ラスボスが転移して異世界のラスボスを粉砕する話
皇狂四郎は、象ほどもある猫科動物を指一本で吹き飛ばした。
動物の頭が粉々に砕け散り、脳漿があたりに飛び散る。
「なんなのだ、ここは」
ため息をつきながら周りを見回す。
見渡す限りの草原だ。草の色が朱色なので、血の海のなかに立っているように感じられる。
彼はいまさきほどまで、六本木ヒルズの屋上で、敵の能力者たちと戦っていた。
彼を邪悪と断じ、正義ヅラした愚か者たちだ。ああいう連中は定期的に湧いてくる。
「東京ワイルドトーカー」だの「暁紅蓮隊」だの「白きものたち」だの、頭のおかしなチーム名をつけて、襲ってくるのだ。
その都度、彼は逃げずに叩きのめす。
逃げるという行為は、支配者が行うべき振る舞いではない。たとえ相手が百人だろうが千人だろうが受けてたち、粉砕する。それが帝王の生き様だ。
しかし、今回は連中もある程度の準備はしてきたらしい。これは「転移術」だ。対象を次元の彼方に吹き飛ばす技。術式には条件を組み込むことが可能だ。たとえば、「地獄」のような場所に送り込むとか。
彼はくすくす笑った。面白いではないか。
久しぶりに楽しませてくれる。
風が吹き、裸の肌に、かすかに鳥肌が立った。
無意識に張っている精神フィールドが強化され、適温になる。
空を見上げる。
妙なのは足元の草はらだけはない。
空はどす黒い赤色、人の臓器のような薄ピンク色の雲が渦を巻き、どこからともなく人の笑い声のようなものが聞こえてくる。
不気味な光景だが、彼は不気味とは感じなかった。
そういう感覚は、弱者が感じるものであり、天下無敵の強者は何の不安も抱かない。
笑い声の方に向かって歩みを進める。
しばらくいくと、丘があった。
頂上に登ると、眼下の大虐殺が見えた。
百人ほどの中世の騎士のような連中が、竜に似た生き物や、手足の生えたサメのような生き物、馬鹿でかいミミズ、彼がさきほど粉砕した虎のような生き物、その他有象無象に取り囲まれている。
騎士たちは、生き物たちに腕を食いちぎられ、頭を引っこ抜かれ、はらわたを引き摺り出されていた。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
騎士たちの真ん中にいる、耳の尖った女が天に向かって剣をつきあげた。
「おのれ、おのれ、おのれ! 天魔王!貴様だけは絶対に許さぬ!」
もちろん日本語で話しているわけではなきが、思考パターンを分析すれば、容易に脳内で変換できる。
よく見れば、宙に誰かが浮いている。
彼と同じように裸だ。
肌は白く、赤く長い髪を背中に垂らしている。
両性具有なのか、胸はふくらみながら、いちもつもついている。
天魔王とやらが微笑んだ。
「あなたたち勇者というものは、本当に度し難いほど愚かですね。たとえ、千人、万人集まろうが、神に敵うはずがないのです。さあ、叫びなさい。悶えなさい。あなたたちの断末魔の声こそが、わたしの喜び。わたしを楽しませることこそ、あなたたち弱きものどもの義務なのですから」
ほう、いうではないか。
狂四郎は身体を浮かび上がらせると、天魔王とやらの横に並んだ。さきほど分析した言語でいう。
「同感だな。強者を楽しませることこそ、弱者の勤めよ」
天魔王がゆっくりと彼を見た。
「なんですか、あなたは?」
焦りは感じられない。
いいぞ、真の強者は焦らない。
「俺か? ただの通りすがりだ」
「通りすがり? よくわかりませんが、神に向かってその口のききかたはよろしくありませんね」
天魔王とやらが、人差し指をこちらに向けた。
そこから、凄まじい炎が湧き出した。
何もかもを焼き尽くさんばかりの業火だ。
炎は俺の身体を包み込み、ゆっくりと散っていく。
天魔王の顔に汗が吹き出した。
「な、なにものなのですか、あなたは。わたしの獄炎を受けて、火傷ひとつない?」
狂四郎はため息をついた。
汗をかくな、汗を。
この程度で焦るな。
「〝獄炎〟? 名前負けにもほどがあるぞ。お前は力の使い方がわかっていない。少し手本を見せてやろう」
彼は指を鳴らした。
天魔王の口から炎が吹き出した。
目、耳、鼻、あらゆる穴から高熱が放たれる。
「熱源は、対象の体内に発生させるべきなのだ。もちろん、展開された精神障壁を突破せねばならんがな。お前は障壁が薄すぎるし、単純すぎる」
天魔王は、ものの数秒で消しずみとなり、落下していった。
眼下では、騎士たちも生き物たちも、呆然として彼を見つめている。生き物たちの何匹かは、サイズがあきらかに縮んでいる。天魔王とやらの庇護がなくなったせいか。
彼の周囲で空間が蠢き始めた。
転移術がこの世界での失敗を感知し、また作動し始めたのだ。
どうやら、この術の式は、彼を異次元の強者のもとに連れて行く設定になっているらしい。
頼むぞ、今度こそ、楽しませてくれよ。
彼はそう願いながら、次の世界へと引き摺り込まれた。
ふだんは、人型巨大兵器に転生して大暴れする話を書いています。よろしければそちらもどうぞ!