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1話 クズ勇者来訪

「あっ! やっ! あああっ! むぐっ! うぅうっ!」

「はぁはぁ、はぁ……。あんまり大きな声を出すなって。こうしてキスで口を塞いでやらなきゃならない手間が増えるだろ」


 俺の村に勇者がやってきた。

 勇者はこの先の森に城を構える四天魔王の1人と対峙する前に英気を養ないたいという理由で、この村に留まる事になった。


 そして俺と神官である姉さんは村長に頼まれ、自宅に勇者を泊める事になったのだが……。


 全く、勇者様ともあろうお方がお盛んな事で。

 まぁ付き合ってあげる姉さんも姉さんだけど。



「――ふぁあ。……流石に終わったか?」


 夜が明け始め小鳥のさえずりが聞こえる頃。

 俺が浅い浅い眠りから目を覚ますと2人の声は全く聞こえなくなっていた。


「2人ともぐっすりだろうな。……。ちょっと様子でも見に行くか」


 俺は、用を足す序でに2人の様子を覗く事にした。


 これは朝食に誘うかどうかの判断をする為で、決してやましい気持ちがあるわけではない。

 姉さんが血の繋がっていない義姉で、最近艶かしくなってきた事も一切関係ない。


 勿論、俺がそんな姉さんから性を感じている事も、それがバレるのが怖くて敢えて冷たい態度をとっている事も、ムラムラして寝れない夜が増えている事も関係ない。



 ――ぎぃ。



 俺は用を済ますと、勇者様の部屋をこっそりと覗いた。

 ドアの音が響き一瞬ドキッとしたが、視線の先にいる姉さんはこっちに全く気付いていないようだ。


 ――それにしても、あの無防備な姿。服を着ないまま疲れて寝ちゃったのか。

 布団も被ってないし、ここからでも姉さんの肉付きのいい腿が丸見えだ。



 えっと、勇者様の姿は……ないな。



「ごめん姉さん。男の本能には逆らえない。それにちょっと近くで見るだけだから」


 俺は両手を合わせて姉さんに早めの謝罪をすると、ゆっくりと部屋に入った。

 この背徳感だけで、姿勢が勝手に前かがみに――


「姉、さん?」


 近づくと姉さんが目を開けたまま横たわっている事に気付いた。

 

 もう、背徳感とかやらしさとかそんなものは吹っ飛んで、その状況を飲み込もうとするだけで精一杯。

 

 よく見れば姉さんは口から泡を吐き、頭部には大きな傷が。長い時間が経過したのか流れ出た血は既に凝固している。


「――姉さん! 姉さん!!」


 俺は姉さんの肩を揺らしながら必死に声を掛けた。

 しかし、呼吸は一切ない。返事もない。


 俺の瞳からは勝手に涙が流れ出し、姉さんの顔に落ちていく。



 ――ぎぃっ。



「……。お前何をしているっ!?」

「!? 勇者様……お願いです、姉さんが、姉さんがっ!!」


 ドアを大きく引いて入ってきたのは驚いた表情の勇者様。

 俺はその姿を見ると混乱した頭で咄嗟に縋った。


 勇者様は人類の希望。きっとこんな状況もなんとか出来る凄いスキルをお持ちなは――


「おい村のみんな!! 神官が、神官がこの男に殺されてるぞっ!!」

「えっ?」


 勇者様は部屋の窓を開けるとわけのわからない言葉を大声で叫んだ。

 それに反応して、1人、また1人と部屋に村人が集まり、村長を始めとする村人達全員が俺に視線を向けた。


「最近様子がおかしいと思っていたが、まさかそこまで自分の姉を妬んでいたとは……。神官の姉が優秀過ぎる故の悲劇か」

「違う。違うっ!! 俺はやってない!! 俺が姉さんを殺すはずがないだろ!! それに俺が来る頃にはもうこの血が――」

「村長。魔王の支配域で生かされている人間はその魔力に当てられて潜在的欲求を暴走させる可能性があると聞きます。もしかしたらそれが魔王の支配域に近いこの村で発症してしまったのかもしれません」

「なんと!? それは本当ですか勇者様」


 

 魔王の魔力? 潜在的な欲求? そんな事と今の状況は関係ないだろっ!

 俺は村長に自分は魔王の魔力とかそんなものの影響を受けていないと発言しようとした。


 しかし俺の口からはどうやっても声が出ない。

 必死に喉を絞っても、首を叩いても声が出ない。


 なんで、なんで……さっきまで問題なく声が出ていたのに。どうして……。


「村長。1度発症したそれは爆発的に伝染し村や町を崩壊させると聞いた事があります。発症したのがこの男だけなのは不幸中の幸い……伝染が始まる前に根源は一秒でも早く処分すべきです」

「なっ!? しかし……」

「他の村人が同じようになったらどうするんですか? 村人達が殺しあう様をあなたは見たいんですか?」

「そんな事は……でも――」



「村長!! 早く殺す判断をして下さいっ!! あなたは俺達村人を危険に晒す気ですか?」



 迷う村長に対して、1人の村人が声を上げた。

 すると、それに釣られる様に他の村人達も『殺せ』と連呼し始めた。


 近所に住んでいる仲の良いおばさんも、一緒に農園を耕していた人達も、みんながみんな俺を殺させようと躍起になる。


 俺はそんな声を聞きたくなくて、姿を見たくなくて……。耳に手を当て、目を瞑った。



 ――嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だっ! こいつらは誰だ? 本当に昨日まで普通に話してた人間か? こんなおぞましい奴らが本当に人間なのか?


「……分かりました。この村の為村長として勇者様に依頼致します。……勇者様、そこの男を殺してください」

「お任せください」



 ――ドスっ。



 俺の胸に剣が刺さった。痛いのに声が出ない。目の前が霞む。

 だけど耳だけは正常、いや、いつもより敏感に音を聞き取ってくれる。


「……ふふ」


 勇者様の小さな小さな笑い声も鮮明に。


「いやぁ、君が居てくれてよかったよ。弟君。これで俺が疑われる事はもうない。恨むならあんなに大声出して暴れてくれた君の姉を恨むんだね」


 勇者様は俺の耳元でこう囁くと、俺にだけ分かるようににやりと口角を上げた。



 勇者様? 違う。ここにいるどの人間よりも善人の皮を被ったモンスターだ。 

 ……殺さないと。魔王なんかより、こいつを。そして村長、村人達を。こんなに醜い、人間っていう種族を殺さないと。



 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロス、ころ、す、こ――



 俺は血が滾る程の恨みと人間に対する嫌悪感を抱えたまま、ゆっくりと暗闇に飲まれたのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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