始まりは解雇から
「タカヒロ。今日付けで、このパーティから君を解雇します。この書類に、魔力印を」
ギルドの貸会議室。一人の男が解雇通知を受けていた。
タカヒロと呼ばれた男性は、机に突っ伏したかと思うと怒りにまみれた茶色い目で解雇宣言をした男性をにらみつけた。
「どうしてだ、フィル!俺は、何かしたのか!?」
フィル、と呼ばれた男性はブラウンイエローの目でタカヒロを見据える。
「何かしたのか?じゃないよ。何かし過ぎなんだ。タカヒロは。僕らは、あくまでも『魔族領の偵察』を目的としていたんだよ?」
「だからって、解雇はないだろ!?俺はこのパーティになくてはならない存在になる!お前ら、ここで俺を追放して旅が出来なくなったらどうするんだ!誰が洗濯とか料理とかの雑務をやるんだよ!会計だってそうだろ!?」
フィルは、眉間にシワを寄せる。タカヒロは怒っている。ただ、怒る理由がフィルにはわからなかった。
(一応、役割分担はしていたんだけどなぁ……)
役割分担はしていた。けれど、タカヒロが勝手にやっていたのだ。「俺の方が得意だから俺がやる!」「お前ら、何もできないだろ!」とかいって。
ため息をつくフィル。それを見てタカヒロは椅子から立ち上がり、机を割れなんばかりの力で叩く。いくら騒いでも、部屋には防音魔法を施してあるため騒ぎにはならない。
「ため息ついてんじゃねぇ!大体、お前は最初から気に食わなかったんだ!」
「……何がだよ……」
頭を抱えるフィル。そんなフィルにタカヒロは指を指した。
「田舎生まれのくせして、すかしやがって!俺の事、見下してたんだろ!?」
「何度も言うけど、辺境は田舎じゃない。国防の要だし貿易拠点もあるからね?王都の次に栄えているんだって言ったじゃないか」
フィルはもう何度目になるか分からない説明をタカヒロに話す。ただ、返ってくる答えはいつもと同じだった。
「うるせぇ!辺境ってついてんだから田舎だろ!」
「はぁ……」
タカヒロはぎろっとフィルの後ろに目を向ける。背後には、長身の男性が立っている。
「カティ!お前はなんで止めないんだ!リーダーの暴走を止めるのは、カティの務めだろ!」
「いや、俺もフィルに賛成。ついでにいうと、クオリア嬢もだ」
カティが隣にいる女性を手で指した。あっけらかんと話すカティの態度に、目を丸くするタカヒロ。タカヒロは、椅子から立ち上がりカティを見上げる。
「なんで、お前も賛成なんだよ!」
「口調と態度。あと、王命を守らないお前の性格が無理」
「王命って、俺は守ってるだろ!」
「守ってねぇよ。もう一回復唱してみ?」
「『極力、殺生はしない』『無駄な戦闘はしない』『魔族領の偵察』だよな!?」
「わかってんのかよ……」
タカヒロの発言を聞いて、頭を抱えながらずるずるとその場に座り込むカティ。タカヒロは、なぜか得意げな顔をしていた。
「わかってて、あんなことをしてたのか……」
「あんな事って、なんだよ」
「薬草の過剰採集については?」
「あとから生えてくるだろ。取りすぎたって、平気だ」
「俺たちに気づいていない、山の奥地にいた魔獣の殺生については?」
「悪いのは魔獣で、魔族だろ?なら、民衆に危害が加わる前に殺しといたほうがいいじゃん」
「あんな山奥、誰も行かないって麓の人間に聞いただろ……。しかも、魔獣を殺すだけ殺して、お前は死骸を放置してただろ?」
「消えるだろ?ここは俺がやっていたゲームの世界なんだから。それに、あいつらが襲ってきたら危ないからな。俺が先に撃ち殺しておいた」
タカヒロは脇に置いていたボウガンに手を当てながら、にやりと笑う。カティは頭を抱え、フィルは胃の付近を手で押さえた。
「だからって、街道沿いに魔獣の死骸をそのままにしていいわけないだろ……。最後に、俺たちの任務は?」
「魔族領に行く事だろ?それで、魔王を倒して姫と結婚する!」
「……フィル、手続きをしよう」
「はぁ!?なんでだよ。危ない目にあうかもしれないから危険をつぶしただけだろ!?それに、魔獣なんていなくてもいいじゃんか。悪いのはあっちなんだから」
タカヒロは自分がしたことについて、何も反省していない。そう判断し、カティはフィルに手続きを進めるよう頼みつつ立ち上がる。
フィルは、胃のあたりを抑えつつも手続きを進めようとする。
(胃薬、あったかな……)
「ちょっと、よろしいですか?」
手を上げたのは黙っていた、聖女のクオリアだった。金の髪、紫の目。人形のような美しさを持つ彼女の顔は、かすかに怒りに染まっている。
タカヒロは、クオリアが助けてくれると思い彼女のもとへ向かい手を取ろうとする。
ぱしっと、その手はクオリア自身が叩き落とした。
「触らないでください。貴方に私を触らせることは許可していません」
「な、なんで……」
「カティさんも話していましたが……。私も、貴方を解雇することには賛成です。王命も守れない、私たちとコミュニケーションもとらない、挙句に妄想癖。正直……限界なんです」
もう疲れた来るな、と厳しい顔でタカヒロを睨むクオリア。フィルとカティは、クオリアの穏やかな表情しか見てなかったため息を呑んだ。
「だ、だって……」
「魔族領に行く事がイコール魔王を倒すことではありません。陛下自ら、お話しされていたでしょう?『騎士団は別の任務だ。そのため、貴殿らに今回御任務を頼りたい』と」
「そ、それは……。こう……言葉のあやかと思って……」
クオリアは大きなため息をつく。
「嘘をついても意味がありません。それに、何度も私は言いましたよね?『フィルさんやカティさんと、もっと話をしなさい』と。私とばかり話しても、パーティとして上手くいくか分かりません、と」
「だって……。二人とも、俺の事を見下してくるんだ!フィルはすかしてるし、カティだって俺の事馬鹿にしたような目で見てきやがって……!」
「その妄想癖が無理だと言っているのです。……フィルさん、手続きを進めてください」
「わかった……」
あとで体調をクオリアに見てもらおう、フィルはそう考えて手続きをする。タカヒロは、この世の中を信じられないというような表情をしていた。
「な、なんでだよ……なんで……。そ、そうだ!王様にはなんて説明するんだよ!王命のパーティからメンバーを一人解雇したら、命令から反しているだろ!」
タカヒロは、好機と言わんばかりに反論を言い放つ。ずっと叫び続けているからか、声はかすれ顔は真っ赤になっていた。
その様子を見ながら、フィルは横に置いていた布袋から書状を出した。
「一週間前、陛下に相談してたよ。これが、回答」
フィルはテーブルに書状を置く、タカヒロはひったくるようにとり睨みつけるように書状を読んだ。
「『タカヒロの解雇を許可する』……だと?」
「陛下もいいと言ってくださったんだ」
「全員、敵か!?なんで、ここでも要らない扱いされるんだよ!?」
タカヒロの発言に首をかしげるフィル、カティ、クオリア。タカヒロがパーティを組んだのは、フィルたちが初めてのはず。
(僕ら以外と組んだことがあるのかな)
「とにかく、もう僕らは君と一緒に旅を進めるのが怖いんだ」
「怖いって、なんだよ……!……俺のチート魔法が目覚めるのが怖いのか!?俺に活躍をすべて取られるのが!?」
「それに、俺がいなくなったら後衛は誰が務めるんだ!荷物持ちも会計も料理も、何もかも!お前らに出来るわけがねぇだろ!」
この後も騒ぐタカヒロを何とかなだめ、書類にサインを書かせた。同時に、手切れ金を渡す。本来は渡さなくてもいいが、タカヒロの性格上渡した方がいいと判断した結果だった。
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