20,二人の決意
絵乃にまだ公表されていないダム計画の秘密を話した学級担任の秋子は、それと引き換えに、絵乃が人の内面的な汚さを知った理由を尋ねることにした。
「人の汚さを知った理由? そんな事を訊かれても分からないわ。物心ついた頃からそういうものだと思ってたから。人のタイプは大きく二つに分かれている。それは、汚れを知ってる人と、知らない人よ。ただ、汚れを知っているからといって、その人が必ずしも汚い人間とは言えないのも事実。哲学的に問い詰めると難しいわね」
「あなた、本当に小学生?」
「いくつに見える?」
問われると、秋子は絵乃の身体をぱっと見て答えた。
「見た目は子供、頭脳は何やら、ってやつ?」
「ふふっ、そうね」
この場で二度目の笑み。
「もう少し話すとね、私、親に信用されてないみたい」
「親って、どっちの?」
「どっちも」
「じゃあ、どうしてそう思うの?」
「そんなの簡単よ。例えば、母親は神経質で、少しでも部屋が散らかってると落ち着かない性格なの。でも私は多少散らかっているくらいなら、ある程度ほったらかしにして、後でまとめて片付ける性格。だけど、その前に大概母親が片付けてしまう。
私が片付ける、って言うと、どうせ絵乃は片付けないって言って聞かないわ。その時私は、ほったらかす私にも問題はあるけど、子供を信用出来ないの? って訊いたら、出来ないってはっきり言われた。正直ショックだったわ。
私は今まで母親を信じていたのに、向こうは信じてなかった。だから私は、親すら信じられないのなら、血縁もない他人はもっと信じられない。そうやって色眼鏡で周囲を見るようになった。それは私に直接関係ない、料理に青酸カリを混入させた中毒殺人事件や、政治家の汚職事件みたいなメディアの影響もあるわね」
「じゃあ、お父さんも信用できないのは?」
「私、お父さんの事はよく分からないの。仕事に追われて、私と接する機会があまりないから」
「そうなんだ。それじゃ引っ越すのも不安よね。知らない人ばっかりの土地で、両親も信用できないなんて。でも、何か相談したい事があったら、私に連絡してね。ここから神奈川は遠いけど、手紙や電話なら離れていても大丈夫」
絵乃は目のやり場に困りながら言った。
「ありがとう、あなた、本当は優しいのね」
「本当はっ!? 私って日頃ツンツンしてる!?」
「してないわね。ごめんなさい、私の中でレッテル貼ってたの。教師とか公務員は誰しも怪しい、みたいな」
「そうねぇ、公務員ってのは、頭固いのが多いわよね。仕事は漫然、そのくせ言う事だけはいっちょ前ってムカつく野郎がこんちくしょー」
「あなたも色々たまってるのね」
「ええ、安月給だし、あの学校(山興小学校)、日常的に酔ったまま出て来る奴も居るし、それで仕事が覚束ないこともあるのよ。んで、私みたいな若手が意見言っても教育委員会の奴らは聞く耳持たないし。だからね、私だけでも、絵乃ちゃんたち生徒のみんなにとって、本当に信じて良い存在になりたいの。奴らの反面教師っぷりのおかげで、私はこんな目標を掲げられたわ」
小学生に日頃の鬱憤を打ち明けたアラサー女は、どろどろねっとりした毒が抜けてスッキリしたご様子。
「結局さ、日常に溢れるプラス要素をどれだけ伸ばせて、マイナス要素はどれだけプラスに変換できるかなのよね、人生って。絵乃ちゃんは早くもそれが解ってきてるんじゃない?」
「そうね、けど、どうしても割り切れない部分だってあるわ」
「それは私も一緒。だからこそ、絵乃ちゃんたちと力を合わせて汚い奴らに立ち向かおう、って思ったの」
「でも、そんな事しちゃっていいの? ダムに反対したら、あなたの立場がどうなるか分からないわよ?」
「それは、うん、でも、やる。みんなの故郷、守らなきゃね」
秋子はダム建設中止を訴える要望書を作成、署名を募るノートも用意すると絵乃に告げた。ダム建設に同意した村人も居る中で、署名活動は困難が予想される。
しかし、やるしかない。二人は決断した以上後戻りはしない。
絵乃は自分の故郷を守るために、秋子は数少ない生徒の笑顔を守るために。




