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群れ。金魚と共に。

「あっちもワラワラ、こっちもワラワラ。幾ら何でも多すぎなノ!この増殖速度は前代未聞なノ!」

 西野さんの肩に掴まっているラビが叫ぶ。

 僕を抱えて走っている西野さんの表情も苦く、僕たちが良くない状況である事を嫌でも実感してしまう。

 全ては空間に入った時に始まった。


 あの空間を外から見たのは初めてだったのだが、魔力を通した目には内側が殆ど見えないドームが山を覆っていた。

 それなりに横幅のある山なのだが、それがすっぽりと覆われてしまっている。中に居た時はそこまで感じなかったのだが、あの内側が見えなくなっているのは霧なのだろう。ミストストーカーの所以が見て取れる。

「この規模、初めて見た」

 西野さんは今まで見たこと無い程に口を開け、ドームを見上げている。西野さんの肩に乗っていたラビは故障しているセンサーのように耳が縦横無尽に動き回っていた。

「中に居るミストストーカーは一体一体はサイズが小さい種類なノ。けれど数が多くて、今の所確認出来たのはミストストーカー・バット。外見上はただのコウモリだけど、普通のコウモリと違って大きいノ。近づいて確認出来たけど今回はもう一種類居るっぽいノ。ミストストーカー・テイルラットがニ十体くらい。尻尾が長くて、集団で尻尾を使って相手の行動を抑制したり物を投げたりしてくるノ。二種類とも大きさは大体子犬くらいで、主な攻撃手段は噛みつく事なノ」

 ラビは耳を振り回しながら説明してくれる。個々の特性を説明しているのは僕の為だ。子犬サイズの蝙蝠や鼠は想像したくないが、情報を知らないで対面するよりは気が楽になる。気がするだけだが。

 僕は目を薄く閉じ、頭の中に弓をイメージする。本当なら取り回しの利くショートボウのような弓をイメージする方が良いのかもしれないが、僕は部活で使っているリカーブボウしか浸かった事が無いためそれを想像する。敵に近づかれて弓が邪魔になった時は破棄して落ち着いたタイミングで再度想像すべきだろう。

「上手くできた。それでラビ、どうやってあの中に入るの?僕はいつも気付いたら飲まれてたから……」

 僕は手に現れた弓の感触を確かめながらラビに聞く。狼の時は先に入ったのか後に入ったか今でも分からないし、知らぬ間にあの空間は消失していた。今回は話に出ていないが、もしかしたら敵によってドームの性質も変わるのかもしれない。そしてスライムの時は飲み込まれた側のため入り方は分からない。

「それは簡単なノ。ドームに触れれば良いの。中に魔法の扉を繋げる方法でも良いけど、ミストストーカーのせいで地形が変わってるかもしれないし、囲まれても困るからドームの外側から入るのが一番なノ」

 西野さんとラビはそのままドームへ向かって歩いていく。得体の知れないあのドームに触るというのが気の引ける材料ではあるが、怖気づく足を叩いて無理やり前へと進む。

 元々ドームの数十メートル手前まで歩いてきたからそこまで距離は無かったが、間近まで来ても尚ドームの内側が見えないのは少しだけ恐怖を覚える。

「まずは私とラビが入るから、安全確認のテレパシーを受けたら入って来て」

 僕が頷くのを確認すると、西野さんはドームへ歩きそのまま入っていく。

 五分程ドームの外で待機していると、中から西野さんのテレパシーが反ってくる。

(入った周囲はひとまず安全そう。ただ、時間が経つにつれてドーム内の反応が増えていってるらしいから早めの対処が必要)

 後半にて不穏な台詞が聞こえたが、今は一旦それを抜きにしてドームへと足を進める。後半に対して怯えた所で見過ごせないのは変わらないんだ。それならば前へ出続けるのが正しいのだと思う。

 僕は弓を左手に持ったまま、ドームに触れる寸前で止まる。弓の上部でドームに触れてみると、触れた部分から波紋のような波がドーム全体に広がっていく。ミストストーカーにとっての鳴子のような意味合いでもあるのだろうか。

 触れても波紋が広がる事以外は変化は起きないようだ。肉体に問題が無いのであれば、既に西野さんがこの波紋を起こしているはずだから鳴子だろうが何だろうが関係ない。

 僕は空いている右手でかき分けるようにドームの中へと進む。視界がドームの内側へと潜ったとき、目に映ったのは幾度も見てきた、普段とは違った色をした風景だ。

「それで、敵って……」

 何処にいるのか、それを聞こうとした瞬間だった。

 ドームの中央側に向かって数歩程度の地面に紫色の霧がかかる。濃さからして煙の方が正しいだろうか。

 それがひとつ、ふたつ。みっつと増えていく。

「少年、その煙を撃ち抜くノ!それを放っておくと敵が増えるノ!」

 ラビは耳を器用に動かして紫の煙を指す。咄嗟の事が連続して頭の処理が追い付かなかったが、『敵』『撃ち抜く』この二つは理解できた。

 僕は焦って覚束ない手を動かしながら弓を構え、矢を創造する。距離が距離な為外す事はないだろうが、問題は数だ。このちょっとしたやり取りの間にも何個か煙が増えている。

 僕は確実にひとつひとつ煙へと矢を撃ち込んでいく。魔法の矢が当たった煙は矢によってできた穴が次第に広がっていき消えていく。

 西野さんも拳を使って削ってくれているが、それでも生成される煙の方が早かった。僕が撃ち漏らした煙から敵の姿が現れる。

 六十センチ程の体格をした鼠、おそらくこいつがテイルラットだろう。尻尾を含めれば百二十程の大きさだろう。余り鼠を見たことが無いせいか、とっても気持ち悪い。所詮大きな鼠と高を括っていた自分を殴りたい。

 その一体に気を取られていたせいで、地上空中問わず霧の中から敵が現れ始めた。

 西野さんは敵に囲まれるのを回避するためかこちらへと戻ってくる。

「ごめん西野さん、撃ち漏らした」

「結局は中に最初から居たのが来てた。今はこれを処理しながら対処方法を探すのが優先」

 西野さんはドームを左手にこの場を離れていく。僕もそれに続くように入りだした。後ろでは煙から生れたであろうミストストーカー達が叫んでいる。まだ追ってくる音がいないのは不幸中の幸いだろう。

「二人とも進路をもう少し右に取るノ!入ってきた反対側、少し中央寄りに敵の反応が固まってるノ!」

 西野さんはラビの声を聞いて内側寄りに進路を変える。僕はというと、運動部なのに既に息が上がってきていた。斜面を走る経験がほとんど無かったのも原因のひとつだと思うが、恐怖に駆り立てられているのが一番の原因だろう。慣れてきたとはいえ怖いものは怖い。どうしても恐怖と緊張で呼吸が普段通りにならないのが原因だと思う。

 後ろから息の荒くなった声を聞いていたからか、西野さんが足を止め僕の方へと振り向く。

 息を整えて理由を聞こうとするが、それよりも早く西野さんは片腕を僕の膝裏に入れて、僕を持ち上げる。このパターンは知っている……お姫様抱っこだ。

「ごめっ……ん……」

 僕が無理やり声に出すより先に、西野さんは再び駆け出している。先ほどよりもその足取りは早く、西野さんは僕にペースを合わせていたのだろうと思うと申し訳なさしか出てこない。

 西野さんは「いい」と声にしただけで、ひたすらに進み続ける。

「このペースで行けば十分くらいで密集地帯に着くノ。近づいてやっと分かったけど、固まってる集団の中に一体だけ大きいやつが居るノ。周りのが邪魔でどのタイプかは分からないけど、親玉で間違いないと思うノ」

 西野さんは作戦を思考しているのか、さっきより速度を少し落としている。後ろからミストストーカー達の声はするものの、その距離は一向に縮まっていないように感じられるから速度が落ちても追いつかれる事は無いだろう。

「ラビ、周りに居るミストストーカーについては分かる?」

「それは勿論なノ!ミストストーカー・バットが八割、ミストストーカー・テイルラット二割。目的地の敵だけ数が変わってないから、テイルラットがニ十体なのは変わらず、つまりミストストーカー・バットは八十体なノ」

 その数を聞いて僕は絶望する。距離が開いていく一方だから西野さんより速度は遅いはずだが、僕よりは間違いなく早い。実際問題、西野さんに抱えられていなかったら僕はとっくの昔に後ろから追いつかれていただろう。

 「テイルラットの相手は可能。けどバットは無理。私に飛行能力は無いから。跳んだら回避も出来ないし、詰み」

 西野さんはそう言って僕へと視線を向ける。昔跳んで避けたら次を回避する事が出来ないと漫画で読んだが、その通りだろう。地に落ちるまで体勢以外変えられないのだから無防備も良い所だ。

 けれど僕が八十もの敵を射抜くまでに襲われない可能性はゼロに等しいだろう。狙ってくる敵が棒立ちで射ていれば当たり前だ。

「受けたり弾く事は可能。倒しきるまで、涼太は守る」

 僕の不安は表情に出ていたのだろう。西野さんは表情を柔らかくしてそう口にする。日が落ち始めていて足元も少しずつ見え辛くなってくるが、西野さんの表情はまだ見分けられる明るさだ。

「頑張ってみる。けど西野さんも無理はしないでね」

「無理よ。守るのは私たちの務め」

 方針は決まった。ゲームで言う所の『全力で行こう』だ。ただゲームと違うのは死んだらお終い。怪我をしても全力で戦えるわけでもない。西野さんが守ってくれると言っても、無傷で済むわけではないだろう。だから僕に要求されているのは、どれだけ早く敵を倒しきれるか。

 その結果次第では西野さんの怪我が増えていき、最終的には撤退に繋がってしまう。弓では間違いなく目的を果たせないだろう。けれど僕に扱える武器はこれしか知らない。

 そうこう悩んでいると、西野さんが足を緩めていく。

 思考していて進行方向から外していた視界を戻すと、正面には黒く蠢く水溜まりと空間が離れた所に見えた。

「あれって……」

「ミストストーカーの群れ」

 西野さんは端的に答える。

 比較的緩やかな傾斜になっている個所に、僕達とミストストーカーの群れは立っている。まだ距離があるため数までは分からないが、地上の濃さと空中の濃さがラビの言った通りの割合のようだ。

 そしてその奥に、今まで見たことのないタイプのミストストーカーが鎮座している。

「ミストストーカー・スカイゴールドフィッシュ。様々なミストストーカーを生み出して従えるタイプなノ。他にもミストストーカーを生み出すやつが居るけど、その中で一番厄介な相手なノ」

 テイルラットとバットの丁度中間辺りを浮遊しているスカイゴールドフィッシュ、空飛ぶ金魚。

 食べ過ぎた金魚のように丸々としていて、正直見た目からしたら全く害の無いように見えるが、ラビが厄介と言うからには何か隠し玉を持っているのだろう。

「空を飛ぶ、酸を吐く、鱗が硬い。お腹が膨らんだま倒すと大爆発を起こす。鱗を貫かれて命が危ないと判断すると空高くまで飛んで酸の雨を降らしてくるから、倒すなら一撃必殺が必要」

 ゴールドフィッシュのゴールドが黄金の意味だとしても金は柔らかいはずなのだが、やはり常識から一脱した生物にはその辺り関係ないのだろうか。

「硬いって、具体的にはどれくらい硬いの?」

「他の魔法少女の話では、時速百四十キロくらいで槍を投げてやっと刺さったらしいノ」

 その速度で槍投げをする図が想像出来ない。どんな魔法少女ならそういった作戦を思いつくのだろうか。というよりどうやって測ったのだろうか。

 ただ、問題なのは僕等に同様の手段が無い事だ。弓矢であれば速度的には足りるだろうが、質量としては槍に比べて圧倒的に軽い。魔法故に質量の関係性は些か疑問だが、一発勝負を要求されている中で試行錯誤は愚策だろう。

 それにこの数を襲われる前に倒す手段も考え付いていないし、後ろからは刻一刻と生まれたミストストーカーが迫っているはずだ。間違いなくこの状況は八方塞がりだ。ラビの口ぶりからして西野さんも戦うのは初めてなようなので、経験則も通用しない。

「西野さん、同じ速度で拳を突き付けられたり?」

「不可能よ。あの子は頭のネジが飛んでるからそういった戦い方が出来るだけ」

 どうやら西野さんにも勝利への道筋は見えていないらしい。もう少し考える時間が欲しかったが、ミストストーカーはその時間を与えてくれないようだ。正面で固まっていたミストストーカーの群れはゴールドフィッシュから離れ、徐々にこちらへと近づき始めた。

「まずは金魚以外から。膨らんだお腹は爆発以外にも、ミストストーカーを生み出せる証。つまりあの体が細くなったら他のミストストーカーは打ち止め」

 西野さんはそう告げながら敵へ向かい突進していった。ラビは西野さんの行動を予想していたのか、事前に地に降りている。僕たちの所へ群れが辿り着く前にある程度数を減らそうという算段なのだろう。

 僕も今の距離と的の大きさからして当たる事の方が少ないが、下手な鉄砲も数を撃てば当たるという。魔法の矢なら狙いや速度が落ちて西野さんに当たる心配もない。ゴールドフィッシュに当たらないよう心がければ幾分か数を減らせるはずだ。

「ラビ、下から来るやつだけ警戒して。挟まれたら間違いなく僕は逃げられないから」

「任せて欲しいノ。敵が来たらツッキーに抱えてもらって即行で山頂側に逃げて、敵の方向を一方に抑えるノ。それまで少年は数を減らして、少しでも良いからミストストーカー・スカイゴールドフィッシュのお腹を萎ませるノ」

 ここから五分程。

 一体倒すと二体量産されるという速度に悩まされ、下から迫ってきた敵の数が当初見たのより十倍程に膨れているのを見たところで、僕たちは撤退行動に移った。

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