16,ペルソナ
絵乃たちが村を守ろうとしている一方で、ダムの建設を目論む大人たちも当然計画進行をしている。廃村決定をいつまでインサイダーにしておくか、立ち退き料をどれくらい支払えば村人は納得するか、村の職員にどの程度メリットがあるかなど、総合的に計算している。
ダム計画は国や県の職員、村長をはじめとする村役場の職員、学校やその他公的施設の職員たちによって進行する。
この中で建設反対の意見が出れば、計画のトップを務める者、この場合は国の職員が納得しない限り、それは必ず押し潰される仕組みになっている。
◇◇◇
平日の午前、山興小学校では通常授業が行われた。
昼休み、校長と全学年全生徒一括担任の美佐島秋子が校長室で話し合っている。
校長室はベージュのカーテンが閉められ薄暗く、頭上に立てかけられた額縁に収まった賞状、鼠色に塗装された棚の中には大小のトロフィーが幾つか並ぶ。
「校長、落ち着いて話したいからタバコちょうだい」
「ほう? 1ミリグラムで良ければどうぞ」
校長は言って、卓上の大理石製のライターで着火してから秋子に差し出した。
秋子は一口吸った。
「ぐほっ、ごほんっ! ゴメン、私、生まれて初めて吸ったけど、無理だわ」
「そうかい。君がタバコ吸うなんて意外だと思ったが、結局何がしたかったんだい?」
「自分に酔いしれたかっただけ。はぁ、なんで私ってバカなんだろう」
「だから男が寄り付かないのかい?」
「そうなの、だからいい男紹介してよ」
「ここにいるじゃないか、いい男」
「えっ!? 何処どこ?」
いい男が見当たらないようなので、校長はここだよ、ここ、と言って自分を指差した。
「私ね、ハゲてて尚且つ白髪の変態には興味ないの」
秋子は微笑んで校長を否定した。
校長と秋子はいつもこんなどうしようもない会話をしている。生徒には見せない職員たちの一面だ。
「で、わざわざハゲで白髪だけどイケメン校長の部屋、つまりこの校長室に来た訳はなんだい?」
「は? イケメン? あぁ、イケてないメンズの略ね。でさ、あなた、火の車みたいだけど、村が沈めば少しは楽になるの?」
「むむっ、少しどころじゃないよ美佐島先生、ダム計画が実現すれば大赤字が一転、億万長者だよ。へへっ、金は天からの回りものだなんて、到底信じ難かったが、あれは本当のようだね」
「そのくらいのサプライズがなきゃ、安月給の公務員なんてやってらんないわ」
授業開始前の予鈴が鳴ると、秋子はそのまま教室に向かい、教壇に立った。