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あいはぐ  作者: おじぃ
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5,山興村

西暦2000年11月。




ミレニアムの秋も山興村は例年と変わりなく紅葉が文字通り紅に染まり、銀杏(いちょう)は足元を金色(こんじき)に。二色のコントラストが村を囲む山々や広々とした校庭を情熱的でゴージャスな、しかしどこか切なく淋しげな世界を演出していた。


それはきっと、やがて冬が訪れる前に、森の妖精がくれる今年最後の、そして今世紀最後のプレゼントなのだ。


◇◇◇


浦佐洋子(うらさ ようこ)、小学六年生、十二歳。村の子供たちにとっては強くて頼りになるお姉さんのような存在で、髪型は『こけし頭』の絵乃とは違った、風に(なび)くさらさらなショートヘア、意志の強そうな目や口は彼女の性格をそのまま表している。身長は145センチ、すらっとした体格で、性格とは裏腹に華奢だったりする。


◇◇◇


秋といえば食欲、スポーツ、学問など、夏の暑さが和らいで動きやすい季節。山興小学校でも小さな運動会や遠足などの行事がある。

私は日々宿題に追われながら小学生最後の秋を下級生たちと遊んだり、時に一人で村を出て遠く離れた市街地へ出掛けたりした。




そして今日は高学年だから同じ課題を出された五年生の弱々しい泣き虫な男の子、高上守(たかがみ まもる)と山興村の歴史について調べる事になった。課題を片付ける早道は村役場に行って村長から話を聞いたり資料を貰ってそれを纏めたレポートを作ればいい。


私たちは役場に向かいながら河原や森の中を散歩して、赤みがかった秋の山々を見上げ、ふかふかの落ち葉の絨毯に寝転べば、降り注ぐ紅と黄金が彩る空と高い高い木々が二人を包んだ。


さらさらと葉の掠れる音に混じって聞こえる小鳥の(さえず)りや小川のせせらぎが身も心も安らぎの世界へと誘った。人間も自然と共に生きている事を実感する。


「ねぇ守、秋と言えば『秋味』と秋刀魚よね?」


こんな世界に身を置くと、夢うつつになってついそんな他愛のない会話をしたくなる。


「洋子ちゃん、お酒はだめだよ」


真面目な守らしい意見。


「未成年の飲酒が禁止されてる事くらい知ってるわ。ほんの冗談。じゃあこれから河原で秋刀魚釣りに行かない?」


「うん、それならいいね」


なんか違う、そこ納得する所じゃないわ。


でも、そんな天然な所がツボだったりして…。


「洋子ちゃんって大人っぽいよね」


すぐ隣に寝転んでいる童顔で澄んだ瞳の持ち主が木々を見上げながら言った。


「そうね、守よりはね」


私も空から目線を逸らさないで言った。あぁ、なんでだろう。ついそんな尖った言い方をしちゃう。まだ子供ね、私。


「僕も早く大人になって、HEINEKEN(ハイネケン)飲んでみたいな」


「なんでHEINEKEN? それに私だってまだ飲めないわ」


「秋味は飲むのにね。あの緑の缶が好きなんだ。結婚したら晩酌してね」


「け、結婚!?」


「小さい頃の約束だよ。でもその約束が曖昧なもので、実現したら凄いって事くらい、僕も知ってるよ」


「そ、そうね」


それはまだ幼稚園に通ってた頃、私の家でおままごとをしていた時にした約束だった。あの約束、守も覚えてたんだ。


「そろそろ行こうか、村役場」


「あっ、そうね、すっかり忘れてたわ」


二人はゆっくり起き上がって歩き始めた。落ち葉の上に寝転んで、秋の涼しい風を感じると気持ち良くなって、つい時が経つのを忘れてしまう。きっと森の妖精が二人の、二人だけの時間を止めたんだと思う。


この時に気付いていれば良かった。もっとこうしていれば良かった。


◇◇◇


公民館を兼ねた古い木造平屋建ての役場に着くと、村長室で村長から村に纏わる話を聞く。村長は白髪が頭の側面にしか髪が生えてないハゲだけど小柄で温厚だと評判の人物だった。


「村が出来たのは終戦直後。各地から疎開して来た人々が集まって山に囲まれた何もない小さな原っぱを開拓して出来た歴史の浅い村なんじゃ。じゃから標準語も含め色んな方言が村を飛び交っておる。山興村は山から荒廃しちまった国を、故郷を興す、つまりこの山に囲まれた村から国が繁栄する事を願ってその名前が付けられた村なんじゃよ。なんせこの国はアメリカに負けちまったからのう。この村の使命は人々の生活を豊かにする事なんじゃ。じゃから村人たちは人が住んでおらず戦争の被害も受けなかったこの土地を耕して空襲を受けた故郷の土地に食料を届けるため農業に励んだというわけじゃ。もし敗戦せんかったら『山興』という名前にはなっておらんかったかもしれんのう」


長々しい話をされると思いきや、意外と短時間で終わった。村長にお礼を言って役場を出ると、空も紅に染まっていた。茜空に舞う紅葉は影しか見えず、暗くなってやがて何も見えない闇に包まれる空に恐怖感があった。


ぎゅっ。


守が私の手を両手で掴んだ。


「こ、怖いよ、洋子ちゃん」


「な、何言ってるの、私はこんなのちっとも怖くないわ」


本当は私だって怖いわよ。猫の手くらい役に立たない弱々しい手で握られただけでも握られないよりずっと安心しちゃうくらい。


きっと私も怖がってる事くらい、守は知ってる。だけどそれを口にしない。きっと守の方が私より大人なのかも。


そんな優しい守が、私は大好き。そんな事恥ずかしくて言えないけど。


◇◇◇


洋子ちゃんと守君が役場を出ていった。

私は村長としてこの村を守る義務がある。

第二の故郷、山興村を守る義務である。

第一の故郷、広島の記憶は生後間もなく疎開した私の頭の中には残っていない。

ただ、私たち家族が疎開した二日後、原爆で多くの親族を亡くしたそうだ。記憶有らずとも、故郷が焼け野原となってしまった事は侘しい。故に私は子供たちに同じ思いをさせてはならない。次代の子供たちの故郷を守る、これぞ郷を失った(おさ)使命である。子供たちにはこれからもこの村で真っ直ぐ健やかに育って欲しい。これが私の切なる願いである。


山興村長

宮ヶ(みやがせ) (たもつ)

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