31,ハートと経済戦略
図書館で大介と情報収集をした翌日、絵乃は隣家に住む老婆、トメの息子である巌の許を訪れていた。子供の力のみでダム建設を阻止するのはほぼ不可能なので、大人の力を貸して貰おうと考えた。
職業は謎であるが、あらゆる方面にコネクションのある黒いスーツとサングラスが似合うイカツイ男、巌の力を借りてやる事、それは地質調査だ。今日は雪の中、民間の調査団を派遣してもらい、付近の温泉を探索している。
「嬢ちゃんはどうして村を守りたいって思ったんだい。これから大きくなっても、ここじゃあ仕事はそんなにないし、高齢者が多くて人口だって減るばかりの準限界集落だ。ダム計画が無くても廃村になるかもしれない」
「私、3月一杯で村から引っ越すんです」
巌は少し驚いた様子。ならば尚更ダム建設を止める理由などないだろうに。
「故郷がダムに沈むのが悲しいという事もありますけど、それだけではなくて、村には多くの動植物だって生活しています。此処がダムになってしまったら、彼らは死ぬか、行き場を失ってしまいます。私は人間の都合で多くの命が失われるのがとても辛いんです。
かといって原子力発電所が廃炉になってから、それに代わる新しい発電所がないと電力不足に陥る恐れがあるので、何等かのエネルギー生産手段の建設はやむを得ない。ということで、今回の地質調査をお願いした訳です」
絵乃の話を聞いた巌は呆気に取られた。この子は本当に小学生なのか? まるで中高生以上の者が台本でも用意したかのような身振り手振りを交えた流暢な喋り方と説得力。しかも思考が一遍に寄っておらず、エネルギー不足に関してもしっかり考えている。
「なるほどな。嬢ちゃんの目的ってのは、つまり…」
巌の問いに、絵乃は頷いた。
「はい。『地熱発電所の建設』です。原子力や水力に比べると発電量は劣るかも知れませんが、地球温暖化が加速する中で、果たして現在のように大いに電力を使い続けて良いものか、使い続けた結果、これまでなかった大雨などの自然災害の発生や、感染病が蔓延するのではないかとも考えられます。
今回のダム建設もそうですが、事業を立ち上げる時は5年、10年、15年、更にその先を見越して考えなければなりませんが、それは私たち人間の経済産業のみではなくて、地球や宇宙のような全体の環境を見据えなければならないと思います」
終戦直後の高度経済成長期を生きてきた巌にとって、絵乃の意見は斬新だった。巌は過去を顧みて、自分は国を豊かにするためにという社会通念からがむしゃらに働き、やがて脱サラして自分で組織を結成し、利益の創出に奔走していた。そのために電力を大量消費したり、二酸化炭素を排出して地球温暖化の加速に加担していたのも事実。また、土地活用のため大型スーパーを誘致して商店街を潰し、商店を営んでいた人々を路頭に迷わせた上、人と人との触れ合いを希薄にし、殺伐として無機質な現代社会づくりにも加担した。
「そうだな。嬢ちゃんに会えて良かった。イイ大人が小っ恥ずかしいが、村を出て都会に揉まれてからというもの、いつの間にか大事なものを見失っちまてたみたいだ。嬢ちゃんはそれを思い出させてくれた。恩に着る」
「ありがとうございます。趣旨は察し兼ねますが、巌さんのプラスになれて光栄です」
普段あまり笑顔を見せない絵乃が、この時は気品溢れる大和撫子の優しい笑みで大柄な巌を見上げた。
「いやいや、こっちこそありがとうな。だけどよ、地熱発電が出来るくらいの温泉脈が見付かったとしてもだ、ダムの計画は進んでいる訳だし、ダム計画がおじゃんになったら、ダム建設より莫大なキャンセル料みたいなのが発生して更に税金が使われる。これは政治レベルの問題だから、俺がどれだけ力になれるかわからない」
「えぇ。それでも子供のワガママに資金を投じてまでご協力いただけるのが、私としてはとても嬉しいです」
そう。本番はまだこれから。美辞麗句は並べられるけれど、おカネが絡むと現実は急に厳しくなるのが世の常である事は絵乃も理解している。『ハートと経済戦略』、これが今回の問題のキーとなりそうだ。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
『あいはぐ』は毎度更新が遅くなりまして申し訳ございません。当作品は今回の第31話時点で西暦2001年が舞台となっております。主人公、絵乃は2012年現在、成人しております。いつか彼女の成長した姿をお見せしようと考えております。




