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美女の誘い

 ようやく、終わりギルド内の休憩室で一息つく。

 フィルは、机に置いた自分の手が震えている事に気が付いた。


「あの目……」


 ぽつりとつぶやく。タカヒロが手切れ金を持って会議室を出る時。その時の目が、憎悪に染まった目をしていたからだ。

(魔獣が最期の時に見せる目だった……)


「フィル、お疲れ」

「……あ、あぁカティ。ありがとう」


 思い出して身震いしているとカティが声をかけてきた。彼は、さわやかに笑いながらフィルをねぎらう。カティは、コーヒーをフィルの前に置いて自分も座る。


 良い人だ、とフィルは思った。青みがかった切れ長の目に、同じ色の髪。見た目はクールな印象だが、話してみると非常に気さくで知的な面もある。


「どうする?これから」

「旅を続けるよ。王命だし……。でも……」

「タカヒロさんのこと、ですわよね?」


 対面で優雅に紅茶をたしなむクオリアが話す。


「う、うん……。もしかしたら、もっと道があったんじゃないかって。出来るだけ、話しかけようとはしていたけどもなんでか嫌われていたみたいだし……。もっと図々しく話かければよかったかな……。それに……。報復しに来るかもって、思っている自分がちょっと嫌だなって思って」


 そうだとは限らない。けれど、あそこまで苛烈な性格のタカヒロを思えばとフィルは警戒をする。


「わかりますわ、気持ち。ああいった殿方は、どこまでも追ってきますから」

「そうだね……」

「フィルさん。貴方が気落ちすることはないわ。私やカティさんも納得しての、解雇だったもの。それに……。あのまま旅をしていても、いずれはもっと大きなトラブルを起こしていたはず」

「そう、かな……。ありがとう、クオリア」

「いいえ。懺悔を聞くのも聖女の仕事、ですから」


 サラリ、と金の髪を揺らしながらアメジストの瞳を細めるクオリア。最高の職人が手ずから作った人形のような愛らしさを持つ彼女は、容姿に見合った美しい内面を持っている。

 フィルやカティの話を聞き、時には道を示してくれるクオリア。その表情には、いつなん時も変わらない慈愛が込められている。

(頼りになるなぁ……)

 自分は頼りになるだろうか、とコーヒーが入ったカップを見つめる。普通の茶髪に、普通の茶色の目。


 ぼんやりしていると、クオリアが何かを呟く。


「あ、『消音』?」

「ええ、一応」

「ありがとう」

「いいえ」

「流石だな、クオリア嬢。……さて、こうしていても仕方ない。フィル、どうする?メンバーを増やすか?」

「う~ん……。あまり増やしたくはないんだよね……」


 フィルは迷っていた。人を増やすかどうか。三人での旅は、一応出来る。後衛がいないのは不安だが、出来るだけ戦闘を避ければ何とか出来る。


「会計は俺がやるよ。慣れてるし」

「ありがとうカティ。なら荷物は僕が持つね」

「料理は私がやり――「いや、僕がやるから大丈夫だよ」そうですの?」

「そうだぜ、クオリア嬢。わざわざ聖女様の御手を煩わせることなんて、申し訳ないしな。教会に怒られちまう」

(クオリア……。やっぱり料理が下手な自覚はあまりないんだね)

(まぁ、仕方ないさ。教会ではそういったこともしないらしいな)


 フィルとカティはひそひそと話した。クオリアは自分が仲間外れになっていることに、憤慨する。


「二人で秘密の話なんて。ずるいですわ」

「ご、ごめんって」

「謝るくらいなら、言ってくださらない?何を話していたのか」

「えっと……」


 どうしようと戸惑うフィル。すると、助け舟を出すかのように一人の女性が足音を鳴らして近づいてきた。


「貴方たち、ちょっといいかしら?」

「え……」


 三人が女性を見やる。大輪のバラが咲いたような女性だった。肩に着くくらいの美しい黒髪に、赤みがかったつり目。唇は赤く、片方の目を前髪で隠していることによってミステリアスさが醸し出されている。


 三人が固まっていると、女性は勝手に椅子に座り輪に混ざる。


「何かお困りかなって」

「えっと……」

「お名前は?」


 固まるフィルをよそにいち早く復帰したカティが名前を聞く。暗めの青い目が、いつになく輝いている。


 名前を問われた女性は、唇に指を当て「ん~……」と考える素振りをしている。


「アンジェリカ、よ。気軽に『アンジェ』って呼んで」

「アンジェリカ、いい響きですね。出身はどちらに?黒曜石を映したかのように美しい黒髪、東の方から来たと察せられますが?」

「あら、お上手ね。母がそっちの生まれなの」

「カティ、座って」


 カティのいつもの様子に、いつも通り制するフィル。クオリアはいつもの様子にクスクスと笑っている。


「あぁフィルごめん。あまりに綺麗だったものだから」

「だからって、もう少し遠慮したほうが……。えっと……アンジェリカさん?、なんで僕らに話しかけてきたんですか?」

「あら、アンジェでいいのに。……話しかけた理由ね。私をパーティに入れてほしいの」

「「え?」」


 楽しそうに笑うアンジェリカと対照的に、三人は訝しげな視線を送る。


 ついさっき、パーティメンバーを一人解雇したばっかりだ。しかもその一人と価値観が全く合わなかった。


 この状態で誰かをいれる?パーティメンバーを解雇したこのタイミングで、

 三人の迷いを見極めたのか、アンジェリカは手をぶんぶん振って釈明をした。


「あ、待ってね!別に、やましい事とかはないの!ただ、私なら貴方たちの力になれるなって」

 逆に怪しい。どうしようと三人は思っていると、周りから声が聞こえてきた。


「おい、アンジェリカがパーティに入るって」

「嘘だろ……。あいつ、ゴールド帯の冒険者じゃん……組む意味なくね?」

「今まで誘われてもうなずかなかったのに」


 ざわつくギルド内。どうやらアンジェリカは相当な有名人らしい。


「あ、あの。アンジェリカさん、今までの経歴とかって教えてほしいんだけど……」


 なぜか面接のようになってしまった、とフィルは思うが気にせず続けようと納得させた。一応、話は聞いてみよう。そう思ったからだ。


「そうよね!ごめんなさい。……えっと、名前はアンジェリカ。姓はあるけど、いろいろ事情があって言えないの」

「……」


 フィルは疑いの目でアンジェリカを見る。姓はあるけど、言えない。大変な事情があるのかもしれないけど、隠されるのは嫌な気持ちがしたからだ。


 それに、もうトラブルを抱え込みたくない。

 その眼を見てアンジェリカは付け加えた。


「あ、事情っていうのはね。私……家を飛び出してきたからなの。捜索されるのも困るから……。あ、名前は本名よ!」

「は、はぁ」

「フィル。事情持ちは結構いるだろ?冒険者は、身分問わず慣れるんだから。とりあえず話を聞こうぜ」


 カティがフィルをなだめるように話す。


 逆に怪しくなる。言えない事情。彼女の家は権力持ちなのかもしれない。

 わたわたと慌てるアンジェリカとは裏腹に、フィルはすっと冷静になっていく。


「それで、何から説明すればいいかしら……。私の今の状況から話すわね。今の私のランクはゴールド帯。これは私がこなしたクエストの件数と、内容について書いてあるもの」


 渡された書類の束を見る。フィル、カティ、クオリアが中身を確認する。書かれている依頼は確かに難しい物ばかりだった。

 すごい人なんだなとそれを見ながら、フィルはとある疑問を口にした。


「ソロだけ、ですか?」


 冒険者はパーティを組むかソロで活動するかの二つになる。たいていはパーティを組んで戦う方が多い。理由は、戦闘の役目などを細かく分けることが出来るからだ。報酬は減るが、パーティの方がリスクを減らして依頼を受けることが出来る。

 だが、目の前の彼女はソロでゴールド帯まで上がったという。


「ええ、そうよ」

「え、ゴールド帯ってパーティ推奨がほとんどじゃないですか……?」


 フィルは、依頼の内容を思い出す。


「ええ。でも、その……。パーティを組むのがいまいち気乗りしなくて……」


 はぁ、とため息をつきながら頬杖をつくアンジェリカ。


「気乗りがしない?」

「色々と合って、ね?それからは、ひたすらソロで活動してたの」

「ソロでって……」

「アンジェリカ嬢、なんで俺たちとパーティを組みたいんだ?」


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