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範囲魔法しか使えない魔法使いの話

作者: マグ郎

 あるところに魔法使いがいた。

 魔法使いは勇者パーティーの一員だったが、彼が加入したのは旅の後半。年も一回りも二回りも違っていたため勇者亡き後唯一生き残るパーティーメンバーとなっていた。


「弟子にしてください」


 魔王を倒し、勇者が死んで50年が経とうとしていた。

 その日以来、莫大な財宝を手に隠居をしていた魔法使いはこの日、人生で何百回目かの弟子入りを頼まれる。


「わしは弟子はとらん」


 魔法使いは毎回こういうが、弟子入りの志願者というのはこの言葉で帰ってくれる者はいない。しかし魔法使いには本当に弟子をとるきがないので、ひと月かふた月もすれば諦めて帰ってくる。魔法使いは毎回志願者が変えるのをただじっと待っていた。


 ただし、今までの志願者とこの志願者とは違うところがある。

 志願者は孤児であった。そして魔法使いへの弟子入りなんてものはその日の宿をとるための言葉に過ぎなかった。学もない彼は待ちゆく人々が魔法使いの弟子の話をしているのを聞いて、ただ言ってみたにすぎなかった。おそらく志願者は弟子の意味もわかっていないだろう。


 そして魔法使いは、どうしても孤児である志願者の事を放っておけなかった。これは弟子ではない、一時保護しているだけにすぎん。この言葉は魔法使いの口癖となる。




「そして魔法使い様に拾って頂いてから、10年が経ちましたね。魔法使い様には様々な事を教えて頂きました。数学、文学、歴史、経理……魔法以外の事は、全て」


「ふん。わしは弟子など取った覚えはない。お前は一時保護しているだけだ」


「ええ。その言葉も何度もお聞きしました」


 魔法使いはすっかり老いていた。近頃は目が悪く、杖が手放せない。


「……魔法が教わりたいのか、わしから」


「いいえ全く。元から魔法使い様のところにはその日の宿と食事を求めてきただけでしたし」


「……お前という奴は……よかろう。わしの魔法を見せてやる」


「話、聞いてました? 目だけじゃなく耳まで悪くなったんですか?」


 志願者が聞いても魔法使いは杖を手にゆっくりと家から出ていった。これは本格的に補聴器が必要かな、と思いながら志願者は後を追う。二人が住む家の裏には、大きく澄んだ湖があった。家は丘の上にあり、そこからは湖の全貌がよく見えた。


「本当は、墓場まで持っていくつもりだった。だが、わしも老いたな。今さらになって話したくなった」


 魔法使いが杖を掲げると、一筋の光が天に放たれた。光は一本の槍のように空から湖の真上へと落ちていく。湖の水に触れるか触れないかの刹那、あたりは激しい音としぶき、閃光によって包まれた。


「老いて、この威力ですか……」


 魔法使いは目を閉じ、何かを決意するように開いた。


「勇者パーティーにいたからか、わしは最強の魔法使いなどといわれたこともあった。じゃが、そんなものはまやかしにすぎん」


「そのお歳でこの威力の魔法。最強の魔法使いという称号を獲得するのにふさわしいと思いますが」


「わしにはこの範囲魔法しか使えん」


 あたりを沈黙が包んだ。

 魔法使い、という職業は魔法を使う者の総称だ。魔法、とは様々な系統があり効果がある。魔法使い、と言う場合には最低でも火や水と言った3系統の魔法が使えなければならない。

 つまり、魔法使いが、勇者パーティーの魔法使いが範囲魔法しか使えない、というのは常識で考えればありえない事だった。


「今のも全力の威力だ。わしには、()()()()()()()()()()()()ことしか出来ない」


「勇者パーティーにいた時は……」


「わしが後半から勇者パーティーに加入したのは知っているな。お前も察しがついているだろう。わしがいなくても勇者たちはきっと魔王を倒せた。


 まだ勇者が活動を始めて最初の頃だった。孤児だったわしは勇者の気まぐれでパンを貰った。お前も孤児で街をさまよった身ならわかるだろう。ただ街のすみでうずくまっている孤児に施しをする者など、金持ちの気まぐれかよほどのお人好しだと。

 わしは勇者の後を追いかけた。またパンが貰えるかもと思ったからだ。そんな哀れな孤児を勇者は見捨てなかった。わしは勇者と共に旅をしていたのだ。実のところほぼ最初から、な。


 それからわしは勇者たちに日常で必要な最低限の知識や作法を旅を通しながら教えてもらったよ。何度もおいていかれそうになったが、何度も追いかけた。


 しかしある日、魔物の軍勢に勇者が襲われた。勇者を助けたくてわしは無我夢中で魔法を放った。それがこの範囲魔法じゃ。勇者はえらく喜んでくれたよ。それからわしはこの魔法で勇者の隣で戦い始めたのじゃ。

 わしが後半からパーティーメンバーになった、というのはそういう理由だ。他ならぬわし自身がそう言ったからな」


 魔法使いは懐かしそうに目を細めた。一つ大きなため息を吐くと再び語り始める。


「その頃勇者と話す話題といえばもっぱらわしの将来についてでな。勇者はよくわしに学校に行って欲しいと言っていた。きっとすぐにいろんな魔法を使えるようになるし、友も出来ると……


 じゃが実際は違う。わしらはもう引き返せない魔王軍のお膝元まで来ていたからな。魔王との戦いが終わったころ、わしは最強の魔法使いなんぞと呼ばれていた。範囲魔法しか使えないわしがじゃぞ?」


 乾いたような魔法使いの笑いが、静かな丘に響いた。志願者はただじっとその話を聞いていた。永遠とも思える静かな時間が過ぎ、魔法使いはついにこらえきれぬとでもいうように目元に涙を浮かべながら言った。


「怖かった……! わしが、わしがボンクラの魔法使いだと知れる事が……学校に入ろうとも思った、だがそうすればわしの無能は世界に知れ渡るだろう。万が一、それで亡き勇者の名誉が傷つくと思うと……わしは、耐えきれなかった……!」


 ついには泣き崩れる魔法使い。今まで大人しく聞いていた志願者はおもむろに立ち上がると、魔法使いの前に立ちふさがった。志願者が太陽を遮る形となり、魔法使いは陰に覆われる。


「……わかりません」


 魔法使いにその顔は逆光となって見えなかった。だがいつも感情を表に出さない志願者が、初めてそのポーカーフェイスを崩している事だけは見えずとも感じ取れた。


「わかりません。あなたの範囲魔法は素晴らしいものだと思います。それをあなたはたいしたことがないと言う。


 わかりません。何故誇らないのですか。勇者の名誉を傷付ける? 勇者はそんなに心が狭い人なのですか? あなたがその魔法を身に着けた時、勇者は喜んでくれたのでしょう。ならば誇りに思うべきです」


「はっ……お前になんぞ……この家からろくに出た事もない、孤児のお前になんぞに何がっ……!」


「ええ。ですからぼくは王都に行きます。あなたの魔法のみを学んで」


 魔法使いは信じられないとでもいうように口をパクパクさせ、目を見開いた。対照的に志願者は冷静に。しかしその瞳は熱く燃えていた。


 この日、元勇者パーティーの魔法使いに初めての弟子ができた。



「──なーんて事があったのがもう六年前、ですか。早いものですね」


「ふん。遅すぎるくらいじゃ。その後、三年でわしの範囲魔法を習得したお前が、まさか王都の学校へ入るとはな……それで、」


「ええ。もちろん、()()()()()()()()()()()()()()


「……馬鹿なやつじゃ。王都の学校なぞ名門中の名門、範囲魔法なんぞより素晴らしい魔法がゴロゴロしてるじゃろうに」


「いいんですよ。あなたの範囲魔法だけで学校のトップになる。それが十年間ぼくを育ててくれたあなたへの恩返しです」


 さらに老いた魔法使いはもう丘の上の家には住んでいない。ベッドの上から起き上がることの方が少ない今日この頃、目は完全に見えなくなり今は街の病院に入院していた。


「だからそれまで、死なないでくださいね。()()


「ふん……ああ本当に、馬鹿な()()をとったものだ……さっさと学校のトップでも国のトップでもとってこい」




 そこから更に数年後。

 この国一番の魔法使いの噂があった。

 曰く、その魔法使いは範囲魔法しか使えないのだそうだ。その噂を通りすがりの若者に言うと、彼は感情の読めない顔で、でも少し嬉しそうにこういうのだ。


「範囲魔法しか使()()()()んですよ」

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