6,森との約束は守れるんだから名前負けなんてしてないわよ。By洋子、心の短歌(自由律)
僕は高上守、小学五年生。あまり積極的ではない、というより無口で力もない僕は一つ年上の洋子ちゃんみたいに強くなりたかった。大切なものすら守れる自信がない僕の名前負けコンプレックス。
そんな僕は絵乃ちゃんと洋子ちゃんと三人で学校周辺で昆虫採集をしていた。洋子ちゃんが勝手に決めたターゲットはカブトムシ。
今、十一月だよ? 来月には初雪だよ? カブトムシなんかいないよね。そんなツッコミすら出来ない僕。弱虫毛虫、つまんで捨てられそうな僕。
「洋子ちゃん、カブトムシなんかいないんじゃない? もう十一月だよ?」
絵乃ちゃんよく言った!
「そうね〜、いないわよね〜、じゃあヘビにしましょう! ヘビならまだ冬眠前だから見つかると思うわ」
へ、ヘビ!? 毒あるよ!? アンタ死ぬよ!?
と、言いたい。
「うん、ヘビならまだ居るね」
いやいや、なんで納得しちゃうのさ絵乃ちゃん!!
足元の落ち葉は踏むとサクサクして、その下にあるグンニャリとした土に溶け込み腐葉土になる日も近そうだ。
少しじっとしていると頬っぺたが痛くて冷たくなる。そんな季節にヘビ狩り? ヘビさんだってそろそろ寝たいでしょうに。
「ねぇ守? なんでさっきから私の後ろに居るの?」
!?
「あ、あれ? そういえば、なんでだろう」
いつヘビが出て来てもおかしくない森の中で、僕はいつの間にかそれに怯えて洋子ちゃんの後ろを歩いていた。ヘビは踏み付けると咄嗟に足に噛み付く。それと同時に体内に毒を注入して、やがて足から腐ってしまう。
僕はそれが恐くて洋子ちゃんを盾にしていた。
女の子を盾にするなんて、弱虫毛虫どころか最低人間だ…。
「そう、私を盾にしてたんだ…」
「うぅ、ご、ごめんなさい」
「ううん、今回は許してあげる。だって…」
「うひゃーっ!!」
洋子ちゃんの背中ばかり見ていた僕は、彼女が両手で掴んでいる毒ヘビのヤマカガシに全く気付かなかった。
「いつの間に捕まえたの!?」
「さっき」
僕は危険な毒ヘビに自ら近寄っていたのだった。
「洋子ちゃん、私もヘビ捕まえた〜」
「ぐひゃ〜っ!! な、何してんの絵乃ちゃん!!」
「凄い、絵乃ちゃん大猟じゃない」
絵乃ちゃんは両手でヘビを一頭ずつ掴み、首にも垂れ提げ、合わせて三頭のヘビを捕まえていた。
「でさ、このヘビたちどうしよう? 今は首掴んでるから噛まれないけど放したら…」
洋子ちゃんの言う通りだ。下手に逃がしたりしたらこっちが襲われるかも。
「大丈夫、噛んだりしないよ」
絵乃ちゃんが言った。
「森の妖精さんが噛まないようにヘビさんに言った。そう言ってる」
森の妖精さん? 絵乃ちゃんは霊感体質らしいけど、生で霊感を働かせているのを見るのは初めてだった。
「本当なら噛んじゃう所だけど、今まで通り自分たちが棲んでる森をきれいに使ってくれれば見逃してあげるってヘビさんも言ってる」
そういえば富士山の森が汚れてるとか、あちこちで伐採が進んでいるなんて話を聞いた事がある。この村には観光客なんて来る事もほぼないし、村人たちは時に必要な木材をこしらえる時に木を伐採するけど、森と人間との約束の中で上手く共存している。だから森が汚れたり破壊された事はない。
こうしてヘビと和解した僕たちは数日後、捕まえて驚かせてしまったお詫びとして飼育小屋で飼っていた鶏が産んだ無精卵を幾つかヘビの巣穴の前に置いたのだった。
名前負けしてて、弱虫で、毛虫で、つまんで捨てられそうな僕でも毒ヘビと解りあえた気がした。