一 怪談ナイト
暑い夏と聞いて、まず連想するのは何だろう。入道雲。朝顔の鉢。海水浴。
人によって様々だろうけど、私の従姉妹である和美ちゃんは、よりにもよって最悪なものを選んだ。
「そりゃあ、夏と言えば怪談、怖い話でしょう!」
「やだあああああ!!」
泣いて逃げようとした私を捕まえ、彼女は一人暮らしのマンションに押しかけてきた。すっごい迷惑!
でも今一つ強く出られないのは、この部屋に越してきた頃にあった怖い出来事の時にあれこれ力になってくれたから。
別に「見えた」訳じゃないんだけど、奇妙な音がずっと続いていた。最初は気にもしなかったんだけど、段々おかしな内容が聞こえるようになっていったから、元来怖がりの私はとても怖かったんだ。
そんな中、実家から連絡があった。母方の曾祖母から伝わった市松人形の「いちま様」が呼んでるから、帰ってこいって。
普通、人形が呼ぶなんて事はないらしいんだけど、うちの「いちま様」に関しては、あっても不思議じゃない。
もうね、子供の頃からすっごく怖い人形だった。どうも私は嫌われていたらしく、側に近寄れないくらいだったんだ。私自身、小さい頃から遠目で見るだけで泣いて嫌がっていたっていうし。
で、実家に帰ったら、どうも妙なものが絡んでるって言われて、そのままいちま様を連れて部屋に戻る事になった。
帰ってきて、速攻例の音は消えた。消えたというか……いちま様が何かしたんだと思う。ただ、全部終わった後に聞こえたあのゲップって……そういう事なんだろうか?
とりあえず、あの後一週間はいちま様の好きなコンビニケーキをお供えしてご機嫌を取っておいた。
そんな私は、今でも怖いものは何でも嫌い。遊園地のお化け屋敷は言うに及ばず、ホラー映画なんてもってのほか。
そんな私に怖い話? 冗談はやめてよね。なのに和美ちゃんったら……
「大丈夫よ。怖い話してもし本物呼んじゃっても、いちま様が守ってくれるって」
「無理だよ! いちま様は致し方ない時しか助けてくれないっておばあちゃんが言ってた!」
「えー? でももう約束しちゃったしさあ」
約束って、何? 問い詰めると、和美ちゃんは顔を背けてしまった。それでも諦めずに問い詰めたら、やっと白状したよ……
「実はさ……友達数人誘って、怪談ナイトをやろうかと」
「何それ?」
「オールナイトで怖い話するの」
「どこで?」
「ここで」
「はあ!?」
何勝手に決めてるの。絶対に嫌だから! 和美ちゃん一人でも、怖い話されるのは嫌なのに、他にも怖い話持ってこの部屋に来るなんて。
「そういうのは、まず家主の許可をもらうべきなんじゃないの!?」
「だって、みいちゃんに言ったら絶対嫌って言うと思ったからー」
「当たり前じゃん!」
「大丈夫、怖かったらいちま様抱っこしてれば大丈夫!」
「余計怖いよ!」
その後も嫌だダメだと言ったのに、結局和美ちゃんに押し切られた……
怪談ナイトの開催は、なんとその日の夜だった。昼間から和美ちゃんに引っ張り回されたのは、だからか。他の約束を入れないようにしていたな。
和美ちゃんとコンビニのお弁当で夕飯を済ませ、おつまみやら飲物やらを買い込んで帰ってきてから約三十分ほど。怪談ナイト出席者達が集まってきた。
和美ちゃんのバイト仲間の藤原ゆきさん、同じくバイト仲間の本条えりかさん。藤原さんは少し前まで大きな病院で働いていたんだって。本条さんは和美ちゃんと同じ学校の同学年。
最後の一人は私も顔を知っている、和美ちゃんの高校時代からの友達の川田マミちゃん。彼女は私の事を「美羽ちゃん」って呼ぶ。
「美羽ちゃん久しぶりー!」
「マミちゃんだー! 久しぶりー! ……って、マミちゃんも和美ちゃんに引きずり込まれたの?」
「あははは、引きずり込まれたって何さー」
「えー、だってさあ……」
「あ、さては美羽ちゃん、怖い話嫌いなんでしょ?」
「うん」
私があまりにきっぱり言い切ったからか、マミちゃんは何かびっくりしていた。でも、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「まあまあ、怖い話なんて、慣れだよ慣れ」
「そうかなあ……」
「今日は、集まった人がとっておきの話を披露してくれるっていうから、楽しみだよね」
「全然楽しみじゃない……」
どこが楽しいんだろう。でも、マミちゃんは強がりでもなんでもなく、楽しそうにしているんだよね。あ、和美ちゃんもだ。
「さあ、じゃあ始めようか。あ、みいちゃんはいちま様を連れてきて」
「もういる……」
「え?」
和美ちゃん、気付かなかったの? さっきからそこのテーブルでスタンバイしているよ。
おつまみを買うついでに、いちま様に備えるケーキも買ってきたから、それ目当てかもしれないけど。
「さすがいちま様……」
「和美ちゃん……それどういう意味よ」
和美ちゃんを睨むけど、本人はどこ吹く風だ。そんな和美ちゃんに、マミちゃんや本庄さんが話しかけてきた。
「へえ、このお人形が例の?」
「そう、いちま様」
「ふうん。綺麗な市松人形よね。とてもそんな怖い事を起こすようには見えないけど」
「本庄さん、いちま様が怖い事を起こすんじゃなくて、怖いものから美羽ちゃんを守ってくれたんですよ」
「へえー」
マミちゃんも本庄さんも、和美ちゃんの言葉を聞いていちま様を見る。横にいる私ははらはらし通しだ。ここでいちま様がへそを曲げたら、何が起こるかわからない。
でも、私の杞憂だったようで、いちま様が怒る事はなかった。先にケーキをお供えしておいたからかな。
さて、そんなで始まった怪談ナイト。トップバターはマミちゃんだ。




