切り抜ける力。交わした指
超絶どうでも良いこの小説に関する話と今後について、軽くですが活動報告に記載いたしました。
【「魔法少女は突然に」5話を投稿いたしました。】という報告タイトルです。
「前に、巻き込まないでと言った」
ラビの言葉に反抗するように西野さんが答える。彼女は前もそうだったが、一般人を巻き込みたくないのだろう。
「ツッキーの方針は分かってるノ。それでもツッキーにミストストーカー・コモンスライムを倒す手段が無いなら、彼を巻き込んででも作るしかないノ。彼にはそれが可能なノ」
ラビの声に西野さんが僕へと視線を動かす。
僕に決めて欲しい、という事だろうか。
正直言って、怖い。
これが痛くも痒くもないゲームの世界だったり、命の危険がない安全な戦いだったら即答しただろう。けれどこれは紛れもない現実であり、痛みを伴う。それどころか最悪の場合死に至るのが僕の立っているこの場所だ。
凶悪な狼に噛みつかれかけ、異形のスライムに溶かされかけている。
逃げ出したい。他の人なんて知った事ではない。そう言って今すぐ逃げ出したい。
西野さんであればそれの答えを肯定してくれるだろう。それで僕は安全な場所に逃げられる。
けれど、そうしたら彼女はどうするのだろうか。
勝てないわけではない、と思う。それでも時間がかかる相手だろう。そして運悪く捕まるとあのスライムに取り込まれていた人のように……。
「それだけは嫌だ」
思うと共に口にしていた。
西野さんは仲良くなった友達だ。孤高を気取る氷のお嬢様じゃない、表現が不器用なだけの女の子だ。
「ラビ、僕はどうしたら君たちの力になれるんだい」
僕がそう言葉にすると西野さんの表情が若干歪む。
言いたい事は先程からの会話で分かる。けれど僕はそれを目で制した。彼女ほど硬い意志ではないにせよ、頭の中で整えたこの答えは曲げたくない。
「その言葉を待ってたノ、少年!少年には膨大な魔力があるから、それを武器として想像して形にして欲しいノ。橋の上で創った盾と一緒で、想えばそれが君の力になるノ」
戦うための武器、そう言われて思い浮かぶのものは一つしかない。大会の成績は良くないが、これでもアーチェリー部の一員。僕に扱える武器と言ったら間違いなく弓だ。
会話の間にスライムは修復を終えてこちらへの進行を再開しているため悠長に事を構える時間はない。
僕は頭の中に部活動で使っている自分の弓を思い浮かべる。リカーブボウと呼ばれる競技にパーツが付いた弓。
長時間引き続けるための筋力がまだ付ききっていない僕は大会や部活動では下から数えた方が早いが、あの的は大きい。真ん中を射れなくとも外す事はないだろう。
それに魔力で創る弓で忠実に再現する必要は多分無い。盛った事も見た事も無い盾を適当に想像して凌げたのがその証拠だ。
そのため弓を射る動作はあくまで魔力を飛ばす過程、狙った先に真っすぐ飛ばすための意識装置として弓を創造する。
閉じていた瞼を開け手元を見ると、黄金色の光で象られた僕の弓と矢があった。
握られた弓は普段使っている弓と同程度の重みを感じる。右手に持っている矢を番え軽く引いてみると、少し伸びたゴムを伸ばすかのような軽い手ごたえだけで矢を引けた。
これで問題無く飛ぶのであれば、部活中よりも安定して射る事が出来るだろう。
ぶっつけ本番とスライムに向けて姿勢を整える。部活で習った順番に弓を引き狙いを定める、が。
「涼太、震えてる」
西野さんが言うように手が震えてしまって狙いが定まらない。
先程の恐怖心が身体に残っていて思うように力加減が定められないでいる。強張っている腕から力を抜くべきだと頭では理解しているが、恐怖と緊張で身体から適度に力が抜けず震えてしまっていた。
「安心していい。危害は加えさせない」
そう言って西野さんは僕の背中に手を当ててくれた。彼女の手は体温と異なる暖かさを持っていて心地良い。その温もりを感じていると不思議と恐怖心が抜け、腕の方も少しだが震えが収まってくる。
僕は改めてスライムへ神経を集中し狙いを定め、矢を放った。
魔法とはこんな状況でも綺麗なもので、僕の放った矢は光の線となり赤いスライムを貫く。西野さんの拳では罅割れるだけだったスライムだが、僕の矢が当たった箇所は穴が空き、スライムも身体が破損したのではなく消失した事に驚いたのか進行を止めていた。
核から逸れたため健在だが、それでも穴の修復は罅割れた時よりも明らかに遅く、効果があるのは間違いないだろう。
効く。当たる。それなら、勝てる。
先程まで僕の中にあった恐怖心は、今の一射でほとんど消え去った。
一度恐怖心が消えてしまえば後は簡単だ。動きが遅く、遠くから危害を加える術も持ち合わせていなかったスライムは僕たちに近づく事無くその身体を消失させられ、核を穿たれた。
結局は相性の問題だったのだろう。
「終わっ……たぁ」
スライムの消失を確認し、僕は安堵の声が上げる。緊張が解けたせいか足に力が入らず尻もちをついてしまったが、この状況であれば問題ないだろう。
「後はこの空間から帰るだけなんだけど……西野さん?」
西野さんは消失スライムの居た場所へと歩みを進める。遠目で正確には見えないが、スライムに消化されなかった……亡骸が見えた。
西野さんが片膝を着いて右手を亡骸へ掲げると、身体全体が黄金色に発光する。
「あれは弔いと浄化なノ。ミストストーカーによってこの世を去った人々はそのまま放置されるとミストストーカーの一部に成り代わってしまうノ。それを浄化し、亡骸を弔う事もまた仕事なノ」
なにより、とラビは続け。
「この空間で最後を迎えた命は、現実世界に戻るとラビたちや魔力を持った人たち以外の記憶からは消えてしまう。そういう風にこの世界は出来てしまっているノ」
ラビの説明を掻い摘むと、この世界はミストストーカーにより作られる空間らしい。そしてこの空間に住まうミストストーカーは傍を通った人間を空間に取り込み、捕食する。
捕食された人間がこの空間で命を落とすと、世界はその人物についての整合性を取るために元々居なかったものとして時間を修正するらしい。
つまり、クラスメイトが突如消息を絶ったりしても回りは気付かず、その家族ですら思い出せないという事だ。
「それは、どうにかならないの?」
「ならない。だから、私たちが居る」
知っている人が知らない人となるその感覚は言葉で表せない。どうにかならないか、という安っぽい悲観しか投げられない僕に、西野さんは強い言葉と眼差しで返してくれた。
彼女がミストストーカーと戦い始めたのは前の街に居た時かららしい。前の街には複数人の魔法少女が居たらしく、新たにミストストーカーの気配が増えてきたこの街に西野さんが派遣されたらしい。
そんな彼女だからこそ、救えた命と救えなかった命を多く見てきたのだろう。西野さんの眼は強い眼差しの中に、何処か悲しさを背負っている。
「私も、前はもっと明るい子だった、と思う」
唐突に西野さんは話しだした。目からは鋭さが消え、はいつもの表情に戻っている。
「ここを出たら私の事、聞いて欲しい。涼太の事は巻き込みたくない。けど、涼太の戦い方が私と相性が良いのも事実。だから、私の事や、あいつ等の事を聞いて、涼太に決めて欲しい。押し付けるものじゃなくて、決める事だから」
西野さんが話終えると、ラビは待ってましたと言わんばかりに飛び跳ね、僕の肩へ乗る。サイズからして幾分か重さを感じるかと思ったが羽根のように軽く、視界に入っていなければ気付かなかった程だ。
「ここへの出入りの方法は二つ。一つはミストストーカーに招き入れられる事。そしてもう一つは魔力を使って道を出入り口を作る事なノ。今回は少年の魔力を使ってラビが扉を作るから、感覚を覚えると良いノ」
そう言うとラビは徐々に黄金色の光を纏い始める。それに伴い、僕は身体の端からラビの乗っている肩へ何かしらが流れていくのを感じる。
暖かいものが足から、手から。体内を流れるものなんて血液ぐらいしか思い浮かばないため、イメージとしては液状だ。
それが肩から抜け出てラビに流れていく。
「ちゃんと感覚が掴めているようで安心したノ。それが魔力の流れ、魔力経路なノ。経路を通った魔力をイメージし易い部位から放出。戻りたい場所の風景をイメージしながらそこに扉を置くイメージを作るノ」
ラビは淡々と説明しながら魔力を僕の正面に集める。扉の上部が半円の形をした扉が、黄金色から濃い茶色へと変化し始めた。
色が付くにつれて目線の高さに小さな小窓や、球体状のドアノブが付属していく。
「これで完成なノ」
目の前には扉枠や壁などが無く、ただ扉だけがポツンと直立している。この状態では扉を開ける事は出来ないのではないかと扉を前方へ押し出そうとしてみるが、どれだけ力を込めても扉はびくともしない。空間に固定でもされているかのようだ。
「それじゃあ少年、その扉を開けるノ。今回は安全の為に学校の屋上に繋げてあるから、現実に帰っても終わりじゃないノ」
ラビの言葉に僕の頭の中には一つの疑問が浮かんだ。
僕たちの通っている学校の屋上は基本的に開放厳禁となっていて立ち入りが出来ない。それ故にラビが繋げたこの扉を潜った所で学校の屋上に閉じ込められるだけで、誰かに助けを求めようものならどうやって屋上へ入ったと質問の嵐が教師陣から飛んでくるだろう。
「ほら、さっさと扉に入るノ。扉の維持にも魔力を使うんだから、少年自身の為にもさっさと向こうへ戻っちゃうノ。その後の事は説明するより体験する方が早いから問題無いノ。勿論、扉を越えてからの安全は全て保障するノ」
何が何だか何一つ理解出来ないままだが、僕が扉の先に行かなければ話が進まないらしい。害が無いと言われても不安が拭えるわけではないが、ここは西野さんとラビを信じて扉を開けてみる。
小窓から見えた景色は、高さの違いから正確性は欠けるものの間違いなく僕たちの学校から見える風景だった。
しかし扉を開けたそこに広がっていたのは真っ白な空間だった。
小首を傾げながら右手を伸ばしてみると、右手の指先が僅かに白い空間へと沈んでいく。痛みなどは無いため更に手を沈めていくと、沈んでいった手先が強めの風に当たるのを感じる。
意を決して大股で白い空間へと歩みを進めている。恐怖からくる反射で瞼を閉じてしまったが、ゆっくり瞼を開け直してみると夕日の空と背の高いフェンスの付いた屋上が視界一面に広がり始める。
人が立ち入らないからか汚れの目立つ屋上だが、周りの風景はいつも見ている色と匂いに戻っている。
僕が下校してからあの空間に居た時間は一時間を優に超えていたため本来なら日も落ちていないとおかしいのだが、その辺りは魔法だからと割り切った方が良い気がする。
今説明されても何かの知識が頭に入るとも思わないし、明日聞くのでも問題無いだろう。
「改めてお帰りなさいなノ少年。もしもまた今日みたいに巻き込まれても、危なくなったら少年はこれで逃げられるの。ミストストーカーは現実世界では即座に肉体が崩壊してしまうから、グレイウルフみたいな少年の苦手そうな敵だと分かったらその時点で逃げるのもありなノ」
「けれど一番は自分の命。出来る事なら涼太にはすぐに逃げてほしい」
僕に続いて西野さんが扉を抜けてくる。
僕だって命を投げ捨てて西野さんの手助けをしたいわけじゃない。
薄情かもしれないけど、初めて命の危険を感じさせられたグレイウルフ。あれみたいな早い奴はどうやっても僕では対処出来ない。
手に入れたのが対応できる目ではなく戦うための武器なのだから当たり前だろう。落ち着いて、狙って、射る。それが出来ない相手に僕が出来る事は敗走だけだろう。
「分かってる。絶対に無理無謀はしないって約束するよ」
僕は西野さんへと振り向いてそう言うと、小指を出した状態で右手を向ける。指切りだ。
いい歳して指切りなんてどうかと思うが、これ位はっきりとしていた方が西野さんには良い気がする。そう思った。
西野さんは僕の動作が理解できなかったのか首を傾けながら静止していたが、一つの結論に至ったのか同じように指を突き出し、僕の指に合わせてくれた。
西野さんの手はいつもと変わらず白く冷たく、無表情なせいでそれが際立っているのだが、彼女の優しさを十分に知っているからその冷たさすらも温かく感じた。
「指切り拳万、嘘ついたら……許さない」
僕が言おうとしていたけど、指を合わせるや否や西野さんは口を開き最後が違う誓いを立てた。実際、拳で戦う西野さんの拳万だけで十分な気がするからこの口上は間違っていないのかもしれない。
言い切って指を切った西野さんは、悲しみをの目と嬉しさの口元をしていた。それは無くなった命と助けられた命に対してかもしれないし、約束の果てにある結果にかもしれない。それでも、西野さんの表情に嬉しさが出るを僕は初めてみれたし、それが嬉しかった。
「さて、話が纏まったようだし、跳ぶとするノ」




