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あいはぐ  作者: おじぃ
18/33

18,ヘビとカエルとぱんだ

山興村役場では、ダム建設計画会議が行われている。


村職員は数えるほどしかいないのに対し、県や国の職員の数はその倍を上回る。ましてや後者のほうが地位が高く、例え村職員がダム建設を反対した所で、上には絶対服従の頑固で古臭い縦社会組織は聞く耳持たない。


一方、村人たちはダム反対派が多数。村民の殆どは年配者で、少ない先を平静に過ごしたいと願い、立ち退きなど以っての外だ。


そこで年配者をはじめ、ダム反対派の大人たちは、デモ活動等を計画、実行しようとしていた。


その頃、腰越家は夫婦喧嘩の真っ最中。村育ちの絵乃の父はダム反対、他所から嫁入りの母は賛成なのだ。


一人娘の絵乃は板挟み状態で、頭を重くして堪えるしかなかった。


もっとも絵乃としては、ダム建設断固反対だ。この地方は夏は大雨が降り、冬は大雪が降るため、水不足に陥った経験がない。なのにダムを増やし、故郷を沈める必要などないことは、子供でも分かっていた。現在、村に水を供給している既設のダムだって、時々放水している状態だ。


ところがこの計画、村民の中でも賛成派は居るようだ。特に中年層や子供が居る家庭は、思いの外、高額な立ち退き料に目を眩ませる者が少なくない。


立ち退き料は、首都圏でも土地とマイホームを買って暮らせる程だ。


◇◇◇


帰りのホームルームが終わり、教室を出ようとした担任の美佐島秋子を呼び止めた。


「先生、ちょっと質問したいことがあるの」


「は〜い? 何かしら?」


「単刀直入に言うけど、なぜダムの立ち退き料があんなに高いの? あの金額、土地代込みで神奈川にあるうちの別荘より高いわ。そこまでしてダムを造る理由はあるの?」


「あら、鋭いトコ突くわね。でも、それは私にはわからないなぁ」


きっと先生は知っている。けど教えてくれないのには理由がある。


「そんなはずないでしょ? 嘘ついたって目を見ればわかる」


「じゃあ、絵乃ちゃんはそれを知ってどうするの? 理由がどうあれ、村がダムになる計画に変わりないのよ?」


「でも、有り余ってる水を、村を沈めてまで貯める必要がどこにあるっていうの? 税金を無駄遣いして、私たちの故郷を奪うなんて、絶対に許せないわ!」


絵乃は秋子に初めて感情を剥き出し、腹の奥底から沸き上がる怒りをぶつけた。


飼育小屋の動物たちを誰よりも可愛がっていた、太陽の下で干した布団のようにふわふわした、優しい心の持ち主が今、自分に向けて、氷山のように冷たくて、突き刺すような視線を、27歳の秋子にはっきり向け、ヘビの標的となったカエルのように縛った。


◇◇◇


12年間ずっと過ごしてきた山興村。春には雪の中から陽の光を浴びて蕗の(ふきのとう)がひょっこり顔を出す。夏は山々が迫り来るような緑に染まり、夜は空いっぱいに星が瞬く。秋の紅葉狩りは無数の紅いトンボたちと一緒に蒼い空を眺めながら流れが遅い時間を過ごし、冬は家の屋根に積もった雪を落としつつ、火燵でくつろぐ。


そして、どんな時も仲間が居る。みんなで遊んで、学んで、辛いことがあったら助け合い、嬉しいことがあれば喜び合う。この日本が忘れかけた当たり前の日々が、ここにはある。


私は、そんな村を大人の汚い金にまみれたプロジェクトから守りたい。


その熱意を最も確実に伝えるには、役場の会議に出席していて、内情もよく知っているであろう秋子先生がベストだと思った。それが通じたのか、秋子先生は諦めたような顔で溜め息混じりに言った。


「絵乃ちゃんが村を守りたい気持ちはよく分かったわ。じゃあね、ダムを設けようとしてる理由云々を特別に教えてあげる。どっちにしろ、理由はそのうち公表されるけどね」


「早く知りたいの。杭は出る前に打っておきたいから。それに、追い出す村人に理由を知らせないなんて、おかしいわ」


学校で話すのは他の職員に聞かれるとまずいので、私は村外れにある秋子先生の家(平屋建て借家)に招かれ、一対一で話すことになった。


「ちょっと難しい話かもしれないけど、いいわね」


「ええ、問題ないわ」


築35年のボロ家、火燵に二つの湯呑み、秋子の背後にある高さ50センチほどの棚の上から『たれぱ〇だ』のぬいぐるみが見守る中、とても垂れ目では聞けない話は始まった。

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