2,ひみつきちを作ろう
絵乃が小学校に入学して一年と三ヶ月ほど過ぎた二年生の七月、あまり社交的とは言えない絵乃でもすっかり学校に馴染んで他の生徒五人と友達になり、新一年生も辛うじて一人だけ入学した。いや、小さな村だから一年生の湯沢大介も含めて入学前からみんなと友達だった。なので社交性だとか、そんな心配は無用。この村の風土がいつの間にかみんなを仲間にしてしまうのだ。
授業は一学年に一人しか生徒が居ないので、全学年で同じ教室を使い、先生は教壇に立つのではなくそれぞれの生徒の机を回るマンツーマン形式で、一人の教師が六人に学問を教える。なので教師は全学年を一括して担任するのだ。現在の担任は黒井彰先生で、今年度一杯で定年退職となり還暦を迎える。
◇◇◇
じゅうぃ~、みーんみーん、ぼーしんつくつく、じゅうゎぁぁぁ!!
教室には外のあちらこちらで約七日間の生命を必死に生きる蝉たちの声。アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミ、少々暑苦しい合唱だ。
絵乃は上から、おかっぱに近い短髪、性格と反した黄色い柄なしTシャツ、赤い半ズボンジャージという服装で自分の席に座り、勉強しているフリをして昼休みの計画を立てていた。
この村は山に囲まれ、学校は森に囲まれている。そんな環境は秘密基地をつくるには絶好の環境なのだ。
そう、絵乃が考えているのは『じぶんだけのひみつきちけいかく』だ。
この村は周囲の村とは隔絶されているが、近所付き合いには抜かりなく、例えば子供が一人で留守番をする事になれば誰かの家に預けられ、または預かったりする。よって、この村で誰かが一人になる事は滅多にないのだ。
そこで絵乃は、遊びに行くついでに立ち寄れる場所に、自分だけのプライベートな空間を作って、秘密の時間を満喫しようと考えた。
みんなと一緒に居るのは嫌いではないが、たまに一人になりたい時もあるのだ。
だが自宅は集落の真ん中にあり開けていて、とても人目に付かない場所などない。
そこで集落の端にある学校の近辺ならすぐそこが森だし、休日には家から自転車で30分走れば行ける都合の良い場所なのだ。だから登校日の一時間ある昼休みを使って少しずつ基地を建設しようと考えたのだ。
◇◇◇
昼休み、絵乃は自分だけの秘密基地を作りたくてうずうずしている。しかしそれにはある条件をクリアする必要があった。
「かくれんぼしたいひとこのゆびとまれ、は~やくしないときれちゃうぞ~」
六年生の渡辺真が下級生のみんなとかくれんぼをして遊んでくれる。絵乃には真のそれを断るなんて出来ない。しかし、鬼を決めるジャンケンで負けたらみんなを捜さなければならなくなる。ジャンケンに勝つことが、秘密基地を建設する条件だ。
◇◇◇
無事にジャンケンに負ける事なく、かくれんぼをしながら秘密基地を作る予定の場所に着いた絵乃。鬼役は五年生の浦佐洋子になった。洋子は学校では頼れるお姉ちゃん。少しツンツンしていて素直になれないのが玉にキズ。
秘密の場所に着いた絵乃は、先ず足元に散らばってる木の枝を拾い集めて基地の端っこにまとめた。後は冬の大雪で倒れた木をベンチにしてとりあえず今日の作業は終わり。これだけでも大分時間がかかってしまった。
ふぅ、と額の汗を左腕で拭って倒木ベンチで一休み。
うぃーんうぃーんうぃーんぢりぢりぢりぢり。
ちゅん、ちゅぴちゅぴっ。
ざざーさわさわ~。
絵乃はそっと目を閉じた。
すると静かな森に響く蝉や小鳥たちの声と木々の掠れる音が頭の中を優しく洗うように、深呼吸すれば身体全体に新鮮で澄んだ空気が浸透してゆくように爽やかな気分になる。
なんて、心地良いのだろう。
重たい木の移動作業で溜まった疲労感が、二の腕辺りからまるで魂ごと抜けるように一気に軽くなってゆく。
絵乃は、私も森の中で暮らす生き物たちと同じ場所に生きていると実感した。同時に、いつか森のみんなとお友達になりたいと願った。
きーんこーんかーんこーん。
昼休み終了五分前の予鈴が鳴った。今日のかくれんぼもみんなに見付からなずに終わった。絵乃は少し速足で校庭に戻った。
「絵乃ちゃん何処に隠れてたのぉ? いっつも絵乃ちゃんだけは見つかんないよね」
洋子が言うと絵乃は、秘密の場所があるんだよと答え、その場所を教えて欲しいとみんなにせがまれたがそれでは意味がない。
みんな、ごめんなさい。
絵乃は心の中で謝った。
こうして絵乃は小さな村に自分だけの秘密基地を作ったのだった。
まだお話が燻っている『あいはぐ』です。ただ第一回目からさりげない『仕掛け』はあります。お話の舞台は前作の『いちにちひとつぶ』と違って実在する場所ではないので舞台設定は今後の話に都合の良いように作っています。
ちなみに『いちにちひとつぶ』の舞台は神奈川県の茅ヶ崎という所です。