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五 いちま様の話

「さて、じゃあ次は誰? 美羽ちゃん、いく?」

「へ!? わ、私!? む、無理無理無理無理!」

 和美ちゃんの言葉に、私は首を思いっきり振った。何て事を言うんだ。怖いものは苦手だって、和美ちゃんだって知っているはずなのに。

 そう言ったら、和美ちゃんはけろっとした顔で言う。

「えー? だって、この部屋であった事だって、立派に怪談だよ?」

「思い出させないでー」

 思わずいちま様をぎゅっと抱きしめてしまったら、またしても腕の中から不愉快な感じが漂ってくる。ごめんなさい、いちま様。でも、怖いものは怖いんです……

 そんな私を放って、和美ちゃん達は何やら盛り上がっている。

「え? じゃあ、本当にこの部屋で心霊現象起こったの?」

「うん、声が聞こえてきただけなんだけどね。何か、内容が『死ね』の大合唱でさ」

「何それ。質の悪いかき込みみたい」

「でも、録音しておいたらそんなのばっかりってのも怖いよ?」

「え!? もしかして、録音データがあるの?」

「あった、だね。後で確認したら、綺麗さっぱり消えちゃっててさあ」

「えー? つまんないなあ。聞いてみたかったのに」

 和美ちゃんにマミちゃん、全部聞こえてるよ。本条さんは何も言わないけど、彼女も何か期待しているみたいに見える。

 藤原さんは……微笑みを浮かべて静かに三人を見ていた。彼女も、内心期待していたりするんだろうか。

 話は、例の声が聞こえた現象をいちま様が撃退? した話になった。

「じゃあ、そのお人形が心霊現象を退治したの? すごいね」

「でしょー? なのに美羽ちゃんったら、いちま様の事凄く怖がっちゃってさ」

 その割には、今必死で抱きしめてるけどねー、という和美ちゃんの声に、私は反論する。

「しょ、しょうがないでしょ! 怖いんだから」

 あれだ、より怖いものがいれば、他の怖いものは多少我慢出来るってやつ。私にとって、いちま様が一番怖いんだな。

 でも、守ってくれる存在でもあるから、こういう時は頼っておく。ご本人は私の腕の中で不機嫌だけど。

「ねえねえ美羽ちゃん! そのお人形、どうやって心霊現象を撃退したの!?」

「え? えっと……」

 マミちゃんに迫られて、私はたじたじだ。大体、どうやってあの現象を消し去ったのかなんて、私もよくわかっていない。

 ……多分、ゲップから推測して食べ――

「うええええ!」

「な、何!? どうしたの?」

「な、何でもない! えっと、夜は寝ていたから、よくわからないんだよね、ごめんね」

 私の言葉に、マミちゃんは「なーんだ」とすぐに興味をなくしたらしい。良かった。あのまま追求されたら、ついぽろっと言ってしまったかもしれない。

「かあ、いちま様が何でそんなに怖いのか、教えて?」

「え?」

 意外な質問だった。だって、怖いものは怖いだけだし。

「和美ちゃんの話だと、ひいおばあさんから受け継いでるって話しじゃない? 何か、やっぱり由来とかあるの?」

「いや、特には……」

 ないよなあ、と思いつつ、子供の頃を思い出す。おばあちゃんから、いちま様は私が継ぐんだって言われただけだ。

 ただ、小さい頃からいちま様は私には意地悪で、見る度に怖い顔で凄んでくるんだよね。だから怖かったっていうか。

 首を傾げる私に、マミちゃんは不満顔だ。

「何かあるでしょ? 怖いと思った原因が」

「いやあ、子供の頃から怖かったから」

「えー? つまんないー」

 そんな事言われても。そういえば、マミちゃんは気になる事があるとしつこい性格だった。

 困っていると、和美ちゃんが助け船を出してくれる。

「まあまあ、いきなり言われても美羽ちゃんもすぐには思い出せないよ。それに、この部屋であった事だけでも十分じゃない?」

「でもさあ、いちま様……だっけ? お人形がどうやってお祓いしたか知りたいじゃない」

「わからないからこそ、怖いってのもありだと思うよ?」

「むー」

 何とか、マミちゃんが諦めてくれたらしい。和美ちゃんの言い分に、思い当たる事があるようだ。

 でも、それは私も実感している。いちま様が怖いのって、原因がわからないからってのが大きいから――って。

「あ」

「何?」

「……思い出したかも」

「え!?」

 和美ちゃんとマミちゃんが、それぞれ驚いた顔と期待した顔で聞いてくる。うん、多分、あれが最初だ。


 はっきりとは覚えていないんだけど、多分小学校に上がる前くらいだと思う。

 うち、母方のおばあちゃんと同居なんだけど、いちま様って普段はおばあちゃんの部屋にいるのね。

 人形なのに「いる」って言うのがおかしいって? でも、子供の頃からそう言ってるから……

 で、小さい頃はこのおばあちゃんの部屋に入るのが、凄く怖かったんだ。いちま様がいたからだってずっと思っていたけど、どうも違うみたい。

 よく考えたら、おばあちゃんに遊んでもらう為に部屋にはよく行っていたんだ。いちま様は常にその部屋にいるから、その頃はあまり怖いと思っていなかったんだと思う。

 ある日、いつも通りおばあちゃんの部屋に遊びに行ったら、何だか部屋の中が暗かったんだ。おばあちゃんもいないし。

 でも、子供だったからそのまま入っていったの。部屋で待ってれば、おばあちゃんも戻ってくるって思ったから。

 でも、待てど暮らせどおばあちゃんは来ない。そのうち、暗い部屋の奥から何かが這ってくるのがわかったんだ。畳の部屋だったんだけど、こう、ずる、ずるって音が聞こえてくる。

 音の方を見るんだけど、暗くてよくわからない。近寄ってよく見ようとしたら、這ってくるものから腕が伸びてきて私の手を掴んだの。

 今思えば、冷たい手に力一杯手を掴まれてパニックを起こしていたんだろうね。泣き叫んだと思うんだけど、声が出ない。声さえ出せば母がいるから、きっと助けてくれるって。

 でも、怖さからか声が出ない。で、どうしようもなくて泣き出していたと思うんだ。

 そんな中、いつの間にかその這っているものの背後にいちま様の姿があったの。今まで見た事もないくらい怖い顔をして。

 いちま様を見た途端、その這っていたものがどんどんいちま様に吸い込まれていったんだ。

 気がついたら、もう這っていたものはなくなってた。夢でも幻でもない証拠に、私の腕に掴んだ手の跡だけが残っていたんだ。

 それを見た親やおばあちゃんの騒ぎは凄くて、でも私は小さかったからうまく説明出来なくて。

 でも、翌日にはもう誰にも何も聞かれなかった。その代わり、いちま様が怖くてしばらくおばあちゃんの部屋には近づけなかったな。




「……いちま様が、その這い寄ってきた何かを吸い込んだって事?」

「いやあ、それがよくわからなくて」


 マミちゃんの質問に曖昧に答えたけど、私には一つ思い当たる事がある。この部屋であった異音騒動の時の事だ。

 あの時、いちま様はゲップしていた。さすがに小さい頃の時にしていたかどうかは覚えていないけど。

 という事は、吸い込んだというよりは、食べ――


「いやいやいやいや」

「どうしたの? 急に」

「な、何でもない」


 マミちゃんには何とか誤魔化し、腕の中のいちま様を見下ろす。今のいちま様は、少しだけ威張っているように見えた。

 まるで「あんたを守っているのは私なのよ? 偉いでしょ?」とでも言いたげだ。

 でも、あの時、助けてくれたのは確かだ。とりあえず、これからもいちま様のご機嫌を損ねないようにしようと思う。

 まずは、明日から一週間はコンビニケーキをお供えしておこうかな……

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