第1話 異常
「どうしよう、そろそろ生活費がやばい」
少女は、そう呟きながら12月上旬の雪道をとぼとぼ歩いている。彼女の名前は久城涼音。現在一人暮らし中の高校1年生である。
一人暮らしと言っても、そこに何か暗い過去がある訳ではない。ただ単に、涼音の実家から現在通っている高校が遠いためである。その距離、定期の金額で言うとなんと月に6万9000円。
とは言っても、涼音の家庭は裕福なわけではない。むしろ、他と比較して見ても貧乏な方だ。
つまり、涼音の母親は月に7万円弱を支払うより5万の仕送りをすることを選んだのである。
「ほんとにやばいんだけど。仕送りとバイト代だけじゃ足りないし」
よって、涼音の生活費諸々はバイトと仕送りで賄っているわけだが、コンビニバイトを学校終わりにし、週2で日払いバイトをする日々。
簡潔に言うと、金欠である。12月後半は冬休みなので一度実家に帰らなければならない。つまり、その分交通費がかかるわけで。
日々の食費、光熱費、水道代をギリギリにまで抑えて足りるかどうかなのだ。
ちなみに、高校に行かずに働けばいいじゃないかという考えもあったのだが、中卒を雇ってくれる会社などあまりない、あったとしても給料が少ない、などの理由で涼音はジリ貧な生活を送っているのである。
放課後カフェでお茶しようなんて言ってるクラスメイトが物凄く羨ましい。出来ることなら自分も行ってみたいが、如何せんバイト代は全て生活費に消えて行くのでほぼ不可能。
「お金がほしーい♪お金がほしーい♪」
お金が欲しすぎてこんな変な歌が口から零れるくらいにはお金に困っている。25日にもなるとクリスマスやらなんやらで出費が増えるのだろうが、その日も涼音はバイトなのだ。
クリスマスケーキなど食べている余裕はない。むしろクリスマスケーキを主婦の方々に売りつける側である。
朝、誰よりも遅く投稿し、ホームルームが終われば速攻で帰っていく生活をしている彼女に友達などいない。学校で一番話すのは両隣の席の田中くんと中田さんである。
そして、それも友人レベルで親しいわけではないので、実質涼音はぼっちなのだ。
「あー、お金が空から降って来ないかなー!!」
そう、今単純に必要なのは友人ではなく、お金である。お金があれば涼音の抱えている悩みなど全て解決するのだ。故に、涼音は強く願った。
お金が空から落ちて来てくれればいいのに。万札とか万札とか万札とか。それがダメなら宝石。たっかい宝石が落ちてきてほし過ぎる。別に宝石じゃなくても金目のものならなんでもいいわ。
こんなことを思いながら借りている格安アパートの部屋に入る。今日の晩御飯はコンビニで買ったおにぎり二つと唐揚げ串2本(これが結構美味しい)。
毎日バイト漬けにこんな食生活を続けていては流石に疲れるのだろう。涼音は泥のように眠った。
***
次の日の事である。
涼音の視界は全て煌びやかな宝石で埋まっていた。
「…………は?」
そう、彼女の部屋は辺り一面、ダイヤやルビー、サファイヤなどの宝石類で埋めつくされていたのである。
いや、ナニコレ。確かに宝石が空から降って来ればいいのにとか思ったけど。は?
ちなみに、これは夢ではない。この数十秒の間に涼音は自分の頬を5回ほど抓っている。
え、怖。何のイタズラ?ドッキリ?ついに母さんがお金欲しさにドッキリ企画に娘を売った?
そう考えた涼音はカメラを探すが、部屋のどこを探してもカメラなどない。だったらなんだというのだ、この宝石は。
「とりあえず、今日は学校休もう」
そして、この宝石全部売り払おう。
涼音はがめつかった。それはもう、持ち主不明の宝石なら自分の物にしちゃってもいいよね、私の部屋にあったわけだし。と考えるくらいには。
それからも、涼音の周りで起こる不思議なことは続いた。
例えば、涼音が寒いから暖かくならないかなと強く願えば周囲に暖かな風が吹き始め、水道代勿体ないなと呟けばどこからともなく水がでてきた。
ハッキリ言って、異常である。
暖かな風はまだ偶然と考えることは出来るが、どこからともなく水が出てくるわけがない。
あの宝石類を売り払ったおかげでしばらくはバイトをせずに済む程の金額が手に入ったが、ちょっと摩訶不思議すぎて涼音は頭が痛くなった。
そして、それからまたしばらく経った今、
涼音は生命の危機に曝されかけている状態である。