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あいはぐ  作者: おじぃ
17/33

17,村の音楽会

村の存亡を賭けた闘いが繰り広げられている山興村。そんな最中でも常に緊迫しているわけではない。苦しい日々にの中にも、温かい日だってある。



◇◇◇


「みんな〜、机を隅に寄せて練習始めるわよ〜」


教壇から担任の秋子が声をかけると、子供たちは言われた通りに六つしかない机を教室の隅に寄せ、代わりにコンガと呼ばれる民族楽器を室内中央に運んだ。


午後、山興小学校では通常の授業を変更して音楽の授業が行われていた。授業参観日に保護者の前で発表するためだ。


演奏曲は知る人ぞ知る『アフリカン・シンフォニー』。アフリカの民族楽器で演奏するコンガのリズムと笛が奏でるメロディーが心地良い曲だ。


これを演奏するのは小学生にはかなりハード。特にソプラノリコーダーはビブラートの部分があるのでかなりキツイ。


それを自ら志願したおかっぱ少女が居た。

腰越絵乃、六年生の十二歳。


彼女いわく、最上級生のプライドに賭けて。だそうだ。


普段は大人しい絵乃の特技はエレクトーンとリコーダーの演奏、風呂掃除に居眠りなどなど、多岐に渡る。


そもそも、なぜ授業参観でいつもの授業風景を見せないかというと、保護者に子供たちが本当に頑張っているという証明をするためだ。通常授業では、その時だけ頑張っているように思われることもある。


なので山興小学校では常日頃、子供たちが頑張っている証拠として、伝統的に何かを発表する方式を採っているのだ。


この日は参観日前日。元々ハードな楽曲で、低学年の子は普段はピアニカしか吹かないのにビブラート部分を除くソプラノリコーダーを担当、そのビブラート部分を含め、全てを演奏する絵乃は特に苦労していた。



四年生のアルトリコーダー担当、アスタは手が小さくて思うように演奏出来ない。しかし、そんな中で五年生のコンガ担当、大介は身体全体を動かすポンポコした音を奏でる楽器でノリノリだった。


「いや〜ぁ、音楽の授業がこんなに楽しいなんてなぁ、いい汗かくぜ〜」


サッカー少年の大介は保健体育以外の授業には一切興味ない。じっとしているのが退屈だし、音楽は楽譜が読めない故に一層苦手だった。


「何言ってるの。こっちは息切れよ。ビブラートが全然出来ないわ。舌使いが上手くいかないの」


「じゃあ俺の下に生えてるマツタケで舌使いの練習するか?」


「そうね。むしり取ってバター焼きにして美味しく練習させて頂こうかしら?」


「や、やめてくれ〜、俺の未来のベイビーのために…」


この小学生らしからぬ会話に秋子が突っ込む。


「こらっ、そんなネタ、他の子はわからないでしょ? 絵乃ちゃん、そういうのは専用のキャンディーで練習すればいいからね?」


「えぇ!? 突っ込むトコ違うべ!? ってか専用のキャンディーって!? アンタそれでも教師!?」


「キャンディー… その手があったか…」


「絵乃も納得するな!!」


◇◇◇


本番当日、朝のリハーサルでも舌使いが上手くいかなかった絵乃は、持ち前のプライドが祟って教室の隅でしゃがみ込み、酷く落ち込んでいた。


「あんなにキャンディー舐めたのに、ポケットにもキャンディーいっぱいなのに…」


大介が話しかけた。


「ちゃんとリコーダーで練習したか?」


「ええ、したわ。森に篭って雨の日も毎日。独り森の音楽会よ。一緒に散歩してたラビットとブロイラーはまるで耳を傾けなかったわ」


「ああ、むしろうるさくて迷惑だったろうな」


「ひどいわ! でも否定出来ないわっ!」


「ってか、家で練習すれば良かったんじゃね?」


「それはイヤ。練習してる姿なんか見せたくないし、とにかく家ではしたくないの」


「ふぅん、ま、せっかく練習したんだから、本番頑張ろうぜ?」


「ええ、お互い練習の成果を発揮しましょう」


こうして本番を迎えた音楽発表会。たった六人しか居ない生徒の演奏を聴きに、保護者や近所の住人も集まった。それを前に、絵乃の脚は緊張で震えていた。人前に立つのが苦手なのだ。


男爵、メイクイーン、ジャガバター、里芋、煮っころがし、ベニアズマ、蒟蒻…。


脳裏に芋畑を思い浮かべ、目の前の観客と照合する。ただ、どうしても芋に置き換えられない人が居た。



両親ではない。



学校に来るなんて聞いてなかった。



◇◇◇


何日もかけて練習した楽曲も、本番はたった数分、それが終わった。


家に帰った絵乃は、一人落ち込んでいた。


「どうしたんだい? 何かあったのかい?」


そんな絵乃に優しい声をかけたのが、近所に住む、トメばぁちゃんだった。


「ビブラート、上手くいかなかった」


「オブラート? 美味くなかった? そりゃそうだべした、ありゃ苦い薬包むためのもんだ。味なんかしねぇ」


「そうじゃなくて、ビブラート、今日の演奏が上手くいかなかったの」


「そんな事ねぇ、上手だった」


「でも、結果は出せなかった。あんなに頑張って練習したのに」


ショックのあまり、火燵(こたつ)に置いた両腕に顔を埋めた。


「絵乃ちゃん、大事なのは結果じゃねぇ、そうやって頑張ったことが一番大事だべ。演奏は上手くいかねくても、この気持ちさえ忘れねければ、きっとこれからの人生は上手くいく。絵乃ちゃんは、人にとって大事なものの一つ、ちゃんと持ってる。それに、今日、笛吹いてる絵乃ちゃん、きらきら光ってた」


それは、決して両親はかけてくれない言葉。


しかし、絵乃が埋めた顔を上げることは当分なかった。


それは、今日の失敗から立ち直れないのではなく、これまでこっそりしてきた、音楽の練習が報われた涙を隠すためだった。

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