第5話 能力の代償
「改めまして、入隊予定の女の子。私は小鳥遊家三女の小鳥遊香恋。今更だけど、貴女の名前は?」
「久城涼音です」
あの豪華の部屋を後にして建物の外に出たのだが、そこにあったのは立派な庭園。それと、その庭園に似合わぬ広大な鍛錬場?的な広場。
そこでは筋肉隆々の男達と華奢な女性達が、銃や剣を構え訓練をしている。
「さっきはいきなり連れて来てごめんね。あそこの雰囲気怖かったでしょ?」
「はい、滅茶苦茶怖かったです。すっごい怖かったです。出来ればもう行きたくない」
「うん、ごめん」
本当に、あの空気が張り詰めた空間には二度と行きたくはない。あんな所に自ら向かうなど自殺死亡者か、よっぽどの馬鹿である。
「それより、気になったことがあったんですけど、聞いてもいいですか?」
「うん?どうしたの?お姉ちゃんのスリーサイズ?」
「いや、普通に違います。てか、それ聞いたら殺される奴じゃないですか」
「うん、正解。お姉ちゃんのスリーサイズを知ったら後ろから鈍器で殴られるよ」
何それ怖っ!!と、叫びたくなるが、一応未来の上官なので失礼をしてはいけない。あ、待って。そういえば私、初対面の時に顔見て叫んだ気がする。ヤバイ、減給はやめて。
「まあ、茶番は置いといて。何が聞きたいの?」
どうやら茶番だったらしい。ならば、もしうっかり、万が一のことだが、当主様のスリーサイズを知ってしまっても鈍器で殴られることはないだろう。
少し安堵したので、本題に入る。
「なんで、私が能力者だと分かったんですか?私もそんなこと分からなかったのに」
そう、謎だった。涼音が能力の存在を知ったのはついさっきである。しかし、明らかに香織は涼音の能力のことを知っていた。
ならば、どこで知ったのか。可能性があるとしたら、あの怖すぎる空間で唯一初対面ではない、香恋しかいない。
「?ああ、なんだ、そんなことか。簡単だよ」
香恋は、可笑しそうに微笑んだ。この笑みに先程の香織の笑みに通じたものを感じ、そういえば姉妹だったな、と思い出す。
「これ見れば分かる」
ハイ。と差し出されたのは鏡である。これを見て分かるとはどういうことだろう。
疑問に思いながらも覗いてみると、そこに映っているのは普段と特に変わらない自分。いや、一つ普段と違うことがあった。
「はぁっ!?え!何!?どゆこと!?」
「あ、やっぱり分かってなかったのね。なるほど」
そう、涼音の右目はなんと、黒から赤に変わっていたのである。これはまるでトランプカラー、などとふざけている場合ではない。
理屈は分からないが、目が赤くなってしまっている。しかも、右目だけ。なんということだ。これではまるで中二病ではないか。
「うん、やっぱり綺麗な赤色。出世したらルビーになれるかもね。これは期待していいかも」
「せんせー!!なんでこんなんになってんですか!?」
「能力の代償♡」
「クソッタレ!!」
口がクソ悪いかもしれないが、こんな理不尽なことをハートマーク付きで言われれば文句の一つも言いたくなるものである。
「しょうがないじゃない。貴女、能力が目覚めてなかったらあそこで死んでた可能性高いんだし。結果オーライってことで」
「だからって理不尽すぎるよコレ!!」
さっきから未来の上官に対して礼儀がなってないかもしれないが、そんなことを気にしている場合ではない。
もしこんな目で学校に行って、「うわー、久城さんって中二病だったんだ」「普段は陰キャなのにねー」とか陰口を叩かれてみろ。絶対に死にたくなる。
「まあまあ、落ち着いて。私達とお揃いの黒眼帯あげるから」
「いらんですあんな中二病めいたの!!」
「ちょっと小鳥遊さん傷つくッ!!」
香恋は傷ついているらしいが、知ったことではない。あんなものを付けていては余計中二病として扱われるではないか。
普段陰キャなのに。普段陰キャなのに!!大切なことだから2回言った。そう、涼音は普段ぼっちである。学校で喋る人など田中くんと中田さんしかいない。
「何が気に入らないんだ……!お姉ちゃんが寝る間も惜しんでデザインした黒眼帯なのにッ!!」
「うっそ、当主様プロデュースなの!?」
まさかのこの中二病めいた黒眼帯は香織がデザインしたものだったという。
「いや、香織お姉ちゃんじゃなくて、凛香お姉ちゃん」
「あ、お姉さんもう一人いるんすね」
「そう、凛香お姉ちゃん。うちの軍服とか色々とデザインしてるの」
しかし、困った。眼帯がダメならばコンタクトレンズを使えばいいのだが、如何せん涼音はコンタクトを入れたことがない。てか、あれ絶対痛い。のでコンタクトは出来るならば回避したい。
その後も香恋と涼音で黒眼帯についての口論が続いたが、結局そこに医療用の白い眼帯という選択肢は出てこなかった。
果たして、ここまで相手が上司だと分かった上であんな雑な扱いをする人間がいるのだろうか。
小説なら結構いそうだけど、現実ではあまりいないような気がする。