勇者メイコ、異世界のファッション事情に巻き込まれる
「服装など勇者様にしたら些末ごとかもしれませんが、私たちには死活問題なのですよ!」
五十年ぶりに復活した魔王を倒す勇者としてメイコは日本から召喚された。いわゆるオーソドックスな異世界召喚である。
多少のゴタゴタはありつつも魔王を倒せば帰るかどうかは選べるらしく、今は少しでも行軍の安全性を上げるため訓練に励む日々を過ごしていた。
そんなメイコはこの日、訓練の帰りに小さな会議室へと呼び出された。
待ち受けていたのはこの国ラトゥスン王国の王妃、姫、マナー講師の伯爵夫人、女騎士団の団長、国一番の服飾商会の女主人と女性ばかり五人。
服装の事で呼び出されるなんて高校の頃の服装検査を思い出すなぁ、とメイコは少しばかり懐かしい気持ちになる。
(……まぁ、学校の先生はこんなに美人ばかりじゃなかったし、威圧感もなかったよね。それに今は武術の訓練用の服を着てるし)
「いいですか?勇者というのはとても注目されていて、一挙一動見られているのです。ファッションなんかは言わずもがな!過去の勇者召喚では……」
姫が懇切丁寧に説明してくれているけれど勇者メイコは訓練の疲れから少し眠くなる。実はこの内容メイコにとっては二度目である。一度目はマナー講師の伯爵夫人から聞いている。
──この異世界の国ラトゥスン王国では勇者が召喚されるたびにファッションが大きく変わってきたそうだ。
──百年前は姫と結婚した勇者がお腹に浮気防止の魔法紋をパートナーと自分にいれて唯一の証にしたとか。魔法紋とともにそれを見せびらかすための腹出しファッションが流行。浮気は減ったけれど、子供も減り(お腹が冷えたのが一因とも見られている)、それ以来勇者の動向は貴族社会からも睨まれているらしい。
──しかし前の五十年前の召喚でも、うっかり男性勇者が好みの女性を訊かれて「この国ミニスカートないもんなー」とかこぼしてミニスカートが流行ったそうだ。足は隠すものというのが貴族女性のあたりまえだったから、恥ずかしくてたまらなかったと前王妃が語っていたらしい。
そういう経緯もあって、目立たないように……は流石に無理だけど、なるべく馴染むように!突飛な事をしないように!という話を何度もメイコは聞かされている。なのに重ねて注意されているのはこの国の貴族から外れている服装をしているからである。
「メイコ!聞いていますの?」
「いや、ファッションが大事なのはわかるよ。私もここに来る前は美容師……ええっと……髪を扱う仕事をしていたからね」
「ならばなぜ……!」
全員が納得いかないという顔をしている。
「えっと……やっぱり、私付きの侍女さんからは伝わってないんですね……」
「もったいぶらないで下さい!」
姫がわめいた。
「侍女さんが倒れちゃうくらいショッキングみたいだからずっと隠していたんですけど……」
ラトゥスン王国のファッションは典型的な中世っぽいファンタジーものに近いが温暖な気候だからか肩から先が無い服装が多い。
しかしメイコは頑なに袖のある服を着ていた。これは初日の湯浴みの時にメイコ付きの侍女が服を脱いだメイコを見て倒れてしまったからだ。
別にメイコが特殊な体な訳ではなく中肉中背の一般的な日本人である。ラトゥスン王国ではやや小柄ではあるものの特に大きな違いはない。
ある一点を除いては。
「私、脇毛が無いんです」
「「「なんですって!!!」」」
ラトゥスン王国では脇毛は大人の証として、堂々と生やし見せるのが一般的だったのである。
特に女性は目立つ色に染めるファッションが流行っている。ちなみに王妃と伯爵夫人は深い青色、姫と女騎士団長は赤、女商人は桃色に染めている。流行色もあるらしい。
「私の故郷では除毛するのが一般的なのです。剃ったり抜いたり薬剤を使ったり」
「でも……勇者様が来てからひと月近く経ってますよね」
「流石に生えてきますわよね!」
「短くても薄くてもわが商会には増毛させられる技術者がいますよ!」
五人はすがるような目で皆がメイコの方を見てくる。
「残念ながら……私、ここに来る前に永久脱毛をしていまして……私も調べたんですけど、さすがに何も無いところにつける方法は今のところないのですよね……?」
「永久脱毛……」
「なんてこと!?」
メイコは過去にも脇が無毛の爬虫類系の亜人が人間の貴族に輿入れした際、試行錯誤したが諦めた、という文献をみたことがあった。かぶれないがしっかり張り付く素材を探すのは難しかったらしい。魔術で毛の塊を浮かせるなんていう荒技も載っていたが宮廷魔術師クラスの使い手でも違和感なく保つのは10分が限度だとか。普通の人間だと脇に汗もかきやすいし、なおさら貼り付けるのは難しいと思う。
「本当ですか?まさかどうしても私たちの文化が受け入れ難くて嘘を」
「勇者様脱いで下さいませ!」
メイコは部屋を見回して五人以外は女性の侍女と女騎士が遠目で見守っているだけというのを確認してから訓練服を脱いで腕を上げた──
「メイコ!母上達に連れて行かれたが無事か!!!」
──とほぼ同時に第二王子フォーティウスが扉を乱暴に開けて入ってきた。
「キャーッ!」
脇を隠しながらメイコは婦人達の陰に隠れた。
女騎士団長は女騎士と共に慌てて王子を追い出しにかかる。
「す、すまん!だが!私はただメイコがいじめられていないか心配で!」
「フォーティウス殿下!出て行って下さい!」
「脇毛などなくとも、メイコは立派な才能ある勇者だ!むしろ私はない方が……」
「いいから早く!」
バタン
扉が閉まるとメイコは顔を青くして床にへたり込んだ。タンクトップに近い下着を着ていたので裸を晒す事は免れたが……
「絶対見られた……」
王子の言動は完全に見た人のものだった。
「勇者様ごめんなさい」
姫は勇者メイコの落ち込み様に動揺し素直に謝った。
「フォーティウス殿下にだけは知られたくなかったのに……」
「本当にすみませんでした」
「子供だと思われる……」
(もしかして……と思っていたけれどフォーティウスもやるわね)
メイコがフォーティウス王子を慕っているのをほんのり感じつつ王妃はフォローを入れることにした。
「それは無いと思うわ。あの子筋金入りの脇無毛派だから」
「脇毛の無い人なんてほとんどいないのに無毛派なんて派閥があるのですか?」
「無毛派というより無毛好き派というべきかしら。フォーティウスは初恋がワニ亜人の公爵夫人で次に好きなったのはその娘ね。そしてお酌してくれる夜のお店でも爬虫類系亜人や魚亜人、あとは人間でも脇毛を剃った子のいる店が贔屓みたい」
「それはロリコンということでは?」
メイコは爬虫類系や魚の亜人は合法ロリ的な存在として見られている場合もあるらしい、と聞いたことがあった。
「まさか。公爵夫人と出会ったときフォーティウスは5歳、夫人は35歳。その娘は15歳でしたわ。それに二人とも背が高くて巨乳なの」
「そういえばお兄様の侍従がお兄様はロリ系のお店で人気の無い女性を選ぶから安上がりだとか言ってましたわね」
(とりあえず無毛好きなのはわかったけど、母親や妹から性癖話を聞くのは複雑だなぁ……)
メイコはほっとしたようななんとも言えないような表情をしたあと、口を引き締め、真面目な顔に切り替えた。
「フォーティウス殿下に偏見がないことはわかりました。でも、やっぱり他の皆さんには混乱を招くので引き続き脇は隠す方向でいいですか?」
「そうねぇ。商売的にはそろそろ流行も煮詰まってきてるし半袖の服も悪くないかもしれない」
「チラリズムは良いものです!」
女騎士団長がこぶしを握りしめ食い付いた。
(団長さんはチラ見え派なのね)
「儀礼的な場ではどうします?糸を脇に張ったりしてもあからさまなフェイクでは士気が上がりませんわよね」
姫の発言にメイコはどんよりした気分になる。
(やっぱり脇毛ってそういう時に見られるのかぁ)
「それこそチラリズムです!」
「……なるほど!チラリズムですね!」
女騎士団長と女商人は通じ合ったらしい。他の五人は首をひねっている。
「まず袖があるか肩紐に飾りのあり脇の下の空きが少なめの礼服を作ります。すると人工毛を縫いつける部分が存分に出来るのです!」
「なるほど!では今年は肩の露出が控えめなドレスが流行るかもしれないのね」
「脇毛剃りが流行るよりはよっぽどマシですね」
伯爵夫人は安堵の息をつく。
「まぁよっぽどフォーティウス狙いの令嬢達が思い切ってはじめたり、無毛好きが大声で喧伝しない限りは脇毛なしが流行るなんて考えられないけどね」
抵抗感が強い文化は流行る前につぶされていくし、たとえ目新しくても多くの人に受け入れられなかったらいつの間にか廃れていく。たとえそれが権力者からの圧力だったとしても。
王妃の発言で大きな流れには逆らえないものだとメイコは改めて思った。
「わかっていると思うけど皆さん秘密保持に協力してくださいね」
王妃がそう言うと話をだいたいまとめてその日はお開きになった。
後日、勇者メイコ一行は魔王を倒し世界に平和を取り戻した。
未だ勇者が無毛であることは広まっていない。
メイコは日本に帰るかどうか決めるまでにひと月の猶予があり、迷っているようだ。
勇者が帰還しないで留まると次の召喚までの期間が長くなるため国としては歓迎されてはいるが、脇の無毛がバレる確率があがるので秘密を知る者たちは時折やきもきした視線を送っている。目的である魔王討伐は完了しているので士気に関わったりはしないため、問題にはなりにくいし平気だと姫や王妃は主張しているけれど。
行軍の最中や王城の滞在中、フォーティウス王子がメイコに脇を見せて欲しい触らせて欲しいとねだる姿が目撃されたり、そのあと二人で人気の少ない部屋へ行く所が目撃されたり、赤い顔をして出てくる所を目撃されたりしていて仲はなかなか悪くないようである。
影響を受けた若いカップルに脇を触りあうスキンシップが流行りつつあることは二人とも知らない。
今回、女性達の活躍によって大々的なファッション革命は起こらずに済んでいるが、半袖は男女問わずじわじわ流行りだしたので、なんやかんや勇者の影響は大きく、勇者召喚とラトゥスン王国のファッション事情は切ってもきれない関係のようである。