恋心
普通じゃないって、そんなことは分かってる。分かってた。
それでも伝えたかったの。わたしにとって貴女が特別だってことを。
ただ伝えたかっただけ。受け入れてほしいとか、なにかを返してほしいとか、そんなことは考えてなかった。
だって最初から、受け入れてもらえるなんて思っていなかったから。
拒絶を覚悟の告白だった。
これで最後だから。これでお別れだから。その前に、わたしの正直な気持ちを、想いを、ただ貴女に伝えたかっただけなの。
わたしが、後悔しないために。
でも、こんなことになるなら言わなければよかった。
こんなふうに、貴女を失うことになるのなら。
拒絶は覚悟していたの。
でも、貴女から返ってきたのは、覚悟していた拒絶よりも、悪いもの。想像よりも酷い言葉。想像もしなかったほど、惨い言葉。
否定と侮蔑。
貴女はわたしのすべてを否定し、これまでのわたしと貴女の関係さえ否定した。
ああ、壊れていく。わたしの愛した貴女が、わたしの告白のせいで、わたしの目の前で、壊れていく。
粉々に、砕けていく。
ああ、やめて。これ以上、壊さないで。わたしの愛した貴女を、これ以上。
美しいはずのその顔を醜く歪めてわたしを詰る貴女の言葉を止めたくて、手を伸ばした。その手を怖れるように貴女はさらに顔を歪め、まるで汚れた物でも見るような目をしてわたしの手から逃れようと身をよじり、
踵を返して駆け出そうとして、
バランスを崩して、
落ちて、いった。
* * *
動かなくなった貴女の体を抱きしめる。
石段を転がり落ちたその体はあちこちが奇妙に曲がっていて、傷だらけで、汚れた服に赤い染みができていたけれど、その顔はほとんど傷ついていなかった。
瞼を閉ざした顔はまるで眠っているように安らかに見えて、まだ紅い唇は今にも動き、言葉を発しそうなのに。
貴女は二度と覚めない眠りに落ちてしまった。
貴女の白い頬に自分のそれをすり寄せ、呼吸を止めた唇がかつて幾度となく紡いだ言葉を思い出す。
──大好きよ。ずっと、一緒にいようね。
それは、わたしが焦がれるほどに求めた言葉。けれど、わたしの求めたものとは意味の異なる、言葉。
貴女の隣で過ごした時間は長いようで短くて、その間に幾度、その言葉を聞いただろう。
大好き、と言われるたびに、わたしの心臓は早鐘を打った。
その言葉に込められた意味が、わたしが求めているものではないことを分かっていても。
何度も何度も、その言葉に浸されて、勘違いしてしまったんだ。
──わたしたち、一生のお友達でいましょうね。
そう、貴女は言っていたのに。
貴女がわたしに向けてくれた「大好き」は、わたしが貴女に抱いた「大好き」とは違っているって、分かっていたのに。
友達で、親友で、満足しなきゃいけなかったのに。
最後だからって。もう会えないかもしれないからって。わたしの「大好き」を、その意味を、伝えたくなってしまった。
伝えるべきじゃなかったのに。
伝えてしまったから、
だから、ほら。こんなことになっちゃった。
石畳に貴女の血が広がる。
抱きしめた体から、ぬくもりが抜け落ちていく。
その唇から紡がれていた、わたしを拒絶し、否定する言葉は止まった。けれど引き換えに、二度と微笑むこともない。
嫌悪を宿してわたしを見た瞳は閉ざされた。その瞳にわたしが映されることは二度とない。
永遠の沈黙に沈んだ貴女は、わたしの愛した貴女に戻り、そのままの姿で保存される。
汚されることも壊されることもなく、貴女は永遠に、わたしだけのものになった。
なのに、あぁ、貴女が最後にわたしに投げつけた言葉が、
わたしの告白に貴女が返した言葉が、
耳の奥でずっと、渦巻いているの。