19,ダム計画の真実
ダムを建設する理由をいつまでも公表しない自治体に対し憤りを覚えた絵乃は、何等かの事情を知っているであろう公務員で学校の担任、秋子にマジギレした。
それに耐え兼ねた秋子は絵乃を自宅に呼び、ダムを建設する理由を話す運びとなった。
「絵乃ちゃん、話す前に、まずあなたに言っておきたい事があるの」
「なに?」
「私は、あなたの味方よ」
絵乃は半信半疑でそれに頷いた。
「でね、ダムを建設しようって話だけど、この村の電力って何で発電してるか知ってる?」
「原子力発電」
「そう、でもね、この村に電力供給してる発電所は故障や不具合が多い。そこで、原発(げんぱつ=原子力発電所)が故障した時に備え、新しく水力発電所を設置することで、原発が故障した時に電気を分配するシステムをつくる、って計画が持ち上がったの」
「ふぅん、それで、この村は山に囲まれてて、尚且つそこに水を供給するにはちょうど良い面積なのね」
「そういうことよ。それが公表する予定の概要なの」
「で、本当はどうなの?」
絵乃は思った。それだけの理由でわざわざ村を沈めるのは大袈裟ではないか。だったら原発を故障に強い構造にしたり、メンテナンス体制を強化すれば良い。
「さすが絵乃ちゃん、賢いわね。当然そんなの建前にすぎないわ。ここから先は秘密のアキコちゃんよ」
「それ、ギャグのつもり?」
秋子は、名作漫画と自分の名前を掛けた。
「ごめんね、ギャグセンス低くくて」
「ふふっ、そうね」
ここで初めて、二人が笑顔になった。
「で、本当の理由は?」
「それ言っちゃうと、私の死活問題に関わるから、他の人に向かっては言えない。例え絵乃ちゃんでも」
「そうね。でも必ず真実を突き止めるわ」
言いながら、揺るぎない真っ直ぐな視線を再び秋子に向けた。
「ここから先は独り言よ。誰に言ってる訳でもないからね」
絵乃はこっくり頷いた。
「まず一つ、この村は財政状況が良くない。村の職員は、ここで働くよりは近隣の市に移ったほうがお給料が高くなる。二つ目は、国が余った税金の使い道に困ってる。その余った予算を年内に使い切らなきゃ、次からあんまり予算が貰えなくなる。だから国は各地に道路やダムを建設して、なんとか余った税金を使い切ってるのが現状。今回、その使い切り計画に山興村が選ばれた。それが本当の理由」
当然、そんな事を公表してしまえば村人たちが激怒するのは目に見えている。秋子の独り言はトップシークレットだ。
「そう、一部の勝手な事情で、みんなの住む場所と、思い出を奪うのね。あなたたち公務員って奴は」
絵乃は明らかに秋子に失望した眼差しを向けた。
「絵乃ちゃん、さっき言った通り、私は村のみんなの味方よ。例え公務員という立場であっても」
「大人はそうやって味方になったフリをして、人を騙しながら生き残る術を探す生き物なんでしょ?」
「そういう大人も確かに居る。けど、私は違う! 公務員である前に一人の人間だもの! お願い、信じて! 私は、この村も、この村のみんなも大好きよ!!」
訴える秋子の目は涙ぐんでいて、助けを求めるように声を絞り出し、両手を祈るように、八の字にして机に置いた。それは、絵乃に手を取って欲しいようにも見える。
「絵乃ちゃん、あなた一体何があったの? どうして人を信じられないの? 大人の社会がそうなってるって知ってるの?」
「子供だと思ってバカにしないで」
心配そうに尋ねる秋子に、絵乃は無表情のまま答えた。
「私は、ダム計画の秘密を話した。だから今度は絵乃ちゃんが話す番よ。大人をそういう風に見るようになったいきさつを教えて。担任教師としてじゃなくて、一個人として聞くから」
「やっぱり大人は汚いわ。そうやっていつの間にか取引してる。でも、ダムの事を教えてもらったのは事実だし、私にとっては大したことじゃないから教えてあげる」
「ごめんね、プライバシー探るようなマネして」
後付けで交換条件を突き付けたせいか、少し申し訳なさそうに、絵乃に微笑んだ。
今回、国の税金の使い方を作中に表記しましたが、この物語はフィクションであり、税金の使い道及びその他一切の事情は実在のいかなる国とも無関係です。