第2話 生命の危機
雪が変形し、涼音の体を吹き飛ばす。
道路に投げ出された彼女に対して、それは勢いを緩めない。涼音は立ち上がり逃げようとするが、残念ながら相手は雪を操っているようだった。
しんしんと降り積もる雪は相手の武器。つまり、雪道を歩くと言うことは敵の攻撃を受け続けるということである。
「あ、やばい。死ぬな」
16年間生きてきて、初めてそう思った。当然である。核も持たず、戦争もしない日本で暮らしていれば、命の危機に曝されるなどということはそうそう起こらない。てか、起こってたまるかという話だ。
そこで、涼音は全てのことに合点がいった。
つまり、私はここで殺される運命だったのだ。それを不憫に思った神様が、最期の数日は私の望むことを叶えてくれたのかもしれない。涼音は神様など信じていなかったが、それ以外に考えつかない。
なら、もう大人しく無抵抗で殺されたほうがいいのかもしれない。最後まで暴れて至って体が苦しいだけなのだ。
ああ、でも、ただ。
「流石に、この歳で死にたくはなかったわ」
最後にそう呟いて、目を閉じた。
***
はて、これはどんな状況だろうと少女は考える。
彼女の目の前に広がっている光景は、彼女とそう歳が変わらないであろう少女と、彼女が始末しに来たソレ。
「…………?何があったの?」
一瞬、倒れている少女がソレを始末したのかと考えた彼女だが、瞬時にその可能性を捨てる。
コレは、ただの人間の少女が太刀打ち出来るものではないからだ。
しかし、なら、ぐちゃぐちゃにされているコレの有様はなんなのだ。
彼女の目には、牙のようなものでぐちゃぐちゃに噛みちぎられた"生き物だったもの"が映っている。
さて、とにかくコレは片付けるとして、この少女はどうしようかと考える。ただの運の悪い通行人として放っておくか、重要参考人として連れていくか。
「小鳥遊様」
しかし、重要参考人として連れて行けばまず普通の生活は送れない。一生を監視下に置かれ、窮屈な思いで過ごさなければ行けなくなる。
もし普通の通行人だった場合は不憫過ぎるのではないか。自分に痛む心などないが、良心の呵責とかなんやらがあるのではないだろうか。
「小鳥遊様?聞こえています?」
とは言っても、もしこの少女が自分と同じだった場合はとんでもない損失である。姉が知ったところで怒りはしないだろう。
しかしである。もし見逃してしまえば、逃がした魚は大きくて、捕まえるのが困難だという面倒な状況に陥ってしまうのではないだろうか。
やはり、彼女に来てもらった方がいいのではないだろうか。どうしようか。
「小鳥遊様!」
はっ!と意識を少女から周りに向ける。彼女の後ろには白い軍服姿の女性が。眼鏡をかけていて、いかにも真面目な人間という感じだ。
「当主様がお呼びです。至急本部へお戻りください」
なんと、まさかの姉からの呼び出しである。驚きはしないが予測していない出来事だ。そして、まだこの少女のことを決めていない。
しかし、時間がないのも事実だ。いっその事連れて行って自分の部屋で匿ってしまおうかと考えるが、それでは後ろにいる彼女に見られてしまう。
非常に面倒な事態になってしまった。
「お姉ちゃんから呼ばれてるなら行かなきゃね。貴方は先に行ってていいよ。私はここの始末をしてから行くから」
「いえ、そういうわけにはいきません。私は当主様に小鳥遊様を連れて来いと言われましたので」
なんてことだ。流石は姉である。放っておけば彼女がちゃんと来るかどうか分からないことを理解している。
「絶対に行くから。だめ?」
「駄目です」
女性軍人は引かない。そして、彼女も引くつもりはない。
しばし、両者の睨み合いが続いた。
「はぁ……仕方ありませんね」
先に引いたのは、女性軍人である。自分より目上の人間に対して二度目のため息はつかないが、一度のため息は許されるべきだ。
「ありがとう。心配しなくても、ちゃんと本部には行くよ。用事はできたし」
「まず、そうでなければ困ります」
では、お先に失礼いたします。
女性軍人は帰っていった。つまり、彼女の勝利である。
「よし、とりあえず。私の部屋に連れてってそこからお姉ちゃんの所に行こう」
ごめんね。と少女に声を掛け、持ち上げる。いわゆる、俵担ぎというやつだ。仮にも乙女を運ぶというのに俵担ぎとはこれ如何に。