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あいはぐ  作者: おじぃ
7/33

7,寒くても、こころほかほか、白い村

2001年12月、村に21世紀最初の冬が訪れた。


辺り一面は雪景色。放っておくと家が埋まってしまうので、村の人々は雪掻きに追われる毎日。


腰越家では絵乃の父が家や小屋の屋根から一晩でたっぷり積もった雪を落とし、母は自動車や家の周囲、父が屋根から落とした雪を一輪車に山盛りにして積んで近くの水路に流していた。


四年生で十歳の絵乃は冬休み中だけ学校から預かった黒くて目が赤い二歳の雌ウサギ、『ラビット』を世話したり、宿題の社会科レポートを作成していた。絵乃はレポートの題材としてこの年の9月11日にニューヨークのワールド・トレードセンターなどで起こった世界同時多発テロを取り上げた。絵乃にとってあの光景は、阪神・淡路大震災以来の地獄の映像だった。


それと、ウサギの『ラビット』という少々ナンセンスな名前は絵乃が付けたものだ。


しかし、絵乃も宿題やラビットの世話があるからといって家の手伝いをしない訳にはいかない。作業で疲れた両親に温かい緑茶や煎餅などの菓子を用意して、電気ポットにお湯を入れると、余った時間で父が屋根から落とした雪を利用して雪だるまを作り、雪の片付けに協力したりと結構忙しいのだ。


灰色の空、こんこんと舞う大粒の雪。襟から白い“ぼんぼん”が二つ垂れ下がった、もふもふしたジャンパーを着ていても、冷たい空気は容赦なく小さくて華奢な絵乃の身を刺す。


この地方の、さらさらしていて纏まりにくい雪に苦戦しながら、それでもテニスボールほどの小さな雪玉を夢中でころころ転がしていると、やがてそれは大きな西瓜ほどの玉となった。気が付けば白い毛糸の手袋の中に水が染み込んで手がかじかんでいた。こうして雪だるまの半身が出来上がった。上半身か下半身かはまだ決めていない。


◇◇◇


夢中で雪だるまを作っていたら手袋がびちょびちょになって両手がかじかみ感覚が麻痺してしまった。

誰も居ない居間の火燵に手足を入れ、蒼くなった唇を震わせ、歯が当たってかちかちと音を立てていた。こうしていると、なんだか気持ち良くなって動きたくなくなってしまう。まんまと『こたつの魔法』にかけられてしまった。お父さんとお母さんのために用意した緑茶の葉っぱを入れた急須に、電気ポットで沸かしておいたお湯を注ぎ込む。


カラカラカラ。


横開きの玄関の扉が開く音がした。


「お〜い、絵乃ちゃん居るかね?」


私は早速居間から玄関に出る。


「あ、トメばぁちゃん」


トメばぁちゃんは腰越家から五十メートルくらい離れた隣の平屋建てで小さな家に一人で暮らしている腰の低い七十二歳のおばぁちゃんで、背の高さは腰が曲がっているので私と同じ百四十センチくらいだ。


「おぅ絵乃ちゃん、お父さんとお母さん公民館行ったべよ」


「そうなんだ。伝えてくれてありがとう。とりあえず家に上がって」


どうしてか、ノストラダムスの大予言が騒がれた二年前の夏から村の大人たちは公民館へ頻繁に足を運ぶようになった。


私は腰の低いトメばぁちゃんに廊下から右手を差し延べて段差のある玄関から廊下へ上がるのを助ける。私は

「よいしょ」の声でトメばぁちゃんを廊下に上げ、一回立ち止まる。


「ありがとう、優しい子だなぁ、絵乃ちゃんは。こりゃいいお嫁さんになるべ」


「結婚式にはトメばぁちゃんも来てね」


初恋すらまだの私は言った。


二人はすぐそこの居間までゆっくり歩き始めた。


「じゃあ頑張って長生きしねぇとなぁ」


トメばぁちゃんが火燵に入ると、私は二つの丸みのある小さな湯呑みにお茶を入れた。


「ありがとう、絵乃ちゃんのお茶はいつもやわらけぇ」


「私のお茶が、柔らかい? なんで?」


不思議な事を言われた。私が入れるお茶はいつも濃くて苦味が少し強くなってしまう。とても柔らかな口当たりとは当の私ですら思えない。


「それはなぁ、このお茶には絵乃ちゃんの真心が篭ってるんだべ。絵乃ちゃんの優しい心がお茶に込められてるから、やわらかいんだよ」


私の心が篭ったお茶。そう言われると照れ臭くなってしまって、表情を緩めたままどうすればいいか分からなくなってしまった。でも、トメばぁちゃんの言っている事が少し理解出来る気がした。


こうしてトメばぁちゃんと、のほほんとした時間を過ごし、私は火燵に脚を入れたまま眠ってしまった。



………



「絵乃、絵乃?」


私を呼ぶ声が聞こえる。映る世界は歪んでいて、何が何だか解らない。


「…ん? あ…」


目覚めると、もう外は白くて明るい夜になっていた。雪だるま作りの続きは明日にしよう。私を呼んでいたのはお母さんだった。寝起きで重たい頭を働かせて私は尋ねた。


「お母さん、トメばぁちゃんは?」


「今ね、絵乃のために肉じゃが作ってくれてるのよ」


程なくして居間の隣にある台所からお父さんが肉じゃがの入った陶芸家が作った粘土の大きな器をを持ってきて、火燵の上に慎重に置いた。火燵は我が家の食卓にもなっている。


「この肉じゃが、トメばぁちゃんが作ってくれたんだよ」


お父さんが言った。


トメばぁちゃんは時々こうして腰越家に来ておかずを作ってくれたり、夏は自家栽培の野菜を分けてくれる。


「起きたかい、絵乃ちゃん」


台所からトメばぁちゃんがいつも通り腰を曲げて出て来た。


「うん、美味しそうだね、肉じゃが」


すると、私が起きたのに気付いたのか、『ラビット』が居間に現れた。何と無くお腹を空かしていると直感した私は冷蔵庫の人参を取りに行って、ラビットの口元にそれをまるごと差し出した。ラビットは美味しそうにかじっていた。


今夜の食卓はトメばぁちゃんとラビットも加わっていつもより賑やかだった。トメばぁちゃんの肉じゃがは、ほっこりした気持ちが篭っていて、とてもやわらかかった。

前回の話より先に書き上げたので2話連続投稿となりました。この話の執筆中はゲリラ雷雨が続いた夏真っ盛りでした。

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