貫く力。少年と少女。
「少年、当たらなくていいから撃って撃って撃ちまくるノ!」
「もうやってる!」
僕は西野さんにお姫様抱っこでかかえられながら、後ろに向かって矢を撃つ。体勢的に西野さんの首元へ腕を回さないといけなかったり、胸に身体を押し付けないといけないが、無理やり気にしないようにした。
魔法の弓は弦は運が良いことに人体には作用しないらしく、西野さんの体を突き抜けるように弦が動作してくれる。もしかしたら僕の創造でそうなってるのかもしれないが、今は気にしなくても良いだろう。
「まどろっこしいからその動作も省略するノ!」
「はぁ?それじゃあ矢が引けないんだから飛ばないだろ」
「魔法なんだから想像するだけで矢なんて撃てるノ!複雑な軌道ならともかく、直線で放つだけなら素人でもそれで充分機能するノ」
「え……。西野さん、本当?」
「本当。ただ、ちゃんと想像出来ないと魔法は発動しない。ボールを投げるのが下手な人が、自分でボールを綺麗に飛ばす想像出来ても、心の中で出来ないと思ってしまえば発動しない」
今の例えは西野さん本人の事だろうか。それにしても、魔法はやはり魔法だった。つまりは頭の中で弓を引いて矢を飛ばす想像さえ出来るのであれば、弓すらなくても矢を射れるという事だ。
鏡越しや他の部員を見て、矢を射る時の姿は大体想像出来る。流石に弓の無い状態で想像できる自信は無いため、弓を相手に向けた状態で、その姿を想像する。
頭の中で矢が飛んでいくのを想像しきった時、独りでに矢は想像されて、追ってくる群れに向かって飛んで行った。
「これなら少しだけど速度が上がる。数が減らせるかも!」
「良い調子なノ少年!」
僕は頭の中で描いた動きをひたすら魔力として具現化していく。精度より量を選び、敵の方を睨み『この辺り』といった具合の狙い方だ。それでも大なり小なりダメージは与えられているようで、成果はまずまずと言ったところだ。
ゴールドフィッシュが群れに交じっていたらこんな狙い方は出来なかったが、幸いにも足が遅いようで位置取りは群れの遥か後方だ。ミストストーカーの中では名の通りの色合いを帯びているため、明るい場所は狙わないという意識さえ手放さなければそうそう当たる事はないだろう。
僕の矢なら倒せるかもしれない、という過信はせめて周りの敵が消えてから持つべきだ。今はひたすらに敵の数を減らし、ストックを減らさせ、ゴールドフィッシュの生産能力を削ぐ。西野さんが立ち止まらなければいけなくなるまでにどれだけあいつの力を削いで回りのミストストーカーを減らせているかが生存への鍵だ。
「ツッキーそろそろ頂上に着くノ。このまま下り坂に持ち込めれば相手の速度が落ちて更に勝機が見えるノ」
「けれど山の反対側はあまり舗装されていないから私たちも危険。むしろ私たちの方が速度を落とす必要がある」
「じゃあ進路変更なノ!」
「無理よ。増えた敵が徐々に展開していってる」
ずっと真後ろにばかり向けていた目を左右へ向けると、確かに逃げ出した当初に比べて敵が広がりつつあるように見える。現状は包囲と呼べるほど広がってはいないが、逃げた方向に反対側の敵までも集結したらそれは包囲と呼べる形を作り上げていくだろう。
「もしかして増やしすぎた……?」
「大丈夫よ。止めなかったのは私で、迎え撃つのも私。この山は頂上が広いようだから迎え撃つ。来た道を逃げられれば、補装されてる下り坂な分涼太でも逃げられる可能性がある」
じゃあ西野さんは?
そう聞くよりも早く、西野さんは大きく跳躍する。
足元に広がるのは比較的平らな地面で、進路上を大きく進むと下り坂になっている。頂上だ。話している間に西野さんの言う「もう少し」を走り切ってしまった。
僕が逃げ出す状況は間違いなく西野さんが囮になる状況だろう。そうでなければ今と同様僕を抱えて逃げれば良い。
それならばここは最終地点で、勝利すべき場所だ。
僕は矢を撃ちながら考えていた事を試行する。弓のイメージを一度捨て去り、次の武器を模索していく。イメージで矢が撃てる。それは方法を知っているからでもあるが、実は途中からイメージを変えても成功していた。
魔法の矢は軌跡を描く直線的な動きのせいで、矢というより閃光のイメージを強く感じる。それならばと弓を中間点としたレーザーをイメージしてみた。イメージを大きく外さないように太さは変えなかったが、それは成功していた。
想像の原点が弓だったため速度は変わらなかったが、イメージが異なっても漫画が映画ではお馴染みの武器だ。出来ないという想像がまず出来なかった。
それならば弓よりも強く、早い武器を想像したらどうなるだろう。
僕は迫る敵に襲われる恐怖に圧し潰されそうになりながらも目を閉じる。ゲームやアニメでしか見たことないものを創造するのは、流石に視界に左右されながらでは難しい。
鉄で作られた筒。消費される弾を創造する自信が無いため、形状は丸く装弾式。歴史の教科書で扱われ、漫画やゲームで雑賀衆が扱うから印象にも残っている。
機能は要らず、体のみを生成。引き金を引けば筒を通り弾が撃ち出されるその原理のみを創造。
「それは……」
目を開けた時、僕の手元にはひとつの武器があった。
古くに使われていた武器、火縄銃だ。もっと最新の銃の方が良かったとは思うが、連続で弾が放たれるというのがいまいち想像出来なかった。まずどうやって弾が自動で装填されたり、弾を撃ち出したりするのだろうか。
その点昔の銃は、弾を撃ち出すために何かを起こしたり、引き金で弾を撃ち出す事に直結させているため分かりやすい。ただ、火を付けてどうこうという手順は全く理解出来ないため省略だ。
起きている撃鉄のようなものを引き金によって下ろしたら弾が出る。その工程を踏んだらこの火縄銃は使えなくなる、そういう創造で組み上げた。撃つ度に火縄銃を変えるのは昔の合戦でも使われていた方法らしいから、使い方としても大体合っているはず。つまりこれで弾が撃ち出せるはずだ。
僕はとりあえず構えてみる。絵や写真でしか見たことのない火縄銃を模倣したため、照準は一切無い。なんとなく銃口と敵の群れを合わせて深呼吸をする。
決心が決まって引き金を引くと、矢と同様に金の閃光が飛んでいく。
弓矢と違いがあるとすれば、それは速さだ。なんとか目で軌跡を追えた弓矢だが、銃から放たれた閃光は一瞬で線となった。線の引かれた位置に居た複数のミストストーカーは、体に閃光と同じ大きさの穴を穿たれ、数秒の後に四散する。
成功だ。
「しょ、少年?それは何なノ……?」
「火縄銃。大雑把な飛ばす原理と形は知ってるし、使った戦いも授業で習った。だから想像してみたら上手くいったんだ。良かったぁ」
僕は一瞬安堵して身体から力を抜きそうになったが、すぐに引き締めなおす。ミストストーカーは怯んで足取りを止めていたが、こちらも同様に気を引き締めなおしたのか再度進行を再開してきた。
僕は銃を捨てると、新たな銃を創造する。今度は二挺、一挺は宙に浮かせて勝手に引き金を引く幽霊を創造してみたが失敗した。誰の手元にも創造されなかった火縄銃は重量に従って地に落ちていく。
「ごめん、これ強いけど連射とか無理みたい!ゴールドフィッシュ以外はさっきと一緒で弓で行こう!」
手元にある火縄銃を使い、落ちた火縄銃も使い切る。
計三射で十体を超える敵は貫けただろう。それでも敵の数は衰えず、その動きは黒い波となって僕たちに迫ってくる。
「涼太はそこから敵を狙って。矢の弦と一緒で、涼太が傷つけたいと思わない限り貴方の矢は私を貫かない」
西野さんはそれだけ伝えて、いつものように敵へ向かい突進していく。下り坂に勢いを付けられないのか、一歩一歩が跳ねるように進んでいく。
僕は西野さんの言葉を信じて矢を生成する。創造の仕方を把握しきったためもう弓は要らないだろう。身体を引き絞る姿勢に保ち、右手の指を離す事で矢を放つ。最低限狙いを付ける上ではこれが一番僕に合っていた。
僕が放った矢は真っすぐ飛んでいき、後方から襲い掛かろうとしていたバットを西野さん共々撃ち抜く。バットは穴を穿たれ四散するが、頭を射抜かれた西野さんの身体には何ら異常が見られなかった。
強がっている可能性はあるが、もしも僕の矢が傷つける事があれば場所が場所だけに強がり程度ではどうにもならないだろう。
僕の矢は、間違いなく西野さんを傷つけなかった。
「さぁ、反撃の時間なノ!」
日はとうに落ち切り、灯りの無い山の上では頼るものが何も無かった。本来なら満面の星空が見えてる頃だが、生憎とこの空間には星空という概念が存在しないらしい。僕は照明弾を真似て、ドームの天辺に停滞した照明弾を打ち上げる。
魔力を電気に見立て、光る電球のような玉を作ったのだが上手くいってくれた。時々光が弱まり不安だが、消えたらまた打ち上げれば良いだけだ。
あれからも増え続ける敵を西野さんが抑え込み、僕は上と左右を回り込んでくる敵に対して対処を行っていた。
「少年、また左から敵が三体来るノ」
ラビに言われた方へ視界を動かすと、テイルラット二体とバット一体が二十メートル程の距離まで迫っていた。
矢を創造し、三度射る。うち一発はテイルラットに当たったが、他二発は地を穿つに留まった。僕の腕前だとこれが限界だ。咄嗟に構えを解き、火縄銃を創造する。せめて一体、西野さんが苦手と言っていたバットを処理できれば、西野さんが来るのを耐えるだけで何とかなるかもしれない。
狙いをバットに構え、呼吸を整える。流石に学習しているのか、バットも身体を左右へ揺らしながら飛行している。その分進行速度が遅くなるがテイルラットが迫っているのは変わらないためピンチのままだ。
なかなか撃ち出されない弾丸にリズムをバットが崩す。そこを狙い引き金を引くと、吸い込まれるように閃光がバットの体を貫く。
下へ視線を向けると、僕の眼下までテイルラットが迫っていた。僕へと飛びつこうとしているテイルラットに向け、僕は弾の入っていない火縄銃で殴りつける。
体格差でテイルラットが吹き飛ぶ予定だったのだが、あいつの力は僕が思っているよりも強かったらしい。テイルラットが飛ばされるのに合わせ、僕も上体を大きく反らされる。
「いたっ……!」
勢いに耐えられず尻餅をついてしまった僕は急いで体勢を立て直すも、始動は向こうの方が早かった。
僕が膝立ちになり矢を射る体勢を取った頃には、既に僕の首元数センチまで口を大きく開けたテイルラットが迫っていた。
あぁ、これでも鼠だし噛まれたら病気とかになるのかな。
場違いな思考を巡らせるほど、今の僕は状況に追いつけていない。戦うために生まれた鼠と、ただただ平和を謳歌していた人間では差が生まれるのは当たり前なのだろう。
守るも攻めるも間に合わない状況に、遅く動く時間の中で瞼を閉じる。出来れば痛みは一瞬、出来るなら無い方が良いと願ってみたが、痛みは一向に僕の首を襲わなかった。変わりに吹き抜ける風が前髪を揺らし、僕は知っている匂いに目を開ける。
眼前には金色の髪を靡かせた西野さんが、僕の首の前を通すように拳を突き出して立っている。
「にし……っ!」
お礼の言葉をかけようと口を開く僕だが、言葉が続かなかった。
魔法少女としての衣装は至る所が噛まれたのか食い千切られ、露わになった肌は赤い跡が多く見られる。大きさは様々だが、至る所を肉ごと食い千切られていた。
よく見ると傷口が金色に光少しずつ小さくなっていってるが、その速度は決して早くない。
「大丈夫。魔力の消費を抑える為に回復が遅れているだけ。それに痛覚は魔法で遮断しているし、傷も残らない」
そうじゃない。
そうじゃないんだと口にしたい。
身体をボロボロにして、血を流しながら戦う事を人は大丈夫と言わない。痛々しさが表情にまで現れている西野さんに僕は声をかけたいが、その一端に僕が関わっているのだから僕は何かを言える立場じゃない。ありがとうもごめんもきっと今の状況では自己満足で終わってしまうし、何より全てが終わり切ったわけではない。
それならばせめて。
「西野さん、僕の魔力は使えない?出会った当初ラビには魔力タンクなんて言われたんだ。僕から魔力を持って行ったってきっと大丈夫なはず」
西野さんは僕の言葉に視線を交わす。方法なんて知らない。出来るかも分からない。それでも可能なのであれば、僕は西野さんの辛さを減らしてあげたい。
「手を出して」
言われ、僕は右手を西野さんの前へと突き出す。と言っても、今し方助けてもらったばかりのため距離はほぼゼロに近しいので、手のひらを見せていると言った方が正しいか。
西野さんはガントレットを付けた左手で僕の手を握りしめる。西野さんが「コネクト」と口にすると、僕と西野さんは魔力の光に包まれ、身体の中を巡っていた何かが、右手を通して西野さんの方へと流れていくのを感じ取れる。僕の魔力は流れ以外にも見て取れ、西野さんの傷口は見る見るうちに塞がっていく。
十数秒ほどあれば傷口は全て塞がってしまいそうだが、流石にミストストーカーはそれを許してくれないようだ。
西野さんが抑えていた方から敵が流れてきており、その中には足が遅く追いつけていなかったゴールドフィッシュの姿も見て取れる。その姿は当初とは見違える程細くなっており、殆ど身が膨らんでおらず平らになっていた。
つまり今眼下に映っているミストストーカーが全てで、これを全て殲滅すれば終了という事だ。僕が倒したミストストーカーは五十を間違いなく超えていないため、傷からして間違いなく西野さんが捨て身でバット共々相手にして数を減らしてくれていたのだろう。
「あと一息、だよね?」
「その通りよ」
西野さんの口癖のような、端的な口調の中では初めて肯定的な台詞が聞けた気がする。
その返答に僕は自然と口元が緩んでしまうが、この小さな変化を指摘するのも全てが終わってからだ。
「他は任せて涼太は金魚を」
西野さんはそれだけ僕に伝えて再度敵の中へと戻っていく。迂回してくる敵も数を減らして関係で居なくなったのか、僕もゴールドフィッシュだけに意識を向けられそうだ。僕は手に持っていた弓を破棄して、新たな火縄銃を創造する。
魔法の矢と弾は敵に当たっても威力減衰を感じられなかったため、他のミストストーカー全てが身を挺してもゴールドフィッシュは撃ち抜けるはずだ。
僕はゴールドフィッシュへ火縄銃を向け、呼吸を整える。意識を少しだけ西野さんの方へ向けるが、西野さんが敵を四散させても増殖の予兆は見られない。間違いなく打ち止めだ。
僕はゴールドフィッシュのみに意識を戻し、安定するよう呼吸をゆっくりにする。息は半分吐いて止めると、昔ゲームの誰かが言っていた気がする。
ゴールドフシッュは西野さんを警戒しているのか、鈍足ながらも体を上下左右へ揺らしている。今は静観しているが、僕が外したことで自体が悪化するのだけは避けたい。そのためゴールドフシッュが動きを止めるのを待つ。
体感では既に何分何十分と立った頃、ゴールドフィッシュは同じく静観している僕に標的を変えたのか、僕の方へ身体を向けて静止する。
今だ、と僕は引き金にかけていた指を引く。
銃口から放たれた金色の閃光は口を開けていたゴールドフィッシュに吸い込まれるように飲み込まれていく。遠くからしか見ていないが軽トラ程の大きさはあるのだ、外すわけがない。
巨体に阻まれて抜けていった閃光は見えないが、間違いなく抜けているはずだ。多分きっと。しかし刻一刻と過ぎているにも関わらず金魚は崩壊の様子を見せない。嫌な可能性に冷や汗がひとつ、頬を伝い落ちる。
が、それは杞憂だったようだ。
ゴールドフィッシュは体の色が頭部から順番に色あせていき、全身が色褪せると共に、その体を四散させた。
「やっ……た!」
「ノ!」
僕とラビは嬉しさの余り声を上げる。
後は西野さんと共に残っているミストストーカーを殲滅すればこの戦いは終わりだ。




