは、魔法にあまり詳しくないため話についていけずぽかんとしている。
「え……っと。つまり、どういうこと?」
「フィルさん!貴方、この偉大さが分からないの!?」
「そうだぞ!」
「だって、魔法って身体強化しか使わないし……。平民は、魔法について習うってほとんどしないから……」
生活に仕える魔法があれば十分。それが、フィルを含んだ平民を意見である。そのためか、フィルは村にいる間はそれ以上の魔法を使うなんてことは考えたことがなかった。
「全属性魔法を使えるのは、この国にいる王家専属の魔法使いしかいないんだよ!」
「……それって、すごい人じゃ」
「そうですわ!」
王家専属の魔法使いを思い出す。確かにあの人は全ての属性を使えると言って、魔法を見せてくれた。
「護衛なんていらないんじゃ……」
「私、魔法以外は使えないの。剣とか弓とかはからっきし」
アンジェリカが、両手を振り笑いながらそう答える。彼女の言葉に、フィルがはっと思いだす。タカヒロは弓。しかも、敵だと思った魔獣には躊躇なく矢を放つ。
さすがに、そんな野蛮なことはしないと考える。考えたい。それでも、フィルの中のタカヒロはアンジェリカを躊躇なく撃ち殺すイメージだった。
「……一回、カティとクオリアと話をさせてください」
考えた末、一度他の二人の話を聞こうと結論付けた。フィルはカティとクオリアとともに机から少し離れる。クオリアが『消音』を使い、改めて話をする。
「どう、する?」
ぎこちなく意見を聞くフィル。それに対して、カティとクオリアは考える素振りを見せた。
「俺は……う~ん……」
「私は、賛成ですわ」
「クオリア、どうして?」
「女性が増えるのが嬉しいからです。教会では同性と話すことなんて、ほとんどなかったので。……それに、ひっそりと『真贋』を使いましたが嘘はついていなかったので」
「い、いつのまに……」
笑顔で答えるクオリア。ちゃっかりしてるなぁ、とフィルは呆れたような感心するような気持ちになる。
明るい表情のクオリアとは対照的に、カティは少し暗い表情をしている。
「そっか。カティは?」
「う~ん……。半々、だな。実力があるのは、認める。ただ、タカヒロが本当に報復しに来るとは思えない」
「いや……多分だけど、来ると思う」
「でも、色々喚いてはいたけども金出したらすぐに引き下がったような奴だぜ?フィル。根拠は?」
カティが真っすぐとフィルを見つめてくる。居心地の悪さを感じ、フィルは頭を掻きながら答える。
「根拠というか……理由は、その……、ない」
「ないって」
「納得できないかもしれないけど……。死に際の魔獣と同じ目をしていたから……」
「魔獣と同じって……。タカヒロも、呪いを残すかもってことか?」
村でハンターをしていた時を思い出すフィル。自分が手にかけた魔獣たちの目。『俺を殺すなら、お前を道連れにする』
魔獣は話せない。それでも、父親と数多の魔獣や害獣を駆除してきたフィルは死にゆく魔獣がそう言っているようにならなかった。
ふっと、フィルはその時の光景を思いだす。
血の生温かさ。
ナイフでとどめを刺す時の、少し重い手ごたえ。
段々と血色を失う肌。
死にゆくときも、死んだ後も自分を見つめる光のなくなった憎悪の目。
その様子が、さっきのタカヒロと重なった。
フィルは頭を軽く振って、気を紛らわす。そして、再度カティに話す。
「大なり小なり魔獣は殺すと呪いを残す。今は、クオリアのおかげでなくなってるけど。だから、なんていうか……。理由はなくて、でも、なんとなく似たようなものをタカヒロに感じたから……」
「なるほど。ということは、フィルはアンジェリカ嬢をいれることに賛成ってことか?」
「そう、かな。……そうだね。用心はしておきたいし。あと、アンジェリカさんにあまり敵意を感じないから。クオリアが『真贋』を使って大丈夫であれば、まぁ……うん」
そうフィルが言うと、カティはため息をついたあと若干呆れながらも笑う。
「なら、俺は賛成」
「い、いいの?」
カティのあっけない回答にきょとんとするフィル。
「リーダーであるお前が決めたんだから、まぁ反対する理由はないだろ。なぁ、クオリア?」
「ええ。このパーティはフィルがリーダーなんですし」
「い、いいの?そんなに簡単で」
「何かあったら、カバーは出来るから大丈夫だ。それに、フィルの感覚は意外と信頼できるしな」
『消音』が解除され、再度机に座りなおす。アンジェリカに向き直ったフィルは、頭を下げる。
「加入しても、いいのね?」
「はい。ただ、えっと……。まだ、信頼は出来ないというか……。念のため、
一週間くらいは警戒をしてしまうことになるんですが。……大丈夫ですか?」
「構わないわ。不安であれば、『隷従』をかけてもらっても良くてよ」
突っかかりながら話すフィルとは対照的に、きっぱりと言い切るアンジェリカ。よほど、裏切ったりしないという自信があるらしい。
「そ、そこまではしません!……それなら、えっと。……よろしくお願いします」
フィルが言うと、アンジェリカは楽しそうに笑った。
「こちらこそ」