六 困った患者
これで、怪談ナイトは藤原さんの話を残すのみとなった。
「藤原さん、トリですね!」
「期待してますよ」
マミちゃんと本条さんの言葉に、藤原さんは小さく笑うだけだ。もしかして、藤原さんも和美ちゃん達に無理矢理連れ出された口?
そう思っていたのに。
「そこまで怖いかどうかはわからないなあ。でも、割と新しい話ではあるよ」
そう言って笑った藤原さんを見て、ああ、この人も和美ちゃん達と同類なんだって悟った。
これは、二ヶ月前まで務めていた総合病院で聞いた話なの。病院名は伏せておくね。でも、割と大きい病院だよ。
そこで医療事務として働いていたんだけど、割とね、病院って「そういう話」が多いんだ。しかも、噂レベルでいろいろ話が回ってくるしね。
その話を聞いたのは、辞める直前くらい。最初はみんな「また出たよ」くらいの話だったんだけど、たった数日で話が変わっていったの。
最初は、ある病室からのナースコールがあるってだけだったんだ。でもその病室、今は開いていてね。誰もいないはずなのよ。
でも、この手の話は結構あるからみんなこのくらいなら「ああ、いつものね」で流すんだけど、その話は違ったんだ。
ナースコールがあったら、看護師達は行かない訳にいかないんだけど、誰もいないはずの部屋だってみんな知ってるから、行くのもゆっくりなんだよね。
で、その日もある看護師……みんなを見習って仮にAさんってしておくね。彼女が行ったんだけど、当然のように誰もいない。
それで、一応室内を確認してから戻ろうとしたんだけど、室内の奥、ベッドの向こうに何かいるのがわかったらしいの。
他の部屋の患者さんが間違って入る場合もあるから、そういう人がうずくまっているのかと思って声を掛けたらしいのね。大丈夫ですか? って。
そうしたら、その人がゆっくり動いてAさんを振り返ったそうなの。その振り返った人の顔、目の部分が穴が開いたように真っ黒だったそうよ。
さすがにしっかり者揃いの看護師でも、日常でないものを見たら悲鳴くらい上げるし逃げ出すらしいの。
それでナースステーションに逃げ戻ったAさんが半泣きで報告したら、最初は誰も信じなかったそうなんだけど、すぐにAさん以外にも同じような穴の開いた人を見る人が続出したらしくてね。
Aさんが初めて見てから三日目には噂が出回って凄かったわ。その部屋を最後に使ったのは誰だったか、なんて話まで出回ってね。
そんな事があったから、その部屋からのコールには誰も行きたがらなくてね。結局チーフが行く事になったらしいの。
夜勤の際、またその日も例の部屋からコールがあったそうだけど、待ち構えていたチーフが向かったのよ。
で、そのチーフが見に行って少ししてから、部屋からチーフの怒号が響いたそうなの。
『〇〇さん! いつまでここにいるつもり! とっとといきなさい!!』
って。ステーションの看護師達はぎょっとしたらしいんだけど、その〇〇さんって名前には、みんな覚えがあったんだって。
何でも、その部屋に入院していた患者さんで、しょっちゅうナースコールする困った患者として有名だったらしいの。
そのチーフが怒鳴った次の日から、その部屋からのコールはなくなったそうよ。その〇〇さん、チーフが大の苦手だったそうなの。
みんなは、苦手な人に怒鳴られたから、怖くなって出てこられなくなったんじゃないかって言っていたわ。
「……お化けも、人が怖いんですかね?」
マミちゃんの言葉に、藤原さんは緩く笑う。
「さあ。でも、よく聞く話だけど、生きてる人間が一番怖いって言うから、もしかしたらお化けも生きてる人間の方が怖いのかもよ?」
そういえば、そんな事を聞いた事がある。だから、むやみに怖がるよりも気を強く持て、って。誰に聞いたんだっけ。
私がそんな事を考えていたら、本条さんが藤原さんに何か言っている。
「藤原さん、あの話は?」
「あの話?」
「ほら、もっと古いやつ」
「ああ……でもあれは……ね?」
何だろう、まだあるのかな。いや、もう怖い話はお腹いっぱいなんですけど。
でも、そう思ったのは私だけらしく、和美ちゃんもマミちゃんも、本条さんの話に食いついている。
「本条さん! あの話って何ですか!?」
「藤原さん、実はもっと怖い話があるんですか?」
和美ちゃん達に言い寄られて、藤原さんが困ってるのがわかった。和美ちゃん、そこまでにしておこうよ。そう言おうとした途端、本条さんが口を開いた。
「いや、藤原さんに聞いた話なんだけどさあ」
そう言って、今度は本条さんが話し始めた。
去年の夏かな? 話を聞いたのは。藤原さんが働き出す前、知り合いが入院した病院での話らしいの。
その人が入院した理由は事故だったんだけど、足を骨折したらしくてね。入院する羽目になったそうよ。で、藤原さんもお友達と一緒にお見舞いに行ったそうなの。
普通に大部屋で、他にも患者さんが四人程いたそうだよ。そこは六人部屋だから、開いてるベッドは一台だけ。
その開いてるベッドが、藤原さんの知り合い……Aさんでいいか。Aさんの隣だったんだって。
藤原さん達が見舞いに行ったその日の夜、Aさんが寝ていると、何やら隣から声が聞こえてきたそうなの。
病院って消灯が早いから、まだ寝付けない人も多い事もあるそうだけど、その時は時計を確認したら深夜を回っていたんだって。
しかも、よく考えたら声が聞こえてくるのは、開いてるはずのベッドの方から聞こえてくるらしいの。
でも、前にもちょっとボケちゃったおじいちゃんが部屋を間違えて入ってきて寝てた事もあるそうだから、それかなって思ったみたい。
でも、その声がどう聞いても老人っぽくは聞こえないんだって。それどころか、そこは男性しかいない部屋なのに、聞こえてくるのは女性の声。
これは、入院患者が彼女でも連れ込んだか? とも思ったそうだけど、だったら邪魔しちゃ悪いとAさんはそのまま寝る事にしたそうだよ。
静かな室内だと、聞く気がなくても聞こえたりするけど、その時もAさんもそうだったらしいんだ。
ぼそぼそした声が、段々はっきり内容が聞こえて来ちゃったんだって。その内容が、おかしいのよ。
そうなると、やっぱり気になるじゃない? だから、Aさんも耳を澄ませて聞いたみたそうなの。そうしたら……
『うそつき、一緒になるって言ったじゃない……』
その声が聞こえた途端、Aさんの背筋がぞーっとしたそうなの。内容としては、そんなに怖い内容を言っていないでしょ? でも、聞いたAさんはたまらなく怖かったそうよ。
で、結局布団を頭まで被って念仏を唱えながら寝たそうなの。翌日、寝不足のまま検温を済ませたAさん、雑談混じりに同じ部屋の人と少し話したそうよ。
そうしたら、夕べの声はAさん以外誰も聞いていないってわかったの。
その夜、また声が聞こえたらどうしようかと思ったAさんは、その日は耳栓をして寝る事にしたんだって。
そのまま退院する日まで耳栓をして凌いだそうだけど、明日が退院って日になってその耳栓をなくしたの。
で、最後だしもう聞こえないだろうって思って寝たそうだけど、そういう時に限って聞こえてくるんだよね。
その日も同じ事の繰り返しで、でもAさんは明日の退院が待ち遠しかったから「うるさいなあ」くらいに思っていたんだって。
そうしたら、向こうの話し声がぴたっと止まったそうよ。そして、少ししてから、今度ははっきりした声で聞こえたんだって。
『ねえ、聞こえてるんでしょ?』
それは、Aさんのすぐ近くで聞こえたらしいよ。でも、それが聞こえた途端、Aさんは気絶するように意識をなくしたらしいの。
で、退院してから気になったから、「見える」知り合いに聞いてみたんだって。おかしなものをつけてきていないか。
そうしたら、そのAさんの知り合いは彼を見て、何もついていないって断言したの。
その声の事を話したら、耳栓をしたから相手に伝わったんだろうって話。正解は、何でもない風に流す事らしい。
で、Aさんがあれは何だったんだろうって言ったら、その知り合いの人が「たまたまそのあたりを通りがかっただけだろうね」って言ったそうよ。
その人が言った通り、Aさんはその後何の問題もなく過ごしているんだって。
でも、その入院以来、病院に行くのが苦手になったそうよ。




