8,ブロイラーガーデン
2002年、私は赤ちゃんが出来る仕組みとか作り方なんかを知った六年生になった。きっとそんな事、まだ男の子を好きになった事がない私が知っていてもいなくても支障ない気がした。
飼育小屋に居るウサギの『ラビット』と鶏の『ブロイラー』の世話も今年度で最後。卒業してもまた遊びに来たいと思う。ちなみに彼等の名前は私が付けた。我ながらなんて親しみやすい名前でしょう。
五月、村は例年通り都心より少し遅い春を迎えた。
桜を舞い散らせる春風も私の『こけし頭』は靡かせられない。でもこれからは髪を伸ばそう。五つ年上で高校生の真君に、このままだといつか『電動こけし』って呼ばれるぞ? なんて言われたけれど、こけしは置物なのだから電気で動かす必要なんかないでしょう。そもそも『電動こけし』って何?
しかし、このあだ名はとても不名誉だというので、プライドが高いと自負している私はそれが許せない。だから伸ばす。こけし頭は卒業する。そう決心した。
日曜日の朝、白い長ズボンと羽根のような袖、フードにトサカが付いた鶏の衣装を着て飼育小屋へ向かった。今日は私が『ブロイラー』の世話当番だった。
私が飼育小屋の鍵を開けて顔を覗かせた途端、こっこっこっこっこけーっ、なんて声を発してちょんちょんちょこまかと足元まで近寄って来られると、可愛くてつい持ち上げて頬擦りした。
「お前は『こけーっ』しか言えないのか? 私はこけし頭だじょ?」
我ながら何を言っているのか、意味がさっぱり分からない。
普段大人しくしている私だけれど、それは騒いだりはしゃいだりしたいと思わないだけで、動物と触れ合っていると猫撫で声になる。それは家族以外、友達ですら知らない。
三歩歩くと忘れると言われる鶏。でも私の事は忘れていない。ブロイラーと私や学校のみんなとの絆は確かだ。
もちろん、ウサギの『ラビット』との絆も深い。ラビットは休日、私の家で預かっている。
「さて、散歩でもしましょうか、ブロイラー」
「こけっ」
みんなには内緒だけれど、私はブロイラーを飼育小屋からこっそり出して、一年生の時に建設した秘密基地に連れて行って遊んでいる。早速ブロイラーを右肩に乗せて出発した。鶏の衣装を着た人間に本物の鶏が乗っかって、まるで親子のようだ。
森の中に丸太が置いてあるだけの質素な秘密基地。そこには落ち葉や木の実が無数に落ちていて、ブロイラーのおやつになっている。私は木の実を啄んでよちよちしているブロイラーの後ろをのそのそとしゃがみながらついていく。
「こけっ、こけこけっ」
ちょんっ、と回転し振り返って私の目を見て何か言った。
「ん? 人生で一番大切なのは何だって?」
ブロイラーの言葉を勝手に解釈した。
「それはね、愛と希望とサムマネー(少しのお金)よ」
「こけーっ!!」
まるで、そんな事聞いてねーよ!! とでも言いたげに大きく声を発した。
「こけっ、こけっ、けこっ!!」
何かを必死に伝えようとしている。けど分からない。
秘密基地を出て、私は再びブロイラーを肩に乗せて舗装されていない集落のある道を歩く。
月曜日、突然だけど、飼育小屋の鶏が増えた。秋子先生が言うには、ブロイラーのお嫁さんらしい。
お嫁さんの名前は『ガーデン』にした。なんてエレガントな名前でしょう。
そういえばそろそろ飼育委員会に人間の新メンバーも加わる時期だ。
◇◇◇
命の尊さを学ぶ。それが学校での動物飼育の目的。私はそれが何を意味しているのか、この時はまだ知らなかった。




